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婚約破棄された完璧令嬢、最底辺からやり直したら“嘘を暴く力”で全部ひっくり返しました。――今は戦場帰りの男と対等に並んでいます  作者: 慈架太子


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第20話:前夜 ――「……動いていますわね」

停滞する夜の熱気

王都の夜は、下層区といえども光に満ちている。

安価な魔導灯が路地を照らし、酒場からは下卑た笑い声と安酒の匂いが漏れ出し、行き交う人々の喧騒が絶えることはない。

それは、一見すればいつも通りの、無秩序で活気に満ちた「日常」の風景だった。


「……」


エルディアは、ふと足を止めた。

外套のフードを深く被り、周囲の雑踏に溶け込みながら、彼女の鋭敏な知性は、その「日常」の中に潜む決定的な歪みを感知していた。


「何だ。止まってどうした」


前を歩いていたガイウスが、足を止めて振り返る。


「……違和感ですわ。説明のつかない、生理的な拒絶に近い感覚」


エルディアは周囲を、評価ではなく「裁定」の視座で見渡した。


「具体的に言え。何が見える」


「……数値化や言語化は困難ですわね。ですが、人の動きが、あまりに不自然です」


彼女は視線を巡らせ、路地の隅々までを走査する。

商人、客、荷運び人。彼らの行動原理は、本来バラバラで、無秩序なはずだ。

だが、今の彼らの動きには、目に見えない「指向性」が生まれていた。


「偏りがありますわ。同じ場所に、同じような属性の人間が集まりすぎています。あそこをご覧なさい」


彼女が指をさしたのは、何の変哲もない細い路地の入口だった。

一見すれば、ただ通行人が通り過ぎているだけに見える。

だが、注意深く観察すれば、入っていく人数に対し、出てくる人数が圧倒的に少ない。


「……それに、視線です。彼らは互いに顔を合わせない。接触の直前に意図的に視線を避け、あらかじめ決められた座標へと吸い込まれていく。……これは、ただの集まりではありませんわ」


闇に潜む軍靴の響き

「……集い、か」


ガイウスの瞳が、剣のように鋭く細められた。

「ああ。何かの準備。それも、この規模……小さくはありませんわね」


「行くか」


「ええ。情報の欠落は、戦術家にとって最大の敗因になり得ますもの」


二人は、迷うことなくその路地へと足を踏み入れた。

一歩入るごとに、背後の喧騒が遠のき、代わりに粘りつくような濃密な気配が肌を刺すようになる。

光は減り、空気は冷え込み、代わりに「鉄」の匂いが混じり始めた。


エルディアは足音を殺し、ガイウスの背中に隠れるようにして、路地の奥へと進む。

突き当たり。

そこにあったのは、下層区の広大な地下倉庫に繋がる、打ち捨てられたはずの空間だった。


「……これは」


エルディアは、息を呑んだ。

そこには、人がいた。

十人、二十人。いや、奥の暗がりに潜む気配を合わせれば、百は下らないだろう。


彼らは、沈黙を守っていた。

統率がある。規律がある。

しかし、それは騎士団のような華やかさではなく、牙を研ぐ野獣のような、昏く、研ぎ澄まされた静寂。

そして、彼らの手元。

古びた布で隠されているが、そこから覗くのは、磨き抜かれた槍の穂先や、軍用の短剣の輝きだった。


(……一斉に、敵意。それも、この場所全体に充満していますわ)


エルディアの視界の中で、情報の奔流が逆巻く。

個々の「裁定」を超え、集団が放つ殺意という名の色彩が、地下空間を真っ赤に塗り潰していた。


「……来ますわね。嵐が」


「……ああ。標的は、この街の外じゃねぇ」


ガイウスの言葉に、エルディアは視線を上げた。

路地の隙間から見える、王都の中心部。

高くそびえる王城のシルエットが、月光を背負って巨大な墓標のように立っている。


「……内側。つまり、内乱クーデターの可能性が極めて高いですわ」


嵐の予感

「戻るぞ。情報を集め、状況を再編する。……ここに長居は無用だ」


ガイウスの即断。

二人は音もなく、その場を離脱した。


再び、表通りの喧騒の中へ戻る。

笑い声。怒鳴り声。灯りの眩しさ。

すべてが、先ほどと同じはずなのに、エルディアの目にはもう、それらがひどく虚ろで、砂の城のように脆いものに見えていた。


「……動いていますわね。私を排除した者たちが、今度は国そのものを揺らそうとしているのかしら」


「……ああ。動いてやがる」


「……関与しますの? 私たちは、もうこの国の当事者ではありませんのに」


エルディアは、ガイウスの横顔を伺った。

「……状況次第だ。俺たちの生存を脅かすなら、叩き潰すだけだ」


「……そう。合理的ですわね」


エルディアは、自嘲気味に微笑んだ。

かつては「守る側」として、この平和を維持するためにあらゆる可能性を排除してきた。

だが今、彼女は「切り捨てられた側」として、崩れゆく平和の序曲を特等席で眺めている。


夜空を見上げる。

星々は無慈悲に美しく、これから起きる惨劇など知らないかのように静止している。


(……違いますわね。これは、停滞ではありません。崩壊の前の、静かな爆発ですわ)


確信。

胸の奥で、かつての自分にはなかった熱が、脈打つのを感じた。

不安ではない。恐怖でもない。

それは、自らの意志で選び取った「今」を、何者にも奪わせないという、戦術家としての、そして生きる者としての闘争本能。


「……問題ありません」


彼女は、小さく、だが鋼のように確かな意志を込めて呟いた。


「……来るなら、来なさい。私が作り上げた完璧な秩序を、あなた方がどう壊そうというのか……私が、この『眼』で最後まで裁定して差し上げますわ」


この夜。

王都の繁栄という名の仮面が、内側からゆっくりと、しかし決定的に剥がれ始めていた。

嵐の前触れ。

その暗い予兆を道連れに、エルディアとガイウスは、闇の深まる下層区へと消えていった。








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