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第3章 恥辱

<3-1 兎の餅つき>


「ねぇ、ウサギさん。君は餅をつかないのかい」

 ある満月の夜のこと、愚鈍なタヌキは白いウサギに聞きいてみました。


「ボクはね、タヌキくん、人間の作った野菜しか食べないって、言っただろう。」

 白いウサギはタヌキを睨みつけました。


「それにね、ボクは杵と臼は持ってないんだよ」

 いくら愚鈍なタヌキでも、白いウサギがこの話をしたくないのはすぐにわかりました。


「ごめんなさい、ウサギさん。ボクは君を怒らせてしまったみたいだね」

 白いウサギは大きく深呼吸をして、心を落ち着かせました。

――こいつ、なんでこんなことを訊く!畜生!思い出させやがって!


「さぁ、今日はもう休もう……ボクは少し夜風に当たってから休むことにするよ」

 そういい残して白いウサギは、月明かりの中に消えていきました。


――ぼ、僕、ウサギさんに、悪いこと、してしまったんだなぁ

 愚鈍なタヌキは哀しくなりました。


 もしかしたら、もう白いウサギは戻って来ないかもしれない。そんな不安がタヌキの心を揺さぶります。


 村人たちが山を荒らし、里の仲間たちが山を降りてしまってからずっと、カチカチ山のタヌキは独りで暮らしてきました。だから独りでいることにすっかり慣れてしまっていました。でも、白いウサギが現れ「ぼ、僕、独りぼっちじゃないんだなぁ、きっと、お月様の贈り物なんだなぁ」と喜んだタヌキは、何よりも白いウサギのことを大事に思いうようになりました。


 ウサギのためなら、どんな辛いことでも耐えられる。

 ウサギのためなら、自分が犠牲になってもいい。

 タヌキはいつもそんなことを考えていました。


 しばらくすると、白いウサギは、何事もなかったかのように戻ってきました。白いウサギは寝床に入ると、すぐに寝てしまったようです。


――よかった、ウサギさん帰ってきてくれたんだなぁ。

 タヌキは安心して眠りに着きました。


 その夜、タヌキは白いウサギと仲良く暮らす素敵な夢を見ました。でもその横で、白いウサギがとても哀しく、つらい夢を見ているとは、愚鈍なタヌキには知る由もありませんでした。



<ウサギとカメ>


「カメさん、キミはなんてのろまなんだい?もしかしたら世界で一番のろまな遅い生き物だね」

「そうかい、ウサギさんがそんなに言うのなら、一度かけくらべをしてみるかい?」

「はー、はっはっはっ!こりゃーいい、カメがウサギとかけくらべするって?キミは足が遅いばかりじゃなくて頭の回転も遅いらしい!」


「ウサギさん、キミは確かに足が速い。だけど、ボクは決して世界で一番ののろまなんかじゃないんだよ」

「わかった、わかった、お願いだからこれ以上ボクを笑わせないでくれるかな?それともキミはボクが笑っている間に、先に行こうっていうのかい?」


「ウサギさん、じゃぁ、キミが笑い疲れてしまう前に、決めるとしよう。南の山の頂上にある大きな杉の木にどっちが早く着くか競争しよう」

「あー、いいともさ、で、いつ始める?カメさんの好きな時でいいよ」

「ありがとう、ウサギさん。ボクは他の人に自分が必死になって走るところを見られたくないからね。勝負は今晩、あそこに見える地蔵様の前に集まって、東の谷から月が見えたら始めよう」


「いいともさ、キミもボクに負けるころを他の人に見られたくないだろうからね。まぁ、ボクとしては観客が一杯いたほうが、やりがいがあるのだけどね……」

「そうそう、ウサギさん、どちらが早く杉の木に到着するのかを見届ける立会人を決めないといけないね……南の山のフクロウの爺さんなら、夜中でも引き受けてくれるかな?」

「なるほど、カメさん!それはいい考えだね」

「ボクじゃとても間に合いそうもないから、ウサギさん、今から南の山に行ってフクロウの爺さんにお願いしてきてくれないかい?」

――ウサギさん、君が悪いんだよ。僕はこういうの、あまり好きじゃないんだ。でも君が僕をのろまだって馬鹿にするから……


「いいとも、御安い誤用さ、じゃぁキミは始めの合図をする立会人を…・・・そうだな、おしゃべりカラスに声をかけておくれ。そしたらボクが、フクロウの爺さんにおしゃべりカラスの鳴き声で、競争が始まると伝えるから。」

――まったく、なんてウスノロで間抜けなカメなんだ!ボクに勝てると本気で思っているらしい。


「ああ、いいよ、ウサギさん。それでおしゃべりカラスにはどんなふうに鳴いてもらう?」

「そうだな、南の山に向かって3回大きな声で『カァ、カァ、カァ』って鳴いてもらうように頼んでくれ、間違いがあっちゃいけないからね」

――しかし、普通にかけくらべして勝つだけじゃ、逆にボクが笑いものになってしまうかもしれないなぁ。


「じゃぁ、カメさん、ボクはひとっ走り南の山まで行ってくるよ」

――何かみんながボクの速さに驚くような趣向はないものかなぁ。



 足の速いウサギは、いろいろと考えましたが、何もいい考えが浮かばないまま、フクロウの爺さんが住んでいる南の山の頂上へとたどり着きました。


「おーい、じーさん!ふくろーのじーさんよー、起きてるかーい」

「なんだね、こんな時間に……まだこんなに日が高いじゃないかい」

「いやー、申し訳ない、実は――」


「話はわかったが、あんたもあまり弱いものをいじめるものじゃないよ。誰が考えたって、カメがウサギに勝てっこなんてありゃしない。よっぽど重たい荷物でも背負わない限りねー」

「重たい荷物……なるほど!さすがは爺さん!それはいい考えだ!」

――そうか、そうだな、何か重たいものを背負って、それでもカメより先に着いたとなれば、みんなも褒めてくれるにちがいない!


「じゃぁフクロウさん、おしゃべりカラスが3回『カァ』と鳴きくのが合図ですから、立会いのほう、よろしく頼みますよー」

――さて、大急ぎで戻って、何か重いものを探そう


ウサギが駆け足で山を降りていく様子をみて、フクロウの爺さんはつぶやきました。

「浅いのー、軽率なウサギよ。どんなに足が速くとも、知恵なきものは道を見失い、行くべきところにはたどり着かん。まぁ、これも、ウサギのためじゃ、きつい御灸だが、生きていくためには勉強しないといけない」



<3-2 杵と臼>


 軽率なウサギは、登ったときの倍の速さで山を駆け下りていきました。


「ふー、調子に乗りすぎて、少し疲れたなぁ」

「どうしたんだい、ウサギさん、そんなに急いで?」

「やー、これはタヌキさん、実は、ボク、カメさんと競争することになって……」

「おや、まぁ、それはカメさんも無茶なことを!でも、キミも大変だね。もし負けでもしたら、みんなの笑いもの、この里にもいられないね。」

「心配はご無用!万が一にもウサギがカメに負けることなどありませんよ」


「それよりタヌキさん、ボクは、どうせ勝つなら、みんなをあっと驚かせるようなことをしたいと思うのだけど……」

「ほー、それは、どんなことだい?」

「たとえば、そう、何か重たいものを山の頂上まで背負って走るとか――」

「それは確かに大変だ!じゃぁ、重ければ重いほど、キミがすごいってみんなが思うってわけだ」

「そーなんだけど、何を背負って走ればいいのか……タヌキさん、何かいい考えがあるかい?」

「そーだなぁ、重たいもの岩や丸太を担いでも、あまり面白みがないものなぁ。

――そう、たとえば餅つきに使う杵とか臼とか……でも、これは重たすぎるかな?」


「おー、そうだ、そうだ、ウサギといえば餅つき、タヌキさんいいことを教えてくれました!」

「キミ、本気であんな重たいもの担いでいく気かい?」

「ご心配なく、このくらいのことをしないと、カメさんに勝ってもちっともうれしくない」

――ウサギ君、君はいつもそうやって調子に乗る。危なっかしくて見てられない。きっとキミは大事なものを失うことになるよ。


 ウサギは急いで家まで杵と臼と取りに戻りました。



「いやいや、これは思ったよりも大変だぞ」

――とりあえず地蔵様のところまで運ばなきゃ、そろそろ日が暮れる。


「ヨッコラショ、ヨッコラショ」


「ふー、昼間にこれだけ動いたらさすがに疲れた。月が昇るまではまだ時間があるな。一休みするとしよう。」


 日が暮れ始めた頃、ようやくウサギはかけくらべを始める地蔵様のところにたどり着きました。休むまもなく東の谷から月が昇り、『カァ!カァ!カァ!』と南の山に向かってカラスが3度鳴きました。

――これは見ものだな。ウサギのヤツ、カメに負けたら里じゅうに言いふらしてやる。


「ウサギさん、それじゃぁ始めようか」

カメは一歩一歩ゆっくりと南の山に向かって歩いてゆきます。

――なんてのろまなんだ!

「じゃぁ、ボクは先に行って餅をつきながらキミが来るのを待つとしよう!」


 ウサギは、杵と臼を抱えてカメの横を通り過ぎると振り返りもせずに南の山に走っていきました。


「ふー、さすがに疲れたなぁ、まぁ、途中で休憩をしよう……そういえば、さっきフクロウの爺さんに会いに行った行時、山の中腹に眺めのいいところがあったなぁ。あそこで休憩して腹ごしらえでもするか」



<屈辱>


 ウサギはカメには目もくれず、すごい勢いで山を駆け上がって行きました。


「ふー、着いた、着いた、よし、ここで休憩しよう」

「なんてきれいなお月様なんだ」

「こんな夜には月を眺めながらまん丸団子を食べたくなる」


ペッタンコ!ペッタンコ!ペッタンコ!ペッタンコ!


 でーきた でーきた 

 おいしい おいしい おー団子

 まんまる まんまる お月様


「あー、お腹一杯だぁ、今日は疲れたなぁ、どうせ、カメさんはしばらくかかるだろう……ふぅうわぁぁぁー、眠たくなってきたなぁ……一休み、一休み」


 夜は更けて

 静かに時が過ぎてゆく

 兎を置いて過ぎてゆく

 そーっと、そーっと過ぎてゆく


「ウサギさん、ウサギさん……」

「うむぅーん、うん?あっ、朝!」

「大丈夫かい、ウサギさん、キミ、確かカメさんとかけくらべをしているんじゃなかったのかい?」

「あー、タヌキさん、そうですとも!ボクは急がないと!」

「忘れ物ですよ、ウサギさん。これはキミの大事な杵と臼……こんなところに置いていっては、誰かに持ち去られてしまいますよ」


「いいんです、もう、杵と臼はどうなっても、ボクは行かなければならない、なんならタヌキさんに差し上げましょう」

――これは寝すぎた、しくじった! くそー、間に合え!間に合え!


 どんなにウサギが早くとも

 どんなに長く走っても

 のろまのカメに追いつけない

 どんなにカメがのろまでも

 いねむりウサギには

 負けられない



「やぁー、ウサギさん、どうやら今回はボクが勝ったみたいだね」

――君が悪いんだよ、ウサギさん。ボクは努力を惜しまない。キミはそんなボクをいつも馬鹿にしたんだからね。


「ウサギともあろうものがカメに負けるとは!相手を見て勝負を見ない者は敗れる!」

――戒めじゃ。これに懲りて己の愚かさを見つめ、他者を蔑むようなことはせぬことじゃ。


「アホウ!アホウ!あんまりおそい ウサギさん! さっきの自慢は どうしたの!」

――こりゃ、おもしろい、鼻持ちならない白兎、辱めをうけるがいいよ。


「これ、前から欲しかったんだなぁ。僕は大事に使うんだ。決して粗末にしないよ」

――家に帰ったら早速餅つきはじめよう。ウサギさんには悪いけど……



<3-3 戒め>


 人の噂も七十五日。


 カラスの広めた噂は里じゅうに広まりましたが、いつの間にか忘れ去られました。

ウサギはタヌキに頼んで杵と臼を返してもらおうとしましたが、タヌキはウサギに言いました。

「ウサギ君、今度は僕と競争するかい?もし君が勝ったら杵と臼は返そう。

――だけど僕は負ける気がしないんだ。君は確かに足が速いけど、僕等には僕等の戦い方がある。悪いことは言わない。恥の上乗りをしたくなかったら諦めるんだね。」


 ウサギは悔しくて、悔しくて仕方がありません。ウサギは目を真っ赤にしながら、悔しさのあまり、飛び跳ねました。タヌキの言葉を聞いてウサギはようやく自分がカメに『はめられた』のだと気がつきました。他の人が忘れても、ウサギはこの悔しさを忘れることができませんでした。


 それ以来、ウサギは満月の夜には飛び跳ねるようになったのです。

 あの悔しい出来事を思い出して……


 うさぎ うさぎ なにみて跳ねる

 十五夜 お月様

 みて 跳ねる


……畜生!畜生!畜生!


「ちぃっ!またあの夢か!」

 白いウサギは飛び起きました。愚鈍なタヌキはまだ眠っています。


 あいつら全部グルだったんだぁ!カメもフクロウもカラスもそしてタヌキも!

 でなきゃ俺様があんなカメなんかに負けるわけがない。

 ウスノロでマヌケなあんなヤツに!

 畜生!タヌキのヤツ……にやけた顔して俺のこと笑っているのか!


 白いウサギは許せませんでした。

 自分の横でニヤニヤと笑いながら寝ているタヌキが……

 ウスノロでマヌケな存在が……

 そして何よりそんなものに負けた自分が許せませんでした。


 だから白兎は走ったのです。

 誰よりも早く、野を駆けられるように。

 だから白兎はすべてを疑ったのです。

 長い人生の道筋に張り巡らされた、たくさんの罠をかいくぐる為に。





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