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第13章 月になった狸

<13-1 それぞれの願い>


 おばあさんを亡くし、自らの言葉も失ったおじいさんは、毎日畑を耕しながら、おばあさんのお墓に手を合わせていました。


 ばあさん、これからどうすればいいかのぉ。

 言葉を亡くしてもちっとも不自由じゃないんじゃよ。

 だって、言葉が話せても、話す相手がおらんからのぉ。


 おばあさんのことを思えば思うほど、おじいさんはおばあさんの命を奪った権汰を、あの化けダヌキを許すことができませんでした。


 どうにかして、あの化けダヌキを懲らしめることはできないかのぉ。


 おじいさんは時々山の入り口の御地蔵様のところに行って、山の神様に願い事をしました。


 山の神様、どうか、あの化けダヌキに天罰を、どうか、あの化けダヌキに天罰を。


おじいさんは権汰を捕まえようと、畑の周りや権汰が通りそうな場所に罠をたくさん仕掛けました。その様子を見ていた狡猾なウサギは、愚鈍なタヌキに言いました。

「タヌキくん、困ったことになったよ。おじいさんは君を必死で捕まえようと罠をたくさん仕掛けている。これではとても畑には近づけない。ボクは何も食べる事ができないよ」


愚鈍なタヌキはしばらく考えてからこう言いました。

「おじいさん、かわいそうなんだな。でも、うさぎさんが何も食べられないのは、もっとかわいそうなんだな」


「でも、仕方がないさ。これ以上おじいさんには迷惑はかけられないし、ボクはここを出て行くしかないようだ」

 狡猾なウサギは、時に悲しそうに、時に寂しそうに、時に怯えながら愚鈍なタヌキに言いました。


「ウサギさん、何も心配は要らないんだなぁ。ウサギさんがここから出て行く必要も、おじいさんが困ることもないんだなぁ」

 愚鈍なタヌキは、時に悲しそうに、時に寂しそうに、時にやさしく白いウサギに言いました。

 愛しいウサギに言いました。

 狡猾なウサギに言いました。

 

「ボクがなんとかするんだなぁ」


 こいつ、どうするつもりなんだ?

 まさか自ら罠に掛かり、その身を捧げようというのか?

 いいぞ、それでいい、それでこそ愚鈍なタヌキ。

 どこまでも、どこまでも愚かで、鈍くて、のろまで。

 お人よしの……貴様はどうしてそこまでお人よしなんだ!


 白いウサギはだんだん許せなくなりました。でも、ウサギには何が許せないのか、よくわからなかったのです。


 愚鈍なタヌキが許せないのか?

 愚かなことが許せないのか?

 鈍いことが許せないのか?

 お人よしが憎いのか?

 それとも、そう思う自分の醜さが許せないのか?

 醜さが許せないのか?

 自分なのか?


 愚鈍な狸は、白いウサギのことをしばらく見つめていました。


 ウサギさん、どうか、どうか幸せに、これが最後のボクの願い。

 おじいさんと仲良く暮らして欲しいんだな。

 ボクがするから。

 ボクがするから。

 だから、お願い、もう悲しいことはしないで。


 白いウサギは、愚鈍なタヌキがあまりに美しい澄んだ目でウサギを見つめるので、思わず見とれてしまいました。


「ウサギさん、僕にいい考えがあるんだなぁ、だから、だから僕について来て欲しいんだな」

「え、いったいどうしたんだい?タヌキ君」

 突然のタヌキの申し出に、さすがの狡猾なウサギも虚を衝かれました。

「僕について来て欲しいんだな、僕はのろまだから、僕を追い越しちゃだめだよ」

 そういうと愚鈍なタヌキは一気に明かりの灯るおじさんの家に向かって走り出しました。



<13-2 炎>


 ドーン!


 おじいさんが囲炉裏を前にくつろいでいると、突然家の扉に何かが激突しました。

 ……なんじゃい、だれぞか、来たかえ?


 おじいさんが恐る恐る扉を開けると、黒い塊が扉の隙間をすり抜けて家の中に入ってきました。

「お、お、おぉぉぉ」

 その黒い塊は土間から家の中に上がりこみ、囲炉裏の前で立ち止まりました。


「あぁぁぁ、あぁぁぁ……」

 おじいさんの目の前に現れたのはあの権汰でした。


「がぁぁぁ、ぐぁぁぁ……」

 おじいさんは声にならない声を上げながら、権汰を睨みつけながら、近くにあった扉のつかえ棒を手に取りました。するとその時です。不意に外から白い影が家の中に入ってきました。


……滅茶苦茶しやがる!こいつ!いったい何をしようというんだ!

白いウサギも土間から家の中に上がり、二匹の獣はおじいさんの囲炉裏の前で対峙しました。


……おじいさん、うさぎさん、ごめんなさい。みんな僕がいけないんだなぁ。

 権汰は悲しい目で、おじいさんを見つめ、愚鈍な狸は愛しい人の姿を忘れないように心に刻もうと白いウサギを見つめました。


……権汰、お前は?

 おじいさんは驚きました。


……タヌキ!貴様!

 狡猾なウサギは慄きました。


……やめてけろ!

 おじいさんは心の中で叫びました。


……何をしようというんだ!貴様!

 狡猾なウサギは心の中で咆哮しました。


 ですが声は出せません。

 ですが声は届きません。

 けれど、思いは伝わりました。


……おじいさん、さようなら、ウサギさん、ウサギさん、どうか、どうか許して欲しいんだな。

 権汰は、愚鈍なタヌキは、囲炉裏の中に飛び込むと、人の丈ほどの火柱が上がり、権汰を、愚鈍なタヌキを一瞬のうちに丸焦げにしてしまいました。


「権汰ぁぁぁ!」

 おじいさんは叫びました。


「キューゥゥゥゥ」

 白いウサギは、声を絞り出しました。

……貴様、なんてことを!なんて愚かなんだ!なんて鈍いんだ!オレがそんなことを望んでいたと思うのか!


 白いウサギの心の中で、何かがはじけました。


 カチカチ、カチカチ、カチカチ

 白いウサギの念珠が音を立て始めました。


 カチカチ、カチカチ、カチカチ

 カチカチ、カチカチ、カチカチ



<13-3 解き放たれた兎>


 不思議なことに、狸を覆った炎は、家の中の何者も燃やすことなく、あっという間に小さな炎になり、やがて消えてしまいました。そしてそこには黒く焼けただれた肉の塊が、うっすらと白い煙を上げながら、横たわっていました。


 カチカチカチ

 カチカチカチ

 カチカチカチ


 白いウサギの念珠は音を立てながら小刻みに震えながら音を立てています。その振幅はだんだん大きくなり、カチカチという音も次第に大きくなります。


「こ、これはどうしたことじゃ」

 おじいさんは、そういうと、自分の発した声に驚きました。

「おー、声が、声がもどった」


 白いウサギは、何がなんだかわからないまま、おじいさんの方に身体を向けました。

「おー、白いウサギ、本当に山の神様の使いなのかのぉー」


 おじいさんが手を合わせて白いウサギを拝むと、カチカチと言う音が止まりました。

「おー、どうしたんじゃ」


 パチパチ!パチパチ!パシャーン!

 次の瞬間、白いウサギを縛り付けていた念珠はその場で砕け、四方八方に飛び散りました。白いウサギはあまりの出来事に身を飛び上がらせました。その姿はおじいさんには美しく華麗でこの世のものとは思えない光景でした。


「おー、そうか、やはり山の神様はワシの願いを聞いてくださったのかのぁ」

「ちげぇーねぇー、ちげぇーねぇー、ありがたや、ありがたや」


……じじぃ!ちがうぞ!ちがうぞ!オレはそんなんじゃねー、そんなもんじゃねーんだよ!

 白いウサギは、愚鈍な狸の呪縛から解き放たれ、念珠の呪縛から解き放たれたばかりだというのに、あらたな『思い』がウサギを縛り付けることになってしまいました。


……じじぃ!やめろ!やめてくれ!これ以上オレを苦しめないでくれ!

……もう……オレを、オレを……放っておいてくれ!



<13-4 月になった狸>


 おじいさんは黒焦げになった権汰の亡骸をおばあさんの畑のそばに埋めることにしました。


「あの最後の目は、あれは権汰の目じゃったのに、なんでじゃろーなぁ」

 白いウサギは、おじいさんのすぐそばで、埋められていく愚鈍な狸を見つめていました。

「何かに取り憑かれておったのかのぉ、それをお前さんが追い出してくれたのかのぉ」

……ちがう、ちがうぞ、ジジイ!なんで、貴様もそんなふうにオレを信じるんだ。オレは……オレはそんなんじゃない!


 嗚呼、オレはこんな風にしか生きられないのか……オレは、オレは……


 白いウサギはやりきれない気持ちの中、夜空を見上げました。そこには、まばゆいばかりの星たちと、少しかけてしまった月が浮かんでいます。


「……オレの月はいつも欠けている。お前、いつからそこにいたんだよ、そこはボクの場所じゃないか」

 白いウサギの目には、月の影が兎ではなく、愚鈍なタヌキが黒焦げになって横たわった姿に見えました。

「結局お前は、オレを苦しめるだけ苦しめて自分はまんまとオレ様の場所を奪いやがった……オレは、またしても、してやられたって訳か。


 クッゥ、クックッ、クッ、クゥッ

 クッゥ、クックッ、クッ、クゥッ

 カァッ、カッカッ、カッ、カァッ


「キュー、キュー」


「そうかい、お前も悲しいかぇ、ワシも寂しい、何もかも亡くしてしまった」

 おじいさんはそういいながら、白い兎の頭を撫でました。

「お前さえよければ、ずっとここにいてもええよ、そうさな、それがいい」

 おじいさんは優しい声で言いました。

「ワシもそう長くは生きるつもりもないが、ばあさんがまだ、いっちゃいかんと言うんでなぁ」


 こうして白い兎は、里を追いやられ、月を追いやられて、おじいさんと一緒に暮らすことになりました。






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