第1話 喧騒の中の静寂
夢の中・・・?
それとも現実・・・?
この叫びはどこから・・・?
ダレ?ダレなんだ・・・?
「ありがとうございました!」
いつの間にか役者達が一列に並んで挨拶をしている。舞台の上に並んでいる者
たちに頭が痛くなるほどの拍手と喝采が起きていた。
「うぅ、くっ…」
今目覚めたかのように体がだるい。寝ていたわけでもないのにこの不愉快さは
なんだろう。
どこからか声が聞こえる。まさか自分が呼ばれているという疑問さえ微塵も
思わなかった。
「ちょっ………」
「・・・」
「ちょっ…てる…」
「・・・」
「ちょっと聞いてるの!?」
直後何かに視界が遮られる。そこには女の顔があった。整った顔立ちをしているが、
少し幼さが残っている瞳。少し濡れた唇。光りを得てさ魅力を際立てている髪。
ショートカットのおかげでさらに幼く見える…。
真弓だった。
「ボーっとしてないで、返事ぐらいしたらどう?そろそろ私たちも行くよ」
真弓は明らかに周りの客とは違う方向───役者達が入っていった場所───に
向かっていた。不愉快さを何とか押し退けその後に付いていく。
体育館の袖口・・・。そこは懐かしい場所だった。ボロボロに剥がれた壁紙。ネズミ
でも出てきそうな穴。汚れがこびり付いてるイス。すべてがそのままであった。
奥の部屋から話し声が聞こえてくる。一人は真弓の声だ。もう一人の声にも聞き覚
えがある。
「真弓先輩!? 真弓先輩じゃないですか!」
「元気にしてた? 月奈〜、あんた上手くなったじゃない。先輩として嬉しいぞ」
「真弓先輩に褒められてもそんな嬉しくないですよ〜」
「言ったな〜〜〜」
髪をくしゃくしゃにされているのは、現在3年生の月奈。俺がまだ現役高校生だ
ったころ、劇をやりたいという純粋な気持ちで入部してきた少女いた。それが月奈
だった。
「あれっ? 健二先輩もいるじゃないですか!?」
(さっきからいたというのに気付くの遅すぎ) そんな愚痴を口のなかで転ばせるが
ちゃんと笑顔で対応する。少し苦笑いになっているだろうが…。
「よう。元気してたか? それにしても本当にうまくなったじゃないのか、月奈?」
「ありがとうございます。健二先輩に褒められちゃうなんて光栄です」
「光栄だなんて。おだてても何にもでないぞ」
「いいですよ。別に何にも期待してないですから」
とびっきりの笑顔を向けて言ってくる。月奈め、本当に何にも思っていやがらねぇ。
少し皮肉を加えながらある質問をぶつけた。
「それにしても、演劇部は潰れたんじゃなかったのか?」
「先輩〜。ひどいですよ〜。勝手に潰さないでくださ〜い」
月奈から非難の声が飛ぶ。今度は違うところから非難の声が飛んできた。
「‘あの子’のおかげに決まってるでしょ。そうじゃなかったら今ごろ潰れてるでしょうね」
明るく続いていた会話が止まってしまった。月奈は顔を俯かせている。
真弓がこちらに戸惑いの視線を送っているが気付かないふりをして話題を変えた。
「顧問のあのオヤジはまだいるのか?」
「もちろんいますよ。よかったら顔を見せるくらいしてきたらどうですか?」
「そうだな、そうするか。じゃ、会いにいってくるわ」
背を向けた後、忘れかけていた不愉快さを抑えるために無意識のうちに唇を噛ん
でいた…。
体育館を出た俺。もちろん顧問のオヤジに会いにいくつもりなんてなかった。
ただあの場から逃げたかっただけだ。
喉から悲鳴が聞こえている。口の中も唇も渇ききっていた。そういえば近くに
自販機があったはずだ。微かな記憶の糸をたぐって見つけた自販機の前には真弓の
言っていた‘あの子’が立っていた。俺にとっては‘奴’と呼んだほうがいいのかも
しれない。
どうやら‘奴’も俺を見つけたようだ。
「あれ?どうしてこんな所にいるんですか?目障りですよ、先輩」
「すまないな、目障りで」
「別にわかっているなら結構ですけど」
「………」
そこに潤すはずのものなど、どこにもなかった・・・・・・。




