表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された完璧令嬢、最底辺からやり直したら“嘘を暴く力”で全部ひっくり返しました。――今は戦場帰りの男と対等に並んでいます  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/31

第26話:完遂 ――「……私はもう、あなたに従いませんわ」

崩落する王座の幻影

王都中央広場。

そこには、かつて王国の絶対的な秩序として君臨していたはずの第一王子、アルフレッドの無惨な姿があった。

断罪領域ジャッジメント・フィールドによってすべての虚飾を剥ぎ取られた彼は、今やただの「追い詰められた男」でしかなかった。


「……王子が……あんな……」

「信じられない。私たちが崇めていたのは、あんなにも卑小な男だったのか」


広場を埋め尽くす群衆の囁きは、もはや敬意を含まない。それは泥の中を這い回る虫を見るような、冷ややかな失望と嫌悪。

アルフレッドは震える膝を必死に支えようとしていたが、その全身からは力が抜け落ち、呼吸は浅く乱れている。定まらない視線は、逃げ場を求めて虚空を彷徨っていた。


そこに、一人の少女が歩み寄る。

エルディア・ヴァレンティナ・レッドグレイブ。

泥に汚れ、家名を奪われ、奈落の底を這いずり回ってきた彼女が、今、かつて自分を断罪した男の前に立っていた。


逆転の審判

エルディアは、ゆっくりと歩みを進める。

一歩。また一歩。

その足音が石畳を叩くたびに、周囲の空気は真空のように張り詰めていく。

王宮近衛兵も、控えていた貴族たちも、誰も彼女を止めることはできない。彼女の周囲に展開された裁定の領域が、不純な意思を持つ者の介入を物理的に、そして精神的に拒絶していたからだ。


「……」


エルディアは王子の前で足を止めた。

かつては王子が壇上から彼女を見下ろしていた。今は、彼女が地上から、膝を折る王子を見下ろしている。完全に逆転した構図。


沈黙が数秒、永遠のように長く続いた。


「……言うことは。ございますの?」


エルディアが口を開いた。

その声は驚くほど静かで、氷のような冷徹さと、どん底で培った揺るぎない重みを持っていた。


「……っ、あ……」


アルフレッドの唇が震える。だが、言葉は形をなさない。

領域の力によって「嘘」を封じられた彼には、自分を正当化するための言い訳も、威厳を保つための虚勢も残されていなかった。


「……ないようですわね」


エルディアは冷たく、一言で切り捨てた。

その視線には、かつての怒りも、復讐心さえも感じられない。ただ、不要なものを処理する事務的な冷淡さだけがあった。


呪縛の終焉

「……貴様……エルディア……!」


アルフレッドは血走った眼で彼女を睨み、絞り出すように声を絞り出した。

「……まだ……終わっていない。俺は王族だ……この国を統べる……王になる男だ……! 貴様のようなゴミに……!」


「……そうですわね」


エルディアは即座に、そして慈悲なく答えた。

「……あなたにとっては、ここからが始まりでしょう。これまで積み上げてきたすべての嘘と、これから向き合わなければならない現実。……地獄は、始まったばかりですわ」


冷静に、そして残酷に、彼女は王子の未来を予言した。

アルフレッドの顔が絶望に歪む。


「……ですが」


エルディアはさらに一歩、距離を詰めた。

「……私にとっては。終わりですわ」


断定。

それは、彼女の人生を縛り続けてきた鎖が、完全に断ち切られた合図だった。

王子の目が見開かれる。


「……私は」


彼女は言葉を選ばず、魂の底にある決断を放った。

「……あなたに従う立場では、ありません。家門の義務、王室への忠誠、あるいは一方的な権力。……それらすべて、私はこの泥の中で捨ててきましたわ」


一拍。

彼女は王子の瞳を真っ直ぐに射抜き、この物語に終止符を打つ一撃を放った。


「……私はもう、あなたに従いませんわ。二度と。……一分子の例外もなく」


その宣言は、どんな名剣よりも重く、鋭く、アルフレッドの精神を貫いた。

自らが絶対的な支配者であると信じていた男にとって、これ以上の拒絶はなかった。


「……っ、あああ……!」


王子の身体が、ついに支えを失い、崩れ落ちた。

石畳に両手を突き、無様に膝を折る姿。

王族としての誇りも、男としての矜持も、すべてがエルディアの言葉という「真実」の前で粉々に砕け散った。


未知なる路への行進

周囲が息を呑む中、エルディアは静かに背を向けた。

もう、崩れ落ちた男を見る必要はない。彼の運命は、もはや彼女の関心の外側にあった。


歩き出す。

誰も、道を塞がない。

誰も、触れようとはしない。

モーセの十戒のように、群衆が左右に割れ、彼女のために道が作られた。

それは排除のための道ではなく、新しい生き方を選んだ者への、無言の畏敬であった。


その道の先。

群衆の影に、一人の男が立っていた。

ガイウス。

無骨な外套を纏い、腕を組んで、いつものように静かに彼女を待っていた。


「……終わりましたわ」


エルディアは彼の前で立ち止まり、わずかに肩の力を抜いた。

「……ああ。全部、片付いたな」


ガイウスは短く返し、特に彼女を褒めることも、驚くこともなかった。ただ、当然の結果が訪れたことを確認しただけのような、淡々とした響き。


「……どうしますの? この後の混乱は、凄まじいことになりますわよ」


「……どうもしねぇ。終わったなら、それでいい」


ガイウスは鼻を鳴らし、踵を返した。

「腹が減ったな。屋台が開いてればいいが」


「……」


エルディアは、わずかに目を細めた。

宮廷の宴会でも、壮麗な凱旋式でもない。

ただ、泥臭い下層区でスープを啜る、そんな当たり前の日常。


「……そう。それで、結構ですわね」


彼女は、もう振り返らなかった。

背後で響く王子の絶叫も、民衆の騒乱も、過去の亡霊たちも。

それらはすべて、今この瞬間に彼女との因果を失ったのだ。


石畳を踏みしめる足音は、以前よりも軽く、力強い。

彼女は一歩、また一歩と、自分自身の足で歩いていく。


「……終わりですわ」


小さく、独白が漏れる。

その瞳は、濁った王都の空ではなく、その先にある、まだ見ぬ自由な地平を見据えていた。


この瞬間、エルディア・ヴァレンティナ・レッドグレイブという名は、名実ともに過去のものとなった。

残されたのは、ただ一人の少女、エルディア。

彼女の本当の人生が、この静かな完遂と共に、今、幕を開けた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ