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婚約破棄された完璧令嬢、最底辺からやり直したら“嘘を暴く力”で全部ひっくり返しました。――今は戦場帰りの男と対等に並んでいます  作者: 慈架太子


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第27話:評価 ――「……それでも、私は私ですわ」

ざわめきの変質

王都中央広場。

劇的な幕引きを迎えた断罪の舞台には、今もなお数千の人々が立ち尽くしていた。

第一王子が崩れ落ち、虚飾の正義が瓦解した後の空間。そこには、ただの混乱ではない、もっと根源的で静かな「熱」が漂い始めていた。


「……」


エルディアは、石畳を静かに踏みしめて歩き出した。

泥に汚れ、裂けた外套を翻す彼女の姿は、物理的には惨めな放浪者のそれと変わらない。しかし、彼女が通る道は、まるで見えない力に押し広げられるように自然と開いていった。


「……あの人が、本当の……」

「レッドグレイブ令嬢が、一人で……」


周囲から漏れる声。

それはかつて彼女を嘲笑し、石を投げようとしていた時の、あの中身のない「憎悪」ではなかった。

畏怖、困惑、そして――再認識。

人々は、自分たちの目の前に立っている「エルディア」という存在を、今、初めて「一人の人間」として、その網膜に刻みつけていた。


(……変わりましたわね。空気の組成そのものが)


エルディアは視線を逸らさず、前だけを見つめて歩く。

かつては「公爵令嬢」という看板に向けられていた、借り物の評価。

次は「罪人」という烙印に向けられた、身勝手な拒絶。

そして今は――。


剥き出しの感謝

「……あんた」


不意に、一人の男が群衆の中から一歩踏み出した。

中年の、どこにでもいる下層の工夫だ。服は汚れ、手は節くれ立っている。

ガイウスがわずかに身構えたが、エルディアは歩みを止め、静かに男を見据えた。


「……何かしら。私に何か用でも?」


「……さっきの、あれだ」


男は言葉を選んでいるのか、それとも溢れ出す感情を抑えているのか、不器用に口を震わせた。

「……助かった。……本当だ」


「……」


「あいつら……王子の兵たちが暴れ出そうとした時、俺たち、どうすればいいか分からなかった。巻き込まれて、死ぬところだった。……あんたが、止めてくれたんだ」


それは、あまりにも単純で、しかし剥き出しの「事実」だった。

エルディアが展開した断罪領域ジャッジメント・フィールドは、王子の嘘を暴くと同時に、その場にいた無辜の民衆を、兵たちの暴走から救い出していたのだ。


「……礼を言う。……あんたに」


男はそう言うと、深く、深く頭を下げた。

王城の官僚が見せる、計算された儀礼ではない。

泥にまみれた背中を丸め、ただ一つの事実に対して捧げられた、不格好で、純粋な感謝の形。


「……」


周囲が、水を打ったように静まり返った。

その沈黙は、一人、また一人と伝播していく。


「……助かったよ。俺もだ」

「……うちの子も、震えてたけど。お姉ちゃんのおかげで、無事だった」


声が重なる。

波紋が広がるように、エルディアを囲む空気の色が塗り替えられていく。

彼女を「悪」と決めつけていた人々が、その自分たちの過ちさえも真実の光で裁き、新しい答えを導き出そうとしていた。


届く言葉

エルディアは、動かなかった。

向けられる感謝の言葉を、拒絶するでもなく、甘受するでもなく、ただ一粒ずつ、その知性で受け止めていた。


「……感謝は、不要ですわ」


静かに、彼女は口を開いた。

その声は、かつて王城で騎士たちを叱咤した時と同じように凛としていた。だが、冷たさの中に、確かな血の通った「響き」があった。


「……私は、私が必要だと思うことを、私の判断で行っただけですもの。誰かを救おうという、甘い感傷で動いたわけではありませんわ」


冷徹な自己評価。

それは彼女の「正しさ」の一部であり、変わることのない骨格だ。


「……それでもだ」


男は顔を上げ、エルディアを真っ直ぐに見返した。

「あんたがどう思ってようが、俺たちが助かったのは、あんたがそこに立ってたからだ。……ありがとうな。本当に」


「……」


エルディアは、わずかに目を細めた。

(……届いているのですわね。私の、この不器用な理屈さえも)


これまでの人生、彼女は「評価」をされることに慣れきっていた。

だが、今のこれは、評価ではない。

地位や名誉、完璧な所作といった「ガワ」を取り払った後、剥き出しの彼女が行った行為に対して、人々が捧げた「価値」だった。


ざわめきが変わる。

評価の再構築。

それは、エルディアという人間を、王都という巨大なシステムの一部としてではなく、この地に生きる一人の「救世主」として再定義するプロセスだった。


私は、私ですわ

エルディアは再び歩き出した。

今度はもう、誰にも止められなかった。人波は潮が引くように分かれ、彼女を祝福するかのような、静かで、しかし重厚な沈黙で見送った。


「……随分な変わりようだな」


隣に並んで歩くガイウスが、小さく鼻を鳴らした。

「あんたへの『評価』。あんなに熱のこもった連中は、下層区にもなかなかいねぇぞ」


「……何がかしら。ただ、真実が周知されただけの、論理的な帰結ですわ」


エルディアは冷淡に返す。

「見えていなかったものが、見えるようになった。そこに私の裁定が加わった。……それだけのことですわ」


「……そうかよ。相変わらず可愛くねぇな」


「当然ですわ。可愛げで生き延びられるほど、この世界は甘くないことを学びましたもの」


一瞬の沈黙。

エルディアは、ふと足を止め、広場の端から空を見上げた。

濁った煤煙の向こう側、雲の切れ間に、一点の青が見えていた。


「……ですが。評価が変わったからといって、私が変わるわけではありません」


彼女は、自分自身の胸に手を当てた。

「……私は、私ですわ。レッドグレイブでも、令嬢でも、英雄でもない。……泥を啜り、嘘を裁き、ただ自分の足で歩く。……それが、私の選んだ形ですから」


決意。

それは、他人の評価という鏡に頼らず、自分自身の内側にある「芯」を見つめる、真の強者の言葉。


「……分かってるよ。あんたは、そういう女だ」


ガイウスは短く言うと、そのまま前を向いて歩き出した。

エルディアもまた、微かに口元を緩め、彼の隣に並んだ。


風が吹き抜け、広場に残されたざわめきを遠くへ運んでいく。

エルディアは、もう振り返らなかった。

かつての栄光も、屈辱も、そして今得たばかりの称賛さえも、彼女にとっては「過去」という名の戦史に過ぎない。


大切なのは、今、この足でどこへ向かうか。


「……さあ、行きましょう。次の仕事の予測地点まで、少し距離がありますわ」


「……おいおい、まだ働くのかよ」


「当然ですわ。生きていくには、対価が必要。……それがこの世界の、最も普遍的な法則ですもの」


二人の足音は、夕闇の迫る街へと消えていく。

かつての理想の令嬢は死んだ。

だが、ここには、他者に価値を認められ、それでもなお「自分自身」であり続けることを選んだ、一人の気高き少女がいた。


彼女の逆転劇は、ここにおいて結実し、新しい物語へと昇華された。

それは、自分を愛するための、真実の戦いの始まりだった。








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