第1話 かわいい笑顔
かわいい笑顔
「美奈、次の授業移動だよ?」
4時間目が終わり、がやがやとしているクラスで、栞里は私に言った。
「ごめんごめん、ちょっとウトウトしてた。昨日寝るの遅くって」
「古典だからってあんまり寝すぎると、成績に響くよ〜」
と彼女が言う。
重い体を起こし携帯を見ると、栞里から1枚の写真が送られてきている。
どうやら、消されかけていた4時間目の板書の写真を、私宛に送ってくれたらしい。
席から立ち上がり、古典の教科書、ノート、単語帳を机のなかにしまう。
次の化学の準備をし、席を立つ。
教室を出ると、他の生徒たちで廊下が騒がしい。
「今日、指名されるかな」と私が言うと、
「大丈夫だよ。もし指名されたら私のノート見せたげる」
と、栞里が予習したのであろう、化学の公式などがまとめられたノートを私に見せてくれた。
私と栞里は中学の時からの友達だ。きっかけは、私が栞里のいる中学に転校したことだった。
転校初日の昼休み、教室の隅っこで1人で本を読んでいると、栞里が声をかけてくれた。
彼女は私の手を取り「学校、案内したげる」といってここは理科室だ〜とか、ここは家庭科室だ〜とか、嬉しそうに話してくれた。
移動教室に着くと、席に座る。栞里は私の前の席だ。
一宮栞里、髪を肩よりうえで切り揃え、右耳付近にかわいらしいヘアピンをしている。
彼女は席に着くと、となりの女子とどうやら話しているようだ。
後ろから彼女の笑顔は見えないが、白い肌にエクボができている。どれだけ聞いても耳が痛くなることはない、かわいらしい笑い声が聞こえる。
私は栞里が好きだ。いつからかは分からないが、気づいた時には栞里のことをずっと目で追っていた。
声を掛けるときは緊張するし、少し手が触れるとドキッとしてしまう。
寝ているところを起こされてしまった、つい5分前も、本当は目の前に彼女の顔があり、ドキドキしていた。
だけどこの気持ちは、彼女には伝えられない。伝えてしまったら、これまでの関係が壊れてしまう。1番隣で栞里のことをずっと見ていたいから、関係を壊すなんてこと、ありえない。
廊下にいた生徒たちが駆け込んで教室に入ってきた。どうやら先生が来たようだ。
廊下の騒がしさをかき消すように、チャイムが響いた。
放課後、私は栞里の家にいた。家で1人でやっていても、なかなか進まないから、一緒に課題を終わらせよう、と彼女に頼んだ。
「栞里〜これどうやるの」
「うん?」
という会話を何回しただろうか。
栞里は、私に教えるためにしゃべっている時間が長いはずなのに、いつの間にか、彼女のノートは閉じられていた。
「ちょっと、休憩する?」
と頭を抱えていた私を見て、栞里が言った。
ちょっと待っててと言い、部屋を出ていくと、お茶が入ったグラスと、お菓子を持ってきてくれた。
お菓子を食べながら、学校でのことを話していると、
「ねぇ、美奈って好きな人いる?」
と栞里が聞いてきた。
ドキッとした。いつも栞里と話すときの緊張や恥ずかしさとは違う、バレてしまうのではないか、という焦りからくるものだと分かった。
「うーん、今は居ないかな」
と言うと、
「私ね、好きな人、できちゃった」
と栞里が言った。
その笑顔は私がまだ見たことのない、彼女の笑顔だった。
おもしろいものを見て笑う彼女の笑顔ではなくて、幸せそうな「女の子」としての笑顔だった。
言葉が出てこなかった。
というより、言葉を出す方法を忘れてしまったみたいだった。
何を言おう、何か言わなければ。おめでとうかな、変かな。じゃあ、「え、そうなの!!」って大げさに言って、喜んだほうが自然かな。
「美奈、大丈夫?」
と彼女の顔がのぞく。
「え、あ、そうなの! 知らなかった。おめでとう」
と、今出せる精一杯の声で、声が震えないように、私は言った。
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