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ダンジョン育ちの探索者  作者: カサタ


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2話 初めての街 ボッビホッピ

 B級ダンジョン《大狼の巣穴》の一階層。

 薄暗い石壁の通路を、二人の探索者が出口へ向かって歩いていた。


「え、じゃあレイドさんって――一度もダンジョンから出たことがないの!?」


「そうだなぁ。出たことがないっていうか、物心ついた頃にはもうここで暮らしてたんだ。」


 黒髪の少年・レイドは、頭の後ろで手を組みながら軽く笑う。

 過去を振り返るその口調は、どこか懐かしげだった。


 ※ちなみにハボスの斧は、持ち歩くのが邪魔になったため道中で投げ捨てられている。


「まあ師匠が世話してくれてたし、食べ物には困らなかったな。――狼肉って意外と美味いんだぞ?」


「う、うえぇ……! モンスター食べるの!?」


 テッドは思わず顔をしかめた。

 ダンジョンモンスターを食べるという発想自体、常識外れだ。

 味もさることながら、魔力を帯びた肉を口にすれば、最悪“魔力障害”を引き起こす危険すらある。


「じゃあどうして今回、外に出ようと思ったの?」


「決まってるだろ。世界一の探索者になるためだ!」


 レイドの声には、迷いのかけらもなかった。


「師匠の“卒業試験”にも合格したしな。」


「卒業試験……?」


「このダンジョンの奥に、見上げるほどデカい狼がいたんだ。

 それを一人で倒せたら合格、って条件だった。」


「――って、それボスモンスターじゃん!?」


 テッドは目を剥いた。

 B級ダンジョンのボスを、ソロ討伐。

 それは常識的に考えれば、すでに“化け物”と呼ばれる領域の実力だ。


 この世界のダンジョンは、危険度によってFからSSまで八段階に分類されている。

 C級を踏破できれば一流とされる中で、B級ボスを単独撃破――それは明らかに規格外。


「で、倒したら何かもらえたんでしょ!? ボスドロップ!」


「んー、そうだな。死体が消えて宝箱が出てきてな。中に入ってたのはこの指輪だ。」


 レイドが指をひねって見せると、銀色の指輪がわずかに光を反射した。


「どんな効果があるの!?」


「耳が良くなったし、鼻も利くようになった。――多分、五感が強化されてるんだろうな。」


「なるほど……!」


 テッドは感心したようにうなずく。

 (ああ、それであの時……ハボスたちの会話が聞こえてたのか。)


「それよりさ、もう少しペース上げようぜ? 早く町ってのに行ってみたいんだ!」


 レイドは両腕を大きく伸ばし、息を吐く。


「お前、質問ばっかで疲れたわ。」


「ご、ごめん! レイドさんみたいな人と話せるのが嬉しくて!」


「ははっ、まあいいけど。――町に着いたらパーティーメンバー探さねぇとな。前衛と斥候、あと後衛の魔術師。俺と合わせて四人が理想だ。」


「じゃ、じゃあ僕も入れてよ! 前衛は無理でも、斥候なら頑張るから!」


 テッドの目が輝いた。将来有望な探索者と組めるかもしれないチャンス――逃す手はない。


「お前は弱いからダメだな。」


「えっ……。」


 あっさりと撃沈。

 レイドは鼻をほじりながら、手でシッシッと追い払うようにして歩き出した。


「うわぁ……人間がいっぱいだぁ!」


 初めて見る人の波に、レイドは完全に圧倒されていた。

 ここは田舎町ボッビホッピ

 石造りの建物が並び、露店の呼び声が賑やかに響く。


「ようこそボッビホッピへ! ここは田舎だけど、都会に行けばもっとすごいんだよ!」


 なぜか誇らしげに言うテッド。


「まずは探索者協会の支部に行こう。登録しないとダンジョンにも入れないからね。」


「あ、ああ……。」


 半ば引きずられるように、レイドは協会の重厚な扉をくぐった。


「探索者協会へようこそ。本日のご用件は、パーティー申請ですか? それとも探索者登録でしょうか?」


 受付にいたのは、金髪の女性職員だった。完璧な笑顔、マニュアル通りの声色。


「登録でお願いします! あ、登録するのはこっちの人だけです!」

 テッドがレイドの背中を押し出す。


「では、こちらの用紙にご記入ください。」


「おう、任せろ!」


 レイドは勢いよくペンを走らせた。

 枠からはみ出すほど力強い字に、テッドは思わず笑みを漏らす。

 (字、書けるんだ……!)


「年齢は……たしか十八くらいって、師匠が言ってたな。」


 ダンジョン暮らしでは正確な日付がわからない。

 師匠も適当にそう言っただけだ。


 やがてレイドは記入を終え、書類を提出する。

 少しの待ち時間の後、受付の女性がカードを差し出した。


「こちらが探索者証になります。身分証にもなりますので、常に携帯してくださいね。――良き探索者ライフを。」


「おおっ! ありがとう!」


 レイドはカードを光にかざしながら、少年のように笑った。

 ようやく、自分も“外の世界の探索者”になれたのだ。


「あ、そうだ。えーっと……」


「マリアです。」


 女性が先に名乗る。


「おう、マリア。この辺のダンジョンって他にどんなのがある?」


 いきなりの呼び捨てにマリアは一瞬むっとしたが、すぐに諦めたように地図を差し出した。


「こちらの地図に主要ダンジョンが記載されています。……ただし、この印の場所だけは立入禁止です。」


 レイドは地図を受け取り、バツ印のついた一点を指差す。


「ここ、なんでバツが?」


「町長の息子に暴行を加えた犯罪者が、そこに閉じ込められています。

 ――《カガ》と呼ばれていましたね。もう生きて出られることはないでしょう。」


「……そうか。ありがとな、マリア。また来る!」


 レイドは地図を握りしめて協会を出た。


「探索者登録、完了だね!」


 テッドが笑顔で言う。


「なあ、さっき言ってたその“犯罪者”……カガって、知ってるか?」


「ああ、鬼人のカガだよ。背丈ほどの大剣を使う剣士で、めちゃくちゃ腕が立つって噂だ。

 でも人嫌いで、誰とも組まない。今は町長の恨みも買ってるし……絶対に関わらない方がいい!」


 テッドが慌てて止めようとする中、レイドは口の端をつり上げた。


「なるほど――“恐ろしく腕の立つ”か。」


 その笑みは、好奇心と闘志に満ちていた。

 テッドは顔を青ざめさせ、自分の口を押さえた。

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