ソクラテスの罠
「自分は何も知らない」というフリをして質問を重ね、相手に矛盾を気づかせる――。
かの有名なソクラテスの「問答法」ですが、聞く耳を持たない人間相手には、どんな偉大な哲学も何の役にも立ちません。
これは、対話すら成り立たない相手に、どうしても届かない愛情を抱えてしまった物語です。
辞書によればソクラテスは……。
古代ギリシャの哲学者で、西洋哲学の基礎を築いた人物です。「自分の無知を自覚すること(無知の知)」の大切さを説き、対話を通じて相手に真の知識を気づかせる「問答法」を実践しました。
━━問答法?
問答法は、相手に質問を重ねることで、相手自身に思考を促し、自発的に矛盾や答えに気づかせる対話の手法です。
ソクラテスの問答法(産婆術とも呼ばれます)は、あえて「自分は何も知らない」という立場をとって質問を繰り返し、相手が信じ込んでいる知識の矛盾を浮き彫りにするやり方です。教え込むのではなく、相手の心の中にある真理を「対話によって引き出す」ことを目指します。
と、ある。
はらぼ彼には問答法は使えない。
聞く耳を持ってくれないからだ。この愛情はどうやったって伝わらない確信があるのだ
━━問答法。
質問を投げかけ、相手に気づかせる。
けれど、問いかける言葉そのものを拒絶されたら、一体どうすればいいのだろう。
「ねえ、私のこと、どう思ってる?」
そう尋ねてみようかと思ったことは、一度や二度ではない。
けれど、返ってくるのはいつも無関心な視線か、気のない生返事だけだ。こちらの問いにすら乗ってくれない相手に、対話の土台なんて最初から存在しなかった。
「無知の知」なんて、私にとってはとっくに知っている事実だ。
私は知っている。自分がどれほど彼を愛しているかを。
そして――彼にとって、私の存在がどれほど無価値であるかということも。
どれだけ問いを重ねても、引き出せる答えなんてどこにもない。
自分の中で膨らんでいくこの答えのない愛しさだけが、言葉にならないまま冷たく残っていた。
ソクラテスの「問答法」は、互いに問いを認め合う対話の場があって初めて成り立ちます。しかし、相手が無関心という拒絶の壁を築いているとき、どんなに正しい手法も、どれほど深い愛情も届かないことがあります。
本作で描いたのは、対話の土台すら奪われたあとに残る、行き場のない感情と孤立感です。「無知の知」を受け入れた上で、なお逃れられない感情の痛みに寄り添う物語として書きました。
言葉が届かない絶望の中で、抱え続けた愛しさそのものは決して無価値ではありません。この静かな痛みが、読者の皆様の心に少しでも残れば幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました




