第14話:紅蓮の裁き、家族の絆
ろみなが家族の腕の中で慟哭し、ようやく「心」を取り戻したその瞬間。要塞の天井を覆う巨大なモニター群が、一斉にノイズを発して爆発した。
「……反吐が出る。愛だの、家族だの……そんな安っぽい情緒で、私の完璧な計画を汚すとは!」
観覧席の最前列。浅葱が狂気に満ちた叫びを上げ、立ち上がった。彼の傍らにいた歪は、すでに自らの肉体を機械化させた重武装形態へと変貌し、無機質な銃口を一家に向けている。
「御門朔夜! その刀を……『紅時雨』をこちらへ渡せ!それは、私のような高潔な意志を持つ者が手にしてこそ、真の輝きを放つ神の器なんだよ!」
「浅葱。……お前には、この刀の重さは一生分からねえ」
朔夜は、震える手で刀を構え直した。口の中は、もはや砂の味さえしない。喉を焼くのは、灼熱のマグマのような熱気と、家族を地獄に突き落とした男への静かな怒り。白濁していた視界は、紅時雨が放つ呪いのような赤い光によって、逆に鮮明に浅葱の姿を捉えていた。
「歪、殺せ! 朔夜の腕を切り落とし、刀を回収しろ!」
浅葱の命令と同時に、歪が爆発的な加速で肉薄した。歪の右腕は高周波ブレードへと変形し、左腕からは無数の電磁ワイヤーが放たれる。
「効率的に排除します。……御門の血筋、ここで断絶」
キィィィィィィン!!
金属の激突音がドーム内に響く。朔夜は紅時雨を抜き放ち、歪のワイヤーを一瞬で斬り飛ばした。だが、機械化された歪の動きは人間を遥かに超越している。死角からの連撃。朔夜の肩、腿、脇腹が次々と切り裂かれ、赤い血が鋼鉄の床を濡らす。
「親父ッッ!!」
桜猟と蹴鞠が加勢しようと一歩踏み出した、その時だった。
ガガガガガッ!と不気味な駆動音が響き、広場の壁面や天井のハッチから、数百門の自動機銃が姿を現した。銃口は容赦なく、寄り添うろみなと子供たち、そして朔夜に向けられる。
「動くなよ、子供たち! 君たちが指一本でも動かせば、せっかく再会した母親の頭が瞬時に吹き飛ぶ。……さあ、御門朔夜。絶望の中で、愛する者たちが蜂の巣にされる様を特等席で見るがいい!」
浅葱の卑劣な哄笑が響く。銃口の赤いレーザーサイトがろみなの眉間に重なり、三人は石のように動けなくなった。朔夜の目の前では、歪がとどめの一撃を放とうとブレードを振り上げている。
(……ここまでか……。ろみな、……すまねえ……!)
浅葱がコンソールの「全排除」ボタンに指をかけた。 だが、その指が触れる直前、要塞内の全スピーカーから、耳を劈くような電子音と共に、聞き慣れた青年の声が響き渡った。
『――残念だね。お前の計算は、僕が書き換えた。』
流華だ。桜猟の親友であり、この旅を情報面で支え続けてきた天才ハッカーが、ついに牙を剥いた。
「な、何だと……!? 外部からのアクセスは全て遮断しているはずだぞ!」
『無駄だよ。僕は桜猟と約束したんだ。「必ず家族全員で帰ってこい」ってね。……親友の頼みを叶えるためなら、お前のファイヤーウォールなんて紙屑同然だ。今、この要塞のメインフレームは僕が支配した』
直後、要塞内の全ての機銃が、まるで見えない糸を切られた人形のようにガクリと下を向いた。警告灯の赤が、一瞬にして流華のパーソナルカラーである深い青へと塗り替えられる。
「ば、馬鹿なッ! 私の最高機密が……ハッキングされたというのか!」
『朔夜さん、今だ! 僕の制御が保てるのは長く持たない……叩き込め!』
流華の叫びが、朔夜の止まりかけていた心臓に火を灯した。 砂の呪いを受け入れ、肉体の限界を超えた「死神」の一歩。
「……流華。……恩に着る!」
朔夜の咆哮が、要塞の空気を震わせた。
「――御門流、禁忌ノ型・時雨曼荼羅」
紅時雨から放たれたのは、数千、数万の細かな「赤い砂の刃」だった。広場全体を覆い尽くす死の砂嵐。機銃という盾を失い、逃げ場をなくした歪の装甲が、一瞬で紙細工のように切り刻まれていく。歪は言葉を発することもなく、ただの鉄屑となって地面に崩れ落ちた。
「さぁ、浅葱……。お前の負けだ」
「ま、待て! 交渉だ! 私には力がある、金もある!」
「……そんなもんに……。一粒の苺飴ほどの価値も……ねえんだよ」
朔夜の一閃。紅い閃光が、浅葱の喉元を、そして彼の背後にあったNEXUSのメインサーバーを、真っ二つに両断した。
ドォォォォォォン!!
浅葱の絶叫と共に、要塞の中枢が爆発炎上する。 崩落する天井。火の海と化すドーム。 朔夜はゆっくりと振り返り、そこにいる三人の姿を、最後の一秒までその目に焼き付けようとした。
「……ああ……これで、……終わったな……」
紅時雨がカランと音を立てて手からこぼれ落ちる。 駆け寄る家族の温もりと、通信機から聞こえる流華の
「やれやれ、これだから現場の連中は……」
という安堵した声を聴きながら、朔夜の意識は安らかな眠りへと落ちていった。




