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婚約破棄された完璧令嬢、最底辺からやり直したら“嘘を暴く力”で全部ひっくり返しました。――今は戦場帰りの男と対等に並んでいます  作者: 慈架太子


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第21話:再燃 ――「……まだ、終わっておりませんのね」

権力の深淵、あるいは悪意の再編

王都上層区。

下層の喧騒や泥の匂いなど一分子も届かぬその場所は、夜の闇の中でも白亜の輝きを放っていた。魔導灯の光は均一に街路を照らし、石畳は磨き抜かれ、人々の声さえも洗練された響きを帯びている。


だが、その優雅な静寂の奥底で、国を揺るがすおりのような毒が、静かに、しかし確実に煮詰まっていた。


「……動き出したか」


低い、低音の効いた声が豪奢な室内に響く。

ビロードの椅子に深く腰掛け、琥珀色の酒を揺らしているのは、この国の第一王子であった。その瞳には知性と、それ以上に冷徹な「支配」への執着が宿っている。


「はい」


傍らに控える腹心の貴族が、影のように深く頭を下げて答えた。

「下層区にて、不審な集団の動きを確認いたしました。武器を隠し持ち、特定の座標へ集結を始めております」


「規模は」


「現時点で数十。ですが、裏路地の浮浪者や不満分子を取り込み、増加の一途を辿っております」


「……小さいな」


王子は興味なさげに鼻で笑い、グラスを置いた。

「だが、火種としては十分だ。乾いたまきが積み上がっている場所なら、火の粉一つで事足りる」


「例の件は、いかがいたしましょう」


別の男が、慎重に言葉を選びながら口を開く。

その場の空気が、わずかに鋭利さを増した。


「……レッドグレイブの娘。エルディアのことか」


王子が問う。その名が発せられた瞬間、室内の温度が数度下がったかのようだった。


「生きているか」


「確認済みです。家を追われ、名も剥奪された後も、下層区にて活動を継続。……驚くべきことに、野垂れ死ぬどころか、現場の者たちと接触し、生き延びているようです」


「……ほう」


王子はわずかに、本当にわずかに、その眉を動かした。

「まだ動くか。あの『完璧』を自負していた女が、泥を啜りながら生存を選んだか。……想定外だな。あまりに論理的で、かつ不屈だ」


一瞬の沈黙。

王子の指先が、テーブルの上を規則正しく叩く。


「処理は済んだはずだがな。社会的には、彼女は既に死んだも同然のはずだ」


「形式上は、左様でございます。ですが、実体としての彼女は残った。それはいつか、我々の計画における不確定要素になり得るかと」


「……不完全だな。だが、構わん」


王子はゆっくりと立ち上がった。その背丈以上に、彼が放つ権威の影が床を長く這う。

「利用する」


「利用、ですか」


「そうだ。“正しすぎた女”を、再び舞台の上に引きずり出す」


王子の口元が、三日月のように歪んだ。

「方法は簡単だ。下層区で混乱を起こす。略奪、破壊、そして放火。暴徒たちの先頭に、あるいは黒幕として、彼女を据える」


「……再び、冤罪を被せるのですか」


「当然だ。一度使えた手は、二度使える。彼女は目立つ。そして何より、これまでの彼女の『正しさ』ゆえに、あまりに多くの者に嫌われている。民衆も、貴族も、彼女が堕ちる姿を、二度目であろうと喜んで受け入れるだろう」


断定。

それは、人間の醜い感情を戦術リソースとして計算する、王者の論理であった。


「“悪役”としては最適だ。彼女にすべての責任を押し付け、我々は『秩序の守護者』として下層を掃討する。……準備しろ。下層の集団と連動し、決起のタイミングを調整しろ」


「はっ」


王子は窓際へ歩み寄り、闇に沈む王都を見下ろした。

「エルディア……。お前がどこまで抗うか、見せてもらおう。地獄の底から這い上がってきたお前を、もう一度、奈落へ突き落としてやる」


繋がる点と線

場面は変わる。

下層区の、湿り気を帯びた路地裏。


「……増えていますわね」


「……ああ。昨日よりも明らかに、殺気の密度が違う」


エルディアは、ガイウスの隣で静かに立ち止まっていた。

彼女の「裁定」の視界には、路地を通り過ぎる影たちの背後に、赤黒い「意図の糸」が絡みついているのが見えていた。


「統制が取れ始めていますわ。これは、自然発生的な不満の爆発ではありません」


エルディアは周囲の情報を、かつての戦術指揮官としての冷徹さで分析する。

「動き、流れ、装備。隠してはいますが、その配置には明確な軍事的思想が介在しています。……ただの暴徒集団ではありませんわね」


「……外部の意思か」


ガイウスが、短剣の柄に手をかける。

「ええ。資金、指示、目的。すべてが高度にパッケージ化されていますわ。……嫌な予感がいたします」


一瞬の間。

エルディアの視界が、火花が散るように明滅した。


「……?」


違和感。

「裁定」が、個人の真偽を超えて、街全体の「流れ」を読み取ろうとしていた。

かつては魔導の計器に頼っていた「全体俯瞰」が、今や彼女の感覚として、ダイレクトに脳に流れ込む。


(……この不自然な兵站の流れ。この資金の出処……。繋がっていますわね)


「……何とだ、エルディア」


ガイウスの問いに、彼女は視線をゆっくりと上げた。

視線の先にあるのは、下層の泥ではなく、天高くそびえる王都の中心。


「……上層区。権力の中枢ですわ。私を陥れ、使い捨てた者たちの意思が、今、この下層の闇を操作しています」


「……証拠はあるのか」


「ありません。……ですが、確信はあります。彼らのやり方は、あまりに合理的で、かつ……私に対して残酷すぎますもの」


沈黙が二人の間に降りる。

冷たい風が吹き抜け、不吉な予感を煽るように、遠くで犬が吠えた。


エルディアは、一度だけ目を閉じた。

瞼の裏には、自分を断罪した者たちの嘲笑と、昨夜浴びた泥の感触が蘇る。


(……まだ、終わっておりませんでしたのね。私がすべてを捨てて逃げ出せば、それで幕引きだったというのに)


彼女は目を開いた。

その瞳には、かつての氷のような冷徹さに加え、どん底で培った「不屈」の炎が宿っていた。


「……いいでしょう。面白い趣向ですわ」


静かに、だが鋼のような硬度を持った声。

「私を再び悪役に仕立て、舞台に上げようというのなら……受けて立ちますわ。ですが、予定通りの結末にはさせません」


彼女は、自分自身の胸に手を当てた。

「裁定」の力。それは、嘘を暴くためのもの。

ならば、この国全体に張り巡らされた「巨大な嘘」さえも、彼女は裁くことができるはずだ。


「……今度は、こちらが裁く番ですわ」


過去と現在、そして悪意と正義。

すべての因果が、この下層の闇の中で一つに繋がった。

エルディア・ヴァレンティナ・レッドグレイブ。

彼女の真の逆転劇は、ここから、国そのものを「裁定」する戦いへと進化していく。









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