第13話:紅い時雨の果てに
鋼鉄のドーム内に、耳を劈く金属音が反響し続けていた。朔夜の『紅時雨』と、ろみなの『月蝕』が衝突し、火花が夜の闇を裂く。システムに支配されたろみなの連撃は止まらず、朔夜の体はもはや限界を超えていた。
「ターゲット:御門朔夜。……生命活動、停止シーケンスへ移行」
ろみなの紅い瞳が無機質に光る。システムが彼女の肉体を強制駆動させ、限界を超えた速度で鎌が振り下ろされる。朔夜はそれを刀の腹で受け止めたが、衝撃で膝が折れた。
「……ぐっ、がはっ……!」
朔夜の口から、砂混じりの鮮血が溢れる。その様子を、要塞の上層から浅葱が冷笑と共に眺めていた。
「無駄な抵抗はやめろ、御門朔夜。彼女の脳はすでに私のシステムと同期している。君たちの思い出など、一瞬で上書きされるゴミデータに過ぎないんだよ!」
ろみなが追撃のために鎌を引き絞る。もはや、言葉は届かないのか。 その時、弾かれたように飛び出した影があった。
「母ちゃん!! 食えぇぇぇ!!」
桜猟だった。彼はろみなの死神のような間合いに、あえて無防備に飛び込んだ。ろみなの鎌が桜猟の肩を切り裂く。だが、桜猟は止まらなかった。血を流しながら、彼は懐から「それ」を掴み出し、ろみなの唇へと押し付けた。 銀紙が剥がれ、一粒の、歪に溶けかけた苺飴が、ろみなの口内へと滑り込む。
「……ッ!?」
ろみなの動きが、劇的に止まった。 システムが「未知の不純物」を検知し、彼女の脳内にエラーログが奔流となって流れ出す。それ以上に強烈だったのは、懐かしくも切ない「甘酸っぱい記憶」だった。
甘酸っぱい果汁が、ろみなの口内で弾けた。 その瞬間、彼女の脳内で、浅葱が構築した非情な論理回路が火花を散らして崩壊していく。
(……この、味……。私は、知っとる。……桜猟の……小さな、手……)
赤い瞳の明滅が止まり、濁っていた意識が急速に晴れていく。 しかし、自我が戻った瞬間にろみなを襲ったのは、再会の喜びではなく、筆舌に尽くしがたい絶望だった。
「……あ……、ああ……っ」
ろみなの手から、大鎌『月蝕』が滑り落ちた。 彼女の視界に映ったのは、自分が斬り裂いた最愛の息子の腕。自分が蹴り飛ばし、血を流して倒れている娘、蹴鞠。そして、自分を救うためにボロボロになり、命を削りながら立ち尽くす夫、朔夜。
「私が……やったんか? 私が……みんなを……ッ!!」
ろみなはその場に崩れ落ち、鋼鉄の床を爪が剥がれるほど掻きむしった。喉の奥からせり上がるのは、システムに操られていた間の記憶と、母親としての狂おしいほどの後悔。言葉は、冷徹な標準語ではなく、彼女が生まれ育った言葉となって溢れ出した。
「あああああぁぁぁぁ!! ごめんよぉ、ごめんよぉ……!!」
なりふり構わぬ、魂の底からの慟哭がドーム内に響き渡る。彼女は自分の両手を見つめ、血に染まったその指を呪うように叫び続けた。
「誰か私を殺してくりゃあ! こんな手で、この手で我が子を……! 私は……私はお母さんなんかやねえ!! 化け物や、私は化け物なんやて!!」
その悲痛な叫びに、浅葱の冷笑が追い打ちをかける。
「そうだ。君はもう人ではない。私の最高傑作の兵器だ。さあ、もう一度書き換えてやろう」
だが。 ろみなの肩に、震える手が置かれた。
「……母ちゃん」
血を流しながらも、桜猟が笑っていた。
「魔法の飴、効いたバイ? ……痛くなんか、なかよ。母ちゃんが戻ってくれたなら、これくらい、なんともなか」
「ママ、うちも……うちも、信じとったよ」
蹴鞠が這い寄り、ろみなの汚れた手を、自らの小さな手で包み込んだ。
「ろみな。……顔を上げろ」
朔夜が、折れそうな腕で彼女を引き寄せ、その頭を胸に抱き寄せた。
「俺はお前を斬ってない。お前の中にあった『毒』を斬ったんだ。……おかえり、俺の自慢の女房」
「……あ……、あぁ……、……みっ、みんなぁ……!! ごめん、ごめんやでぇ……っ!!」
ろみなは家族に縋り付き、声を上げて泣きじゃくった。その涙は、冷たい鋼鉄の要塞に、確かに流れる「家族の血」の温もりを取り戻させていた。
朔夜は彼女たちの背中を守るように立ち上がり、紅時雨の切っ先を浅葱へと向けた。
「浅葱……! お前がどれだけ家族の心を弄ぼうと、この飴一粒の重さには勝てねえんだよ。……俺たちの『絆』を、その身に焼き付けて消えろ!!」




