第11話:絶望の死闘
第9区画の広場に、凍り付くような静寂が満ちていた。跪くアンドロイド軍団の列を割り、暗闇から歩み出てきたのは、紛れもなく「母」であった。だが、その姿は三人の記憶にある温かなものとは程遠い。
櫻月ろみな。彼女のオッドアイだった瞳は、意志の光を失い、システムに制御された不気味な紅い瞳となり明滅を繰り返している。その全身からは、血の通った人間とは思えぬほどの冷徹な殺気が立ち上っていた。
「……か、母ちゃん……?」
桜猟の声が震える。手にした『朝梅』と『夜桜』が、カチカチと音を立てて震えていた。
「嘘やろ……。母ちゃん、俺バイ! 桜猟バイ! 迎えに来たとよ!」
叫びは、虚空に消えた。ろみなの視線は、愛する息子を通り越し、ただの「排除対象」として捉えている。彼女の手には、かつて朔夜と共に打った大鎌『月蝕』が握られていた。
「私はNEXUSの『人形』。……ターゲット確認……。全個体の排除プロセスを開始」
その声は、幼い頃聞いた優しさなど微塵もなく、無機質な合成音声のように平坦だった。
次の瞬間、ろみなの体が弾かれた。
「ぐっ……!?」
朔夜が反応できたのは、長年の勘と『紅時雨』の警告があったからだ。
激突。鋼鉄の広場に火花が狂い咲く。ろみなの振るう大鎌の一撃は、先ほどのアンドロイド軍団とは比較にならないほどの精度と、逃げ場のない「殺意の塊」だった。
「下がれ、二人とも!!」
朔夜は紅時雨で鎌を受け止めながら叫ぶ。だが、ろみなの連撃は止まらない。一撃一撃が、朔夜の視界を白濁させ、口の中の「砂の味」を加速させる。
「浅葱め……ッ! ろみなに、何をしやがった!」
監視カメラの向こうにいる黒幕へ向けて、朔夜が怒りを爆発させる。しかし、目の前のろみなは、その隙を見逃さない。鎌の石突きが朔夜の脇腹を抉り、彼の体はなす術なく壁面へと叩きつけられた。
「「親父っ!!」」
桜猟と蹴鞠が同時に飛び出す。
「ママ、目ば覚ませ!!」
蹴鞠の鋭い蹴りがろみなの側頭部を狙うが、ろみなは最小限の動きでそれをかわし、逆に蹴鞠の軸足を鎌の柄で薙ぎ払った。
「あ、が……っ!」
転倒する蹴鞠。その喉元へ、死神の鎌が容赦なく振り下ろされる。
「やめろぉぉぉぉ!!」
桜猟が割って入り、二振りの刀で鎌を食い止める。火花が散り、桜猟の顔にろみなの冷徹な瞳が迫る。
「母ちゃん……思い出してくれ……。一緒に、苺飴ば食べようって……約束したやろ!?」
桜猟の手が、懐の飴に触れる。だが、ろみなの答えは、非情な膝蹴りだった。少年の体は木の葉のように舞い、床を転がった。
絶望が、広場を支配する。 愛する者が、自分たちを殺しに来る。これこそが、浅葱が望んだ「家族の解体」という名のショーだった。




