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流れ着く記憶 第二話(完結)


 四日目の朝、海はざわついている。昨日は多数見かけた若いサーファーたちの姿は、どこにも見られなくなっていた。ロンド氏に昨夜の異常な出来事について尋ねてみると、実際には、娘とは辛い別れがあったことを述懐する。彼女がこの地から去ってしまったことで、深く愛していた娘の記憶を失うことになるとの恐怖に取り憑かれていたことなどを話してくれた。その上で、昨日、私が海岸で発見した装飾品は、娘が当時、好んで身に付けていた物と非常によく似ていると告白する。


「時間の流れは思い出を少しずつ削っていく……。あの頃のことは、今では夢物語のようにも思えるけれど、私はとてつもない間違いを犯したのかもしれない」


「私は多くの敗北者を見てきたから分かりますが、人は老年を迎えると、自分の人生に後悔する瞬間が必ずあります。貴方のような立派な方でも、そのように思われますか?」私は言葉を選び、なるべく丁寧な口調でそう尋ねた。


「今ではあの一連の出来事が夢であってくれたらと思うし、記憶の中では当時の画は次第に薄らいできている。すべては孤独が生み出した幻覚であり、本当は寂しさが創り出した夢だったのかもしれない……」


「さあ、よく考えてみてください。娘さんが海の方角から、手を振りながら戻ってきてくれるとは思いませんか? 彼女はちょっとの間、旅に出ていただけなのかもしれませんよ」


「そんな風には思わないね。私には分かるんだ……」


 ロンド氏は窓から遠くの海域を眺めながら、その目には涙を浮かべていた。彼はその頃から体調がすぐれなくなり、日中でもベッドで横になるようになった。午後になると、突然ベッドから起き出し、何やら胸騒ぎがするから、海岸を見てきて欲しいと私に告げた。その表情はひどく強張っていた。どうやら、悪い夢を見たらしい。人は自分の過去に弱みを持つとき、その行動が悪夢やある種の予感によって、大きく左右されるようになる。


 海は荒れ始めていた。波は早朝よりずいぶん高くなり、風がいくぶん強まっていた。海岸では観光客の姿もまばらだった。ただ、その中に麦わら帽子を被った美しい女性と中年の男性の姿が見られた。かつてふたりで睦まじく暮らしていた頃のロンド氏とその娘さんの幻影を見たような気がした。運命が何を意図しているのかは分からないけれど、この日も収穫があった。波打ち際にて、運命の手によって流されてきたと思われる、装飾の施された立派な短剣を拾った。その品からは何らかの意志を感じた。ロンド氏がこの美しい品について何かを知っているかもしれない。私はそれを邸宅に持ち帰ることにした。


 ところが、その短剣をベッドで横になっているロンド氏に見せると、彼は錯乱して比較的安静だった容体は一変することになる。彼は興奮のあまり呼吸困難にまで陥った。時間の経過とともに、高い熱や意識の混濁までが見られるようになった。夕方近くになると、病状はますます悪くなる。うわ言のようにこれまでの人生についての後悔の念を語りだす。私は否応なくその悲しいうわ言の聞き手となった。


「今からちょうど三年前、義理の娘はここを気まぐれに訪れた、若い旅行者と懇意になってしまった……。結婚してふたりで暮らすために、この地を去るとまで言い出した。私はひとりでここに置いていかれることになりそうだった。娘と対話をする他には何の楽しみもない私にとって、唯一の宝である彼女を何としても引き留めたかった」


 そのようなことを述懐する。彼の声は非常に弱々しかった。話している間にもロンド氏の意識はさらに薄くなり危篤状態にまで陥る。


「その男と縁を切るように、そして……、ここを去って欲しくないと……、私は何度も訴えた……。彼女がいなくなったら……、私の人生には無為だけが残ることになる……」


 錯乱状態の中でそのようなことを途切れ途切れに語りだす。熱は非常に高くなり、危険な状態に陥る。私の手もロンド氏の介護に追われるようになっていた。その頃、窓の外はついに嵐になっていた。轟轟という強い風が窓に打ち付けた。窓から外を眺めると海では多数の雷光が輝いていた。私は経験によって分かるのだが、おそらく、ロンド氏の命運は今夜までだろう。そう思って、気になっていた短剣のことについて尋ねることにした。それがかえって彼を救うことになるかもしれないと考えたからだ。ロンド氏は狂乱の中で、その武器をなるべく遠くに捨てて欲しいと強く訴えた。


「ああ、その剣が私を狂わせるのだ! 私を辱める! そして、殺そうとする!」


 彼は大きな声でそう叫んだ。私は承知しかねた。今のこの貴重な時間は、彼の握る過去の出来事と直接繋がっているように思えた。


「なぜ、この短剣をそれほど怖れるのですか? 貴方の過去にどのように関わっているのですか?」


 私はそのように尋ねてみることにした。すべてを知ることも私の役割だからだ……。ロンド氏はついに別人のような形相になり、無意識のうちに過去の過ちについて荒々しく供述し始めた。そして、今から三年前の深夜、彼を置いてここを出て行こうとしたふたりに対して、背後から襲いかかり、狂乱の中でその短剣を用いて殺害してしまったことを供述した。


「それはほとんど一瞬の出来事だった。脳の内部に白い光が走ったように、何も考えられなかった。この大人しい自分にそんな残酷なことができようとは夢にも思わなかった……」


 ふたつの血塗れの遺体については、そのまま海に流したと彼は涙ながらに語った。


「海は遺体を返すことはなかったが、彼女に与えたアクセサリー類だけは、それ以後幾度となく私の足元に流れ着くようになった……。それはまるで私への嘲りだった。私はそれを人目から隠すために、拾い続けるしかなかったんだ……。彼女の装飾品は毎年この時期になると必ず海岸に打ち上げられるようになった……。殺人行為の目撃者はいないはずだった。だが、天に住まう神々は、私の黒い犯罪をしっかりと見ていたのだ。二人もの人間を殺害したという重苦しい現実からは、決して逃れることはできなかった……。」


 そこまで話してしまうと、彼の様子は少し穏やかになる。私は介抱を続けたが、生命の持つ力が次第に弱々しくなっていくのが分かった。日付が変わる頃、私の手を強く握りしめつつ、最後の礼を述べてからロンド氏は静かに息絶えた。これまでの私の態度は冷酷であっただろうか? いや、ロンド氏が誰にも事件を告白することなく亡くなっていた方が、末路にある彼にとって、どれほど残酷であったろうか。私はそう結論を出して、気を取り直すことにした。


 翌朝、波と風はすっかり落ち着いていた。身軽な装備の観光客たちも海岸に戻ってきた。彼らは罪のない人生を謳歌するのだろう。私はまずロンド氏の死を村の役場に告げた。その後、彼の遺体を海岸近くの墓地に埋葬してから、この地を去ることにした。



 最後まで読んで頂きまして、ありがとうございます。他にも多くの短編小説がありますので、良かったらご覧になってください。よろしくお願いします。

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