気まぐれバス
ふと、隣を見る。
今はバスの中。一番後ろの席に座っている。窓側には20代前半のスーツを着た男性が眠っている。最初は混んでいたけれど、田舎に近づくにつれて、人がどんどん降りていき、今では5、6人しか乗っていない。
もう一度、見る。
今、私を見る人はいない。みんな私より前にいるからだ。隣のスーツの男性を除いては。
別に欲求不満なわけじゃない。
ただの好奇心。
ただの疑問。
もし、私がこの男性にキスしたらどうなるだろう。
頭がふわふわしてきた。
もう全てがどうでもいい。
身体を静かに寄せる。
ゆっくり顔を近づける。
すやすや、という効果音が似合うような。
心地良さそうな寝顔。
ああ、引き寄せられる。
そっと。
彼の唇と私の唇を合わせる。
ほんの、2秒。
息を止めて、目を閉じる。
離したとき、まだ男性は眠っていた。
物足りない。
物足りない。
気付いて。
私を感じて。
今度は強引に、唇をつける。
さすがに、男性は目が覚めた。
驚いた表情。
当たり前だ。
セーラー服を着た女子高生がキスをしているのだ。
しかも、見たことのない人間。
顔を背けようとする彼を。
なぜだか、引き留めるように。
私は顔に両手を添えて、深く唇を合わせ続ける。
最初は押し返すように私の肩を握っていた男性も、だんだん力が抜けて、腰に手を回す。
一方的だったものが、お互いを求め合うように。
口を開いて、舌を絡ませる。
甘い吐息。
ただひたすら、相手を感じる。
満たされてゆく。
身体の奥から熱が溢れ出す。
ああ、生きている。
活き活きと、生き生きと、身体が疼く。
それを確認して、安心する。
もう一度軽く唇を合わせて、右手でピンポンを押す。
運転手の気だるい声。
私は彼から離れる。
彼は私を見る。
私も彼を見る。
深々と頭を下げて。
もう、会うことはないでしょう。
心の中でそう伝える。
なぜなら、これは気まぐれ。
このバスは絶対乗ることのない方向。
降りたあとは、反対方向のバスに乗るまでだ。
何事もなかったかのように。
私は席を立つ。
まだ、素っ頓狂な顔をしている彼を乗せて。
バスは、私の知らない場所へと走りつづける。
バスの中って、他人がいっぱいいて、なんだかふわふわします。




