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第12章 月影

<12-1 釜戸の火>


「おじいさん、おじいさん」

「おーばあさんか、あー、見てのとおりじゃ、ひどいもんじゃろう」

「まぁ、まぁ、それでも、全部がダメになったわけじゃないですからね」


「あー、それでぇー、あのぉイタズラタヌキはどうしてるかのぉ?」

「あんまり騒ぐんで、さっき、杵で頭を叩いて……もうタヌキ汁になってますよ」

「あーれ、まぁ、そうかぁ、権汰もタヌキ汁になりおったかぁ」


「まぁ、まぁ、日が暮れるくらいまでには、おいしくできますから、どれか食べられる野菜を少し畑から持って帰ろうと思って」

「あー、なら、あそこに並べてある中から持ってけー、早く食べないと痛んじまうわ」

「あー、かわいそうだが仕方がねぇ」

「んだぁ、かわいそうだが仕方がねぇ」


 そういうとおばあさん或いは狡猾なウサギは、適当な野菜をいくつか手に持って、畑から家に帰っていきました。


「まぁ、さすがのばあさんも、権汰のことは諦めたか……」

 おじいさんは空を見上げながら、腰を右手のこぶしで叩きながら、そう、つぶやきました。


「クッ、クッ、クッ、クッ……タヌキ汁よりも、もっと、うまいぞ、涙が溢れるほどうまいぞー」


 陽は傾き、影は実態よりも少しばかり長く大きくなる時間、それでも陽が暮れるまでは、まだまだ時間があります。


「……うすのろのタヌキはもう山に帰っただろうか?」


 家の近くまで来ると愚鈍なタヌキの声がします。

「ウサギさーん」……ちぃ、のろまが!まだこの辺をうろうろしていたか!


 愚鈍なタヌキがおばあさんをウサギと呼んだので、おばあさんは白いウサギになりました。

「ウサギさん、本当に、これでよかったのかなぁ」

 愚鈍なタヌキはとても、とても悲しそうな顔をしていました。

「キミが悲しむのはわかるよ。でも、キミがそんなに悲しい顔をすると、ボクまで悲しくなってしまう。そうだね。じゃぁ、こうしよう、ボクは自らの身体を炎で焼き、おじいさんに食べてもらうよ。遠い、遠い国のボクの祖先は火の中に自ら飛び込み、その身を神に捧げることであの月に住むことができるようになったと聞いたことがある。キミのようにおばあさんを食べて供養をすることはできないから、ボクはせめて、この身をおじいさんに捧げることにしよう」


 そういうと、白い兎はおじいさんの家に入り、自らの身体を釜の中に入れようとしました。

「ウサギさん、ダメなんだなぁ、そんなことをしたら、僕、また一人ぼっちになっちゃうんだなぁ」

 愚鈍なタヌキは必死でそれを止めました。

「熱い!」

 釜戸と兎の間に無理やり入ったタヌキの背中は、炎で焼け爛れてしまいました。それを見た狡猾なウサギは、愚鈍なタヌキを今すぐ釜で焼き殺してやりたいという衝動に駆られました。


「あぁ、タヌキ君!なんてことを!大丈夫かい!」

 愚鈍なタヌキは顔をこわばらせながらいいました。

「ウサギさん、お願いだから、もう、僕を悲しませないで欲しいんだなぁ」

 そう言ってウサギを家の外まで連れ出しました。


「あぁ、ウサギさん、どうか僕を悲しませないで欲しいんだなぁ」


「……身を捧げて月になるかぁ」

 白いウサギは、古くから言い伝えられている逸話を思い出していました。



<12-2 三獣、菩薩の道を修行し、兎が身を焼く語>


 それは今昔物語に書かれた遠い、遠い昔のお話。


 今は昔、天竺において、兎・狐・猿の三匹の獣が菩薩の道を修行していました。


 三匹はいつも仲良く暮らしていましたが、「自分たちは前世で犯した罪・障が重くて、いやしい獣の身に生まれた。 これは前世で生物をあわれまず、財物を惜しんで人に与えないなどの罪が深かったために、地獄に堕ちて苦しみを受け、それでもなお報いが足りず、残りの報いとしてこのような身に生まれたのだ」といつも話し合っていたました。


「されば、今生こそ我が身を捨てて善業を重ねよう」


 三匹はそのように考え自分のことは顧みず、ひたすら他の者のために尽くそうと心がけるようになりました。


 帝釈天は彼等の行いをご覧になり、「彼等は獣の身でありながら、珍しく殊勝な心がけである。

人間の身に生まれた者でも、生き物を殺し、人の財を奪い、父母を殺し、兄弟を仇敵のように思い、笑顔の裏に悪心を隠し、 思慕の姿に怒りの心を秘めているものだ」と感心しました。


「ましてこのような獣は、まことの信心が深いとは思いがたい」


 ひとつ試してみよう――そう思った帝釈天は、たちまち老翁に姿を変え、力なく、疲れてよぼよぼの姿となって、三匹の獣のいるところに現れました。


「わしは年老い疲れ果ててどうにもならぬ。お前たち三匹でわしを養って下され。

わしには子供もなく、家も貧しくて食物もない。聞けば、お前たち三匹は情け深いとのことだ」


 三匹の獣は、これを聞くと、

「それこそ私たちの本来の志です。さっそく養ってあげましょう」と言いました。


 猿は木に登って、栗・柿・梨などを取って来て好きな物を食べさせました。 狐は墓小屋に行って、人が供えた餅やまぜ飯、鮑や鰹などさまざまの魚類をくすねて来ては、おなか一杯に食べさせました。


 こうして数日が過ぎ、老人は、「お前たち二匹は実に慈悲深い。これはもう菩薩といってよい」と誉めました。


 これを開いた兎は一所懸命になって、東西南北を求め歩きましたが、なに一つ求め得たものはありませんでした。


 兎は考えました。

「自分はあの老人を養おうと思って野山を歩いたが、野山は恐ろしくてならない。人間に殺されたり、獣に喰われたりして、不本意にも空しく命を失ってしまうのが関の山だ。いっそのこと今この身を捨てて、あの老人に食べてもらって、永久に生死輪廻の世界を離脱することにしよう」


 そう考えた兎は、老人のところに行って言いました。


「私はこれから出かけて、おいしい物を求めて参ります。木を拾い、火をたいて待っていて下さい」


 そこで、猿は木を拾い、狐は火を取って来てたきつけて「ひょっとすると兎は何かおいしいご馳走を持って来るかもしれない」と思って待っていると、なんと兎は手ぶらで帰って来ました。


 猿と狐はそれを見て、「お前は何を持って来たというのか。思っていたとおりだ。うそをついて人をだまし、木を拾わせ、火をたかせて、それでお前があたたまろうというのだろう。憎らしい」と兎を責め立てました。


 すると、兎は、「私には食物を求めて来る力がありません。ですから、どうぞ私の身体を焼いて食べて下さい」と言うなり、火の中に飛び込んで焼け死んでしまいました。


 それを見ていた帝釈天はもとの姿に戻り、この兎が火の中に飛び込んだ姿を月の中に移し、あまねく一切の衆生に見せるために、月の中にとどめ置かれました。


「されば、月の表面に雲のようなものがあるのは、この兎が火に焼けた煙である。また、月の中に兎がいるというのは、この兎の姿である。誰も皆、月を見るたびに、この兎のことを思い浮べるがよい。」


「今昔物語 天竺部 巻第五 第十三」

     三獣、菩薩の道を修行し、兎が身を焼く語



<12-3 断ち切れぬ思い>


 古い話さ、それに――それにボクには関係のない話さ

 白兎はこの話が大嫌いでした。


 まるで兎は役立たずだから、人間や獣の餌くらいにしか役に立たないと行っている様なものじゃないか!


 ……だからボクは……だからボクは、誰よりも早く走り、誰よりもすばしっこく動き、用心深く生きてきた。それなのに――それなのにこともあろうに亀に競争で負けるなんて!しかも――しかもタヌキに出し抜かれるなんて!


「ボクは何をしているんだろう」

 不意に白兎がつぶやきました。


「ウサギさんしっかりして欲しいんだなぁ」

 愚鈍なタヌキは鳴きそうな目で白い兎を見つめています。


「あ、あぁ、大丈夫、もう、大丈夫だから」

 白いウサギは体中の毛が逆立つのを感じました。


 ボクは怒っているのか?

 それとも怯えているか?

 それとも悦になっているのか?


 そのどれもがそうであり、また、どれもがそれだけではありませんでした。

「タヌキ君、キミは早く行ったほうがいい。後はボクがやるから。ちゃんとやるから……」

 そういうと白いウサギは化け術を使いおばあさんの姿になりました。


「ウサギさん。これでよかったのかなぁ。僕にはウサギさんが……」

 愚鈍なタヌキは珍しく言葉を詰まらせました。白いウサギは、タヌキが何を言おうとしているのか、まったく気にしていませんでした。


 大丈夫。ちゃんとやるさ。ちゃんと片付けてやる。

 これで終わりさ、全て終わりさ、いや、そうじゃない、まだ続く

 もっと、もっと……


「じゃぁ、もうおじいさんが帰ってくるかもしれないから」

 そう言うとおばあさん或いは狡猾なウサギは、おじいさんの畑から持ってきた野菜をおばあさんの腕の肉が入った鍋に入れていきました。


 鍋をかき回すおばあさんの目は、笑っているような、怒っているような、寂しいような、うれしいような、そして悲しいような表情を浮かべていましたが、愚鈍なタヌキにはそれが、どのように見えようともいたたまれない思いに変わりはありませんでした。


 ……ウサギさん、僕には、僕には君が……

 愚鈍なタヌキは思いを断ち切るようにおばあさん或いは白いウサギに背を向けて家を出て行きました。


 やがて日は暮れ、おじいさんが畑仕事から帰ってきました。恐ろしい晩餐が始まろうとしています。

月は昇り、闇を照らす――あるいは禍々しい月が闇を呼び込んだのでしょうか?



<12-4 食>


「ばあさん、やっぱり、獣を入れると臭いがきついのぅ」

 日が暮れ、おじいさんが畑から帰ってきました。夏だというのに、心なしか家の中が冷たく感じましたが、それは自分が疲れているせいか、権汰がいないせいだとおじいさんは思いました。


「今日はいっぱい動いたからのぉー、もう腹が減って、腹が減ってのぉ。どうじゃい、タヌキ汁のほうは?」

 おじいさんは畑から採って来た野菜を入れたかごを背中から下ろしながら、庵の前でぽつんと座っているおばあさんに話しかけました。


「まぁまぁ、今日は、本当にご苦労様です。おじいさん、もう『タヌキ汁』は出来上がっていますよ」

 そういうと、おばあさんは庵の火に掛かっている鍋のフタを取り、鍋の中をかき混ぜ始めました。


「おー、おー、いい匂いじゃのぉ、まぁ、権汰にはかわいそうなことをしたかもしれんが、仕方がないのぅ」

「そうすね。まぁ、まぁ、早くおあがりなさいなぁ。おじいさん」

 そういっておばあさんはおじいさんを庵の前に招き入れました。


「はい、これ、どうぞ。おいしい御肉がたっぷり入っていますから、精が出ますよ」

「あー、そうじゃなぁ、どれ、ばあさんも一緒に喰うかね?」

「あー、私はほら、どうもねぇ、今はまだ、食欲がねぇ」

「そーだなぁ、あー、そーだなぁ、ばぁさんは、権汰のことは本当に可愛がっていたものなぁ」


「でも、こうしておじいさんに食べてもらえれば、権汰も幸せでしょう」

 おばあさんはニコニコしながらおじいさんに言いました。

「あー、ちがいない、ちがいない」


 そういって、おじいさんは、お椀によそられたおばあさんを一口食べました。

「おやぁ、ばあさん、タヌキ汁は、こんな感じだったかのぉ?」


「いやですよ、おじいさん、やっぱり権汰のことが気になるんですかね」

「あー、まぁ、そりゃそうじゃが……」

 そういいながら、おじいさんはついに、おばあさんのよそったお椀の中身を全部平らげました。


「うーん、なんか、こーう、胸につかえるなぁ。ばあさん」

 しかし、おばあさんはニコニコしながらおじいさんを見つめるだけで返事をしません。

「のぉー、ばあさん、これは、そのー、タヌキ汁かのぉ」

 おじいさんはどうにも、胸が苦しくなってきました。


「あー、どうしたことじゃ、なんで、こんなに胸が苦しいんじゃ」

 おじいさんは胸の辺りを右手でかきむしりながら、おばあさんに言いました。

「ばあさん、ばあさんやぁ」


 するとようやく、おばあさんが口を開きました。


 シューっ!


 開いたおばあさんの口は、恐ろしいほど赤く染まり、そこからあふれ出すように瘴気が噴出しました。

「喰った、喰ったね、喰いおった!」

 おばあさんの口は大きく釣りあがり、目はおぞましいほどに禍々しく真っ赤に染まっていきます。


「おー、おー、ばあさん、これは、いったい、いったい何を食わせたんだい?」

 おじいさんは気分の悪さに、先ほど食べたものを吐き出しそうになりましたが、それもできません。食べたものがおじいさんの喉や、食道や胃にまとわりついて、暴れているようでした。


「こ、こ、これは……」

 おじいさんは声もまともに出せなくなってきました。


「聞きたいかぇ?聞きたいかぇ?聞きたいかぇのぉー」

 おばあさんの口からあふれ出た瘴気は、もはや家中に充満し、息が苦しくなるほどでした。

「お前さんが口に入れたのはなぁ、お前さんが噛み砕いたのはなぁ、お前さんがすすったのはなぁ、お前さんが飲み込んだのはなぁ」


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、」

 おじいさんは恐ろしさのあまり声が出ません。


「これじゃよ!」

 そういっておばあさんが鍋の中から取り出したのは、おばあさんの右手の骨でした。


「あな、おそろしや!」

 おばあさんはその場にうずくまり、四つんばいになっておじいさんに向かって吼えました。

「そらみたことか!獣に情をかけ、獣をつなぎ、獣を食おうとした、これが罰じゃ!」

 おばあさんはそういうと、タヌキの姿、凶暴な獣の姿に変わっていきました。



<12-5 喪失>


 おじいさんはあまりに出来事に言葉を失いかけました。

「あ、あ、あ、あ、」

 おじいさんは自分が食べたものを吐き出そうと、指をのどまで入れようとしましたが、体が思うように動きません、手は強張り、指が開きません。食べたものを吐き出そうとするあまりに、そのうちに息がうまくできなくなりました。


「かぁ、かぁ、かぁ、くわぁ、くわぁ……」

 おじいさんの視界はどんどん狭くなっていきます。タヌキの姿がどんどん闇に解けていきます。やがて、おじいさんは視界を失いました。おじいさんはその場に倒れこみ、気を失ってしまいました。


「クッ、クッ、クッ、クゥゥゥゥ」

 静寂の闇の中に獣の悦に浸る奇声が響きます。

「クゥワァ、クゥワァ、クゥワァ、カァ!」

 それは悦でもあり、鬱でもあり、歓喜でもあり、悲哀であり、いうなれば狂気、そして狂喜。


 狂喜の獣――目は爛々と赤く輝き、耳はすべての凶事を聞き分けようと禍々しくとがり、体はまるで闇夜に輝く月明かりのごとく白く輝き、その姿はこの世のどんな生き物よりも美しく、そしてどんな命よりも無機質で、魂の偉大さと自然の摂理とはまるで無縁の存在。


「ボクがどれだけ禍々しく、猛々しい獣になろうとしても、ボクには獲物の喉に噛み付く牙も、皮を引き裂くツメもない。なぜならボクはウサギなんだ。」


 ウサギは自分のなくしたものを取り戻そうと、ウサギ以上の存在になろうとしました。どんなに化けても、どんなに狂って見ても、やはりウサギはウサギ。


「自分は生きている限り、ウサギでしかない」

 ウサギの目からは涙が流れ出しました。

 あまりに目が赤かったので、それはまるで、血が滴るようでした。


「あぁ、だからあなたはその身をささげ、ウサギ以外のものになって、肉の塊となって、代わろうとしたのですか?」

 ウサギの見上げた夜空には、一匹のウサギがつきの中で、狂おうしくも美しく輝き、飛び跳ねていました。


「でも、あなたは天に召されても、やはりウサギのままでいらっしゃる。それはすなわち、ウサギはどんなに清くあろうとも、どんなに悪であろうとも、清いウサギか悪いウサギにしかなれないということなのですか?」


「シュュュュューウ」

 ウサギの口元からどす黒い瘴気がこぼれ落ちました。


「例え狸の力を利用し、何かに化けたとしても、それは所詮、化けたウサギ、タヌキの力を借りたウサギなのですか?」


「キュュュュューウ」

 どんなに大きな声で鳴こうとも、ウサギの声はウサギにしか聞こえません。でも、ウサギの耳は大きいので、それはまるでウサギ周りすべての世界に響いているかのように聞こえるのです。


「ボクの声は届かない、誰の耳にも、誰の心にも……」

 ウサギの心にはいつの間にかあの愚鈍なタヌキの姿が映し出されました。


「お前は、お前は、ボクを苦しめるために生まれてきたのか!」


 ウサギは高く、高く飛び上がりました。月に届くはずもなく、何かが見えるわけもなく、それでもウサギは跳ねました。


 うさぎ うさぎ

 何見て跳ねる


 うさぎ うさぎ

 何見て跳ねる


 うさぎはうさぎ

 うさぎはうさぎ



<12-6 赤い月に泣き崩れる>


 ウサギが出て行った後、おじいさんはしばらく気を失っていましたが、翌朝、ようやく目を覚ましました。


 おじいさんは、昨日起きたことを思い出すと、必死で指を喉に入れて食べたものを吐き出そうとしました。

「あ、あ、あ、ぁぁぁぁ」

 おじいさんはあまりの苦しさに、涙があふれ出ました。


「あ、あ、あ、あ、あ?」

 おじいさんは驚きました。


「あー、あー、うあぁぁー」

 おじいさんは言葉を失っていたのです。


 ……なんてことじゃ、なんて恐ろしいことじゃ、あぁ、ばあさんやぁ、ばあぁさんやぁ


 おじいさんはふらふらと家を出て、あたりを歩き回りました。すると茂みの中に、おばあさんの骨が捨ててありました。


「なぁぁぁ、もぉあぁぁあ」

 おじいさんはその場に泣き崩れてしまいました。おじいさんはしばらく泣いて、泣いて、涙が出なくなるほど泣いた後、おばあさんの骨を丁寧に布に拾い集め、家の近くに埋めることにしました。


 ……ばあさんやぁ、苦しかったかぇ?痛かったかぇ?辛かったかぇ?


 おじいさんがおばあさんのお墓をつくり、手を合わす頃には、日はもう西に傾きかけていました。


 なんで、ばあさんが死ななぁ、ならんかったんか?


 おじいさんはおばあさんを失い、言葉を失い、これからどうしていいかわからなくなっていました。


 ワシも、もう、生きていても何もいいことなんかない……もういい、ワシもすぐに、ばあさんのところに行かしてくんろぅ


 おじいさんはおばあさんの墓に手を合わせると、家に戻り、身支度をして山のほう歩いていきました。


 ……ばあさん、ばあさん、すぐにいくからよ、待っておくれ

 おじいさんは山道を外れ、林の奥まで入っていきます。


 ……あー、このへんでいいかのぉ

 おじさんは大きな杉の木の前で立ち止まりました。おじいさんは懐から縄を取り出すと、杉の木の太い枝に向かって放り投げました。おじいさんは、縄を貼り、そしておばあさんとところへ行こうとしました。


「じいさん、じいさんや」

 そのときでした、山の奥のほうからおばあさんの声がするではありませんか。

「しいさん、じいさんや」


「あぁあぁあぁぁ、ばぁぁぁぁあ」

 おじいさんは声にならない声をあげ、おばあさんの姿を探しました。


「じいさんや、こっち、こっち」

「あぁー、あぁー、あぁー」

 おじいさんは我を忘れて、おばあさんの声がするほうへ歩いていきます。


 ……ばあさん、どこじゃ、どこにおるんじゃ、迎えに来てくれたのかぇぇ?

 おじいいさんは無我夢中でおばあさんの声のするほうに歩いていきました。やがて、近くにおばあさんの気配を感じたおじいさんは、足早に気配のするほうに向かいました。


「あー、おー、うぉーーん」

 おじいさんは泣き崩れました。


 おじいさんの目の前にあったのは、おじいさんが山に入ったり出たりするときに拝んでいた御地蔵様でした。

 ……ばあさん、ワシはまだ、そっちに行っては行けないのかのぁ


 日は暮れ、あたりはすっかり暗くなり、真っ赤に染まった丸い月が、東の空からおじいさんを見つめていました。




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