砂の味の消える日
岐阜の山間に佇む『紅蓮庵』。
戦いから数ヶ月が過ぎ、庭の木々は穏やかな木漏れ日を落としていた。縁側では、朔夜が静かにお茶を啜り、その傍らには桜猟の親友であり恩人の流華が、ノートパソコンを膝に置いて座っている。
「……朔夜さん、もう一度言うけど、要塞のメインフレームをあそこまで物理破壊されると、データの復旧は絶望的。僕の努力が台無しだ」
流華はわざとらしく溜息をついた。だが、その口元には微かな笑みが浮かんでいる。
「流華、お前は理屈ばっかバイ! 親父が勝ったっちゃから、それで良かろうもん!」
庭で竹光を振っていた桜猟が、汗を拭いながら快活に笑う。
「俺たちの勝ちバイ。……なあ、流華。今度は戦いじゃなくて、遊びに来いよ。苺飴、山ほど買うてやるけん!」
「ふん、糖分の過剰摂取は脳に悪いよ。……まあ、気が向いたらね」
流華はぶっきらぼうに返し、画面に視線を戻した。そこへ、奥の座敷から賑やかな声と共に、盆を持った女将の香と蹴鞠が現れる。
「さあ皆さん、手が止まっていますよ。せっかくの料理が冷めてしまいます」
香の落ち着いた一言で一同を促す。その眼差しは温かい。
「蹴鞠ちゃん、そんなに急がなくても、おかわりはたっぷり用意してありますからね」
「香さん、大好き! うち、これ食べるために修行頑張ったとよ!」
蹴鞠が弾むような足取りで料理を並べる。
「ふふ、良かったです。……朔夜さんも、そんなに難しい顔をしないでください。あなたが笑わないと、皆が安心できませんよ?」
香が優しく微笑み、朔夜の湯呑みに新しい茶を注いだ。
やがて、最後に台所から出てきたのは、少し照れくさそうに、けれどもしっかりとした足取りのろみなだった。
「……お待たせしました。お口に合うとええんやけど」
ろみなは朔夜の隣に腰を下ろした。その瞳には、かつての冷徹な光ではなく、家族を愛おしむ温かな光が宿っている。朔夜は懐から一粒の苺飴を取り出し、ゆっくりと彼女の口に運んだ。
「……甘いか?」
ろみなは飴を転がし、溢れる涙を拭いもせずに微笑んだ。
「……甘いて。すごく、甘いて、朔さん……。こんなに甘いもん、私、初めて食べた気がするわ……」
その言葉を聞いた瞬間、朔夜は二十年間の重荷を下ろし、心の奥底に隠していた自分を解き放った。張り詰めていた肩の力が抜け、故郷の言葉が自然と溢れ出す。
「……そうか。……よがったな。……みんな揃って、本当に、よがったっぺよ……」
砂の味は、もうしない。 バラバラだった家族が、一粒の飴の甘さの中で一つに溶け合い優しく包み込んでいた。
空はどこまでも高く、澄み渡っている。 御門家の新しい物語が、今、ここから始まっていった。
ーFinー




