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序章

 誰もが知っている『かちかち山』のお話――だけど子供の頃、この物語を聞かされたとき、何か違和感を感じた。


 最近になって調べてみると、この物語の前半部分は、あとから付け足されたお話で、最初は狡猾なウサギが愚鈍なタヌキをいじめ殺す――つまり『愚者にはなるな、お人よしにはなるな』というお話だったらしい。しかし後に前半部分のおじいさんとおばあさん、ウサギとタヌキという人間関係からウサギの行為を正当化する理由――タヌキは愚かなだけではなく悪事を働いたのでウサギに殺されても当然――というお話に作り替えられたのでした。


 子供の頃感じた違和感を解決すべく、物語を小生なりにホラーの要素を取り入れて再編してみました。後に知ったのですが、かの太宰治もこの『かちかち山』を独自の解釈で書いたそうです。それにはきっと、遠く及ばないでしょうが、十分楽しんでもらえる作品に仕上がったと思います。


<独りぼっちの狸>


 その昔、カチカチ山と呼ばれる山のふもとに、一匹のタヌキが住んでいました。

 かつてはたくさんの生き物が住む、豊かな山でしたが、山の麓に人間たちが住み始めると、村人たちは山の木を切り倒しては、どこかへ運んで行ってしまいます。やがて山はやせ細り、そこで暮らしていたいろんな生き物たちは、次第に別の山へと移り住んで行ってしまった。


「ぼ、僕は、この山が好きなんだなぁ」


 1人残ったタヌキは、自分が生まれ育ったこの山が好きでした。タヌキのお気に入りの場所は山の麓から頂上へ向かう山道の途中にある少し開けた見晴らしのいい場所の大きな岩の上でした。そこから望む景色は、独りぼっちのタヌキの心を時には慰め、時には揺さぶり、時には慄かせ、時にはせつなくさせました。

 よく晴れた日には、山の向こう、遠くの空の下に海を見る事ができました。そして秋にはあたりの山が真っ赤に紅葉し、夕焼けに世界が燃えているようでした。でも、タヌキが一番好きなのは、秋の空に輝く満月。大きな月の上で楽しそうに餅つきをしているかのようなウサギの影。


「いいな、ウサギさん、きれいなんだなぁ」


 この山はやせ細り、毎日お腹一杯に食べられることはありませんでしたが、それでもタヌキ一匹が暮らしていくには何も不自由はしませんでした。こうして、タヌキはカチカチ山で1人ひっそりと暮らしていました。タヌキは独りぼっちでしたが、少しも寂しくはありませんでした。なぜなら満月の夜には、月のウサギさんに会えるからです。


「ウサギさん、聞いておくれ。あのね、今日はね、山の麓でね、とてもいいことをしたんだよ」



<山の神様の使い>


 それは昼間のこと。食べ物を探しにタヌキが山の麓まで降りたときのことです。タヌキは里の村人の畑を荒らしたりはしませんでした。人様のものを盗むのはよくないことだと、大好きなタヌキのおばあさんが言っていました。だから、タヌキは畑の周りにいる小さな生き物や自生している木の実などを採って食べていました。


 麓の村から山のほうへ上がった少し離れたところに、老夫婦が住んでいる家がありました。老夫婦はとても仲がよく、いつも二人で畑を耕していましたが、その日、タヌキが近くを通りかかったとき、おばあさんの姿が見えないことに気付きました。


 タヌキは気になって、家の様子をこっそり覗いてみると、おばあさんは家の中で藁を編んでいました。よく見るとおばあさんは足を痛めたのか、思うように歩くことができないようでした。

――かわいそうなんだなぁ。


 ふと、タヌキは昔、自分が足を怪我したときのことを思い出しました。まだ、狸の一族がみんなでカチカチ山に暮らしていた頃、大好きな狸のおばあさんは、いくつかの薬草をすりつぶして、タヌキの足に塗ってくれました。そのおかげで、翌日にはタヌキはすぐに歩けるようになったのです。

――たしか、山の反対側の斜面に生えてたんだなぁ。


 タヌキは山に戻ると足の痛みを和らげる薬草を摘み取り、おばあさんに届けることにしました。独りぼっちのタヌキは、人間のおばあさんが、狸の大好きなおばあさんに思えてしまい、とても放っては置けなかったのです。

――おばあさん、これを使うといいんだなぁ。


 タヌキはこっそり、山から採ってきた薬草を、家の軒先に置くと、おばあさんに見つからないようにその場を離れました。独りぼっちのタヌキの動きは、タヌキが思っているほど機敏ではなかったので、タヌキの後姿をおばあさんに見られていましたが、愚鈍なタヌキは、そのことに気がつきませんでした。


「あらあら、これは……」

 おばあさんは軒先に置いてある薬草をみつけると、すぐに山に住むタヌキが届けてくれたのだとわかりました。おばあさんは何かタヌキにお礼がしたいと思い、おじいさんが畑仕事から帰ってくると、こう話しました。


「おじいさん、おじいさん」

「どうした、ばあさん、足の具合がよくないのかい?」

 おばあさんは右足を摩っています。


「違うんです、ほら、これを見てくださいな」

 おばあさんは痛めた足に塗りこんだ薬をおじいさんに見せました。


「おや、これはどうしたことかのー。こんな薬、どこで手に入れたんじゃい?」

 おばあさんはニコニコしながら言いました。


「きっとカチカチ山の神様が誰かに使いを頼んで置いていってくれたんですよ」

「おー、それは、それは、何か礼をしないといけないのー」


「そーですね、今日畑から取れた野菜を山道に入るところに御地蔵様のところにお供えをしてきてもらえますか?」

「おー、そーじゃ、それがいいのー」


 そう言うと、おじいさんは早速、今日自分たちが食べる分の野菜の中から、とりわけおいしそうな野菜をいくつか選んで、山道の入り口にある御地蔵様のところに向かいました。



<白い兎>


 村人たちはカチカチ山に入るときは必ずこの道を通り、山での安全を祈願して、わずかながらの御供え物をするのが習慣でした。でも最近では山に入るものも少なくなり、御地蔵様の周りは雑草が生い茂り、すっかり村の人からは忘れられていましたが、それでもおじいさんは山に入るたびに、御地蔵様を拝んでいました。


 そんなおじいさんとおばあさんに対して、山の神様がささやかな贈り物してくれたに違いない。

「ありがてー、ありがてー」


 御地蔵様にお礼を言い終わると、おじいさんはふもとのほうに向かいましたが、不意にカチカチという音を聞いて後ろを振り向きました。するとそこには一匹の白いウサギが先ほど御地蔵様の前に立っていました。


「おー、あれが山の神様の御使いかぁ」


 そのウサギは、まぶしいほどに真っ白に輝き、その目は宝玉のように赤く輝いていました。そして何よりおじいさんがこのウサギを山の神様の使いと思わせたのは、ウサギが首からぶら下げている首飾りのようなものでした。


「ありがたや、ありがたや」

 おじいさんはウサギを山の神と思い、一心に何度も拝みました。


――なんだ、なんだ?なんか、勘違いしているぞ。

 ウサギはどうしておじいさんが自分を拝んでいるのかわかりませんでしたが、始めてきたこの山は、どうやら自分にとって住みやすいところらしいとうれしくなりました。


「まったく、捨てる神いれば、拾う神ありだな」

 このウサギ、実はとんでもないウサギだったのです。


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