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終章

<終-1 なにもかも>


 ここでの生活は、オレの望んでいたもの。

 なんの心配もない。

 なんの恐れもない。


 今朝も、おじいさんは畑に出かけていきます。おじいさんは一生懸命に畑を耕し、朝から晩まで働きました。おじいさんと、一匹のウサギが暮らしていくには十分な量の作物が取れ、二人は仲良く暮らしました。


 でも、なんでなんだよ。

 なんで、こんなに気持ちが悪い。

 なんで、こんなに居心地が悪い。


 おじさんは白いウサギに名前は付けませんでした。ただ、時々ウサギの身体を撫でたり、その日にあったことを話して聞かせたりはしましたが、縄につなぐこともしなければ、家に閉じ込めることもせず、ウサギが自由に出入りできるようにしていました。


「爺さん、オレはあんたのばあさんを殺したんだぞ!」

 おじいさんは、おばあさんや権汰がいた時ほど笑いませんでしたが、おばあさんや権汰がいなくなった時ほど悲しい顔をしなくなりました。


「爺さん、オレは権汰を追い詰めて、黒焦げにしてしまったんだぞ!」

 おじいさんは、時々月を見上げると、権汰の話をしました。おばあさんの話をしました。


「なんでオレにそんなにやさしいんだ?」

 おじいさんは、白いウサギを大事にしました。


「なんで、オレの話をそんな目で見るんだ?」

 おじいさんは、白いウサギは山の神の使いだと思い込んでいました。


「なんで、オレは満たされない?」

 おじいさんには、白いウサギの心の内等、わかるはずもありませんでした。


 なにもかも、なにもかも壊してしまおう。

 どうせ、このままここで暮らしても、オレの心は満たされない。

 どうせ、このままここで暮らしても、オレの居場所はここにはない。

 爺さんの心には、ばあさんと権汰がいる――そして、月にはヤツの亡骸がある。


 白いウサギは、平穏の中にある狂気を拾い集めて、新たな狂喜を求め始めました。



<終-2 月光>


「爺さんには恨みはないが、この際それは関係ない」

 おばあさんと権汰が死んで、2度目の満月の夜、おじいさんが眠りにつき、あたりを静寂が包むなか、白いウサギは狡猾なウサギとなり、次第に禍々しい瘴気を放ち始めました。


「なにもかも壊して、それで終わりにしよう」

 土間においてある臼の横に、おばあさんを撲殺した杵が置いてあります。


「こいつで、爺もばあさんのところに送ってやる」

 凶暴な獣から漂う瘴気は、おじいさんの身体を包み始めました。


「さぁ、ばあさんの所に行くんだなぁ」

 凶暴な獣が杵を振り上げたとき、ウサギの首を2本の腕が締め上げました。


「くっ、くっ、苦しい、じじぃ!目を覚ましたかぁ!」

 凶暴な獣は、急に首を絞められたので、一瞬目の前が真っ暗になり、視界を失いました。


「ちっ、畜生、殺してやる!」

 凶暴な獣は、恐ろしいほどの執念で、おじいさんを殴り殺そうと狙いをおじいさんの頭に見定めた瞬間。


「な、なんだと……こ、これは……これは……」

 横になっていたおじいさんは白目をむいて天井を見上げています。

 凶暴な獣の首を絞めていたもの。


 それは、おじいさんの口から這い出した人間の腕。


「こ、これは、ばあさんの……ばあさんの腕……」

 それは、愚鈍のタヌキが施した呪詛。

 おじいさんの身を守るために、おばあさんの腕に呪詛の術を施し、万が一のことに備えたものでした。


「タ、タヌキか、あのタヌキが……」

 薄れていく意識の中、狡猾なウサギの脳裏に、愚鈍なタヌキの最後の姿が浮かび上がりました。

「――あの目は、そうか、あの目はすべてお見通しだったって訳だ」


 これでいい。なにもかも。所詮オレはただの兎だ。


「さぁ、オレを喰え」

 白いウサギは、静かに目を閉じ、全てに身をゆだねました。おじいさんの口から這い出したおばあさんの腕は、そのまま白いウサギをおじいさんの口の中に引きずり込みます。


「嗚呼!この身を捧げれば、オレはまた、あの場所に帰れるのか……」

 ウサギの姿は跡形もなく消え、おじいさんの口の周りに、白い毛が残りましたが、やがておじいさんの寝息が静かに毛を飛ばし、何事もなかったかのように、静かな満月の夜は更けていきます。


 月の明かりは闇夜を照らし

 時に心を惑わし

 時に心を震わせ

 時に心を揺さぶり

 時に心を乱れさせ

 時に心を安らかにし

 時に心を狂わせ

 時に心を奪います


 愚鈍なタヌキは月に焦がれ

 狡猾なウサギもまた月に焦がれ


 愚鈍なタヌキは愚鈍ゆえ、そしてタヌキゆえ

 狡猾なウサギは狡猾ゆえ、そしてウサギゆえ


 タヌキが白いウサギの中に見た月は、どんな月だったのか?

 ウサギが愚直なタヌキの中に見た月は、どんな月だったのか?


 月の光に翻弄されたタヌキとウサギのお話。

 これにて終幕。






 この作品の元となった「かちかち山」は幼少のトラウマのようなもので、おばあさんが鍋に入れられえ食べられてしまうというのは衝撃的でした。

 しかし、その後の顛末……どうしてタヌキはそんなに簡単にウサギを信用し、あからさまな嫌がらせをさせれも、気がつかないのか?という疑問に答えてくれる大人はいませんでした。

 この物語の違和感は、そもそもの話から大きく変えられている事を知ったのは最近のことです。で、あれば本来のお話――愚鈍は罪である という核を残しながら、筋の通った話を作りたくなったのです。

 結果、ここで描かれたウサギとタヌキの物語は、純粋に愚鈍なタヌキと、お調子者だったウサギがある事件をきっかけに狡猾になった二人が織り成す人間ドラマに仕上がったと思っています。

 人はもともと愚鈍なタヌキであったのかもしれません。しかし、社会との折り合いの中で、軽快し、疑い、やがて狡猾になっていくのかもしれません。

 でも、自分の目の前に、純真な存在が現れたとき、どのような反応をするのか?憧れか、郷愁か……あるいは嫌悪か、憎しみか……しかし、小生は思います。狂気に染まってゆくウサギを、誰が嫌悪することができるだろうかと。



最後まで御読みいただき、心から感謝するとともにインスピレーションを与えてくれた、夜空の赤い月に感謝します。


めけめけ

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