表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四郎勝頼の天下取りは東濃より始まる  作者: カバタ山
第二章:迷惑な隣人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/44

戦争のための停戦

 永禄元年 (一五五八年)一一月に事件は起こる。それは、尾張(おわり)末森(すえもり)城主である織田 信勝(おだ のぶかつ)殿の死。もっと言えば暗殺事件であった。


 しかも犯人である側近の津々木 蔵人(つづき くらんど)殿との差し違えという最悪の結末である。


「まあ、これをそのまま信用しろと言われてもな。かなり無理があるぞ」


「四郎様、それは一体どういった意味で」


「死人に口無しとでも言えば良いのか? ほぼ間違いなく、犯人はでっちあげだろうな。その後の末森織田家の動きを見れば、この事件自体が末森織田家家臣団の意思だと思うぞ」


 末森織田家はこの後一体どんな行動をしたか? 通常なら当主の嫡男が家を継ぐ。その嫡男が若過ぎる場合は、有力家臣が後見となって成人するまでは家を切り盛りする。こうなる筈だ。


 しかし、そうはならなかった。


 選んだのは織田弾正忠おだだんじょうのじょう家への従属。けれども実際には末森織田家は解体され、織田弾正忠家に吸収される形となった。せめてもの幸いは、織田 信勝殿の子供達が殺されずに命が繋がった。それ位である。末森織田家の私有財産は没収された可能性が高い。ぺんぺん草も生えないとはまさにこの事だ。


 何故このような事態が起きたか? 結論から言えば、家臣団が織田弾正忠家に末森織田家を売った。それ以外に考えられない。だからこそ、当主を生かしておく訳にはいかない。死んでもらわなければ困るという訳だ。


「それにしても織田弾正忠家当主の織田 信長殿は、よくぞこんな条件を呑んだものだと感心するよ。為政者としては、清濁併せ呑む器の大きさが必要なのは分かっている。けれども、俺は駄目だな。末森織田家の家臣団を召し抱えたいとは思わない」


「尾張統一のためには手段を選んでられない。そういう話ではないですかな」 


 討伐によって奪い取るのではなく、子会社化してからの合併……もとい、臣従させてからの吸収。末森城は元々織田弾正忠家先代当主であり織田 信長殿の父親でもある織田 信秀(おだ のぶひで)殿の居城だったため、その有形無形の遺産が目当てだったと思われる。織田 信秀殿の嫡男である織田 信長殿は、早くから尾張 那古野(なごや)城を与えられていたため、織田 信秀殿が死去した際には何もかもが弟 織田 信勝殿に奪われてしまったのだろう。


「爺の言葉は分かる。ただ俺はこう思うんだ。主君が気に入らないなら、素直に暇乞いをしろよと。今回の事件はかなりあくどいぞ」


 つまりは織田弾正忠家の力を増したい織田 信長殿と、高値で売りたい末森織田家家臣団との利害が合致した裏取引という訳だ。側近の津々木 蔵人殿も殺された点から考えると、家臣の多くは冷遇されていたと思われる。重用されていたのは、津々木 蔵人殿とその派閥に属する者達だ。だからこそ冷遇された家臣達は失脚を恐れて、自身の主君を敵対勢力に売った。暗殺事件の背景は、こんな所ではないかと思われる。


「中でも一番あくどいと感じたのが、罪を津々木 蔵人殿に全て被せた点だな。きっと家臣団が主君殺しの罪を背負いたくはなかったのだろう。そのための隠ぺい工作だと考えてしまう。もしくは実行犯を手引きしたか。どちらにせよ、家臣団が暗殺の主犯である事に変わりないというのにな」

 

「やはり四郎様はお若い。誰しもが生きていかなければならない以上、綺麗事だけでは済まされない。それをお忘れなきように」


「爺には心配を掛けるな。俺は嘘も平気で言えるし、敵を騙す事もできる。なのにどうしてか、姑息な手段で自己保身に走る者だけは駄目だ。そういう性分なのだろう」


「だからこそ、甲斐武田家の重臣達とは相容れないと」


「ははっ、耳が痛いよ。何にせよ、今回の一件で織田弾正忠家は力を増した。今後は全面対決も視野に入れておくべきだろうな」


「四郎様、勝てますか?」


「勝つさ。争えばな」


 織田弾正忠家が力を増したのと同様に、当家も美濃遠山(みのとおやま)領を併呑して力を増している。まず、これが大きい。加えて駿河今川(するがいまがわ)家の勢力圏内であるお隣三河(みかわ)国の内乱も収束に向かっている。信濃木曽(しなのきそ)家との関係も良好だ。織田伊勢守(いせのかみ)家には貸しがある。


 ここまでの条件が揃っているのだから、十分に渡り合える筈だ。それだけではない。当家からの逆侵攻も、やり方次第によっては可能と言えよう。


 さて織田 信長殿は、当家に邪魔されるのを覚悟の上でこれまで通り尾張国の国内統一を続けるのか。それとも何か別の手を打ってくるのか。次の一手が注目である。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「織田弾正忠家当主 織田 信長です。此度は諏訪様との拝謁の機会を賜り、祝着至極にございます」


 そんな織田 信長殿の次の一手は、高遠諏訪家との接触であった。


 当家と織田弾正忠家との因縁は深い。そのため、本来なら使者を寄越してきた所で門前払いするのが正しい対処法だ。ただ、今回は当主直々の訪問である。これで会わずに追い返せば当家の評判は落ち、ひいては親会社……いや盟主の甲斐武田家に迷惑を掛けてしまう。そうした事情から、渋々ながらの会談となった。


「私は分家の当主ですので、高遠で大丈夫です。それよりも、本日の訪問の目的を教えて頂けますでしょうか?」


「結論から申しますと、両家の和睦 (停戦)です。不幸な行き違いから先の戦では敵対をしてしまいましたが、本来は仲違いする間柄ではありませぬ。ですので誤解を解き、共に協力する。これが両家にとってのあるべき姿だと考えました」


「それは、あくまでも織田弾正忠家にとってでしょう。高遠諏訪家が織田弾正忠家と組む利がありませんね」


「何を仰る。両家が協力して美濃斎藤(みのさいとう)家に当たれば、美濃は我等の物ではないですか」


「当家が駿河今川家と組んで尾張に攻める。こちらの方が良いとは思いませんか?」


「落ち着きを見せ始めたとは言え、三河国での騒乱はまだ完全には片付いておりませぬ。その状態で高遠諏訪家が駿河今川家と組むのは難しいでしょう。それに駿河今川家は足利一門。高遠諏訪家とは家格が釣り合わないため、良いように使われるのが実情だと考えまする」


 かくして将来の第六天魔王と話す事となったのだが、予想を裏切る数々となる。


 あの木下 藤吉郎のボスなのだから自己中心的な人物かと思いきや、立て板に水の如く理路整然と話をする。しかも言葉遣いは穏やかで、粗暴さを感じさせない。


 また佇まいも見事の一言だ。絹製と思しき直垂を卒なく着こなし、背筋をピンと伸ばす。動作一つ一つにも品がある。俺のような庶民とは違う育ちの良さを感じさせた。


 なお、今回の会談には木下 藤吉郎の姿は見えない。居れば即会談が終了できただけにとても残念である。


「なるほど。確かにその通りですね。ですが、それが織田弾正忠家と和睦する理由にはならないのは気付いておりますか? 当家は美濃斎藤家と正式には敵対していない。事を構えているのは織田弾正忠家である。この前提をお忘れではないですか?」


「そ、それは……」


 美濃斎藤家がもう少し安定していたなら、 長井 道利(ながい みちとし)殿が政権中枢に名を連ねていれば、当家は明智遠山(あけちとおやま)領を併呑した時点で敵対していたと思われる。


 だが現実には違う。美濃斎藤家は当家との関係をどうするかよりも、政権基盤を強固にする方を優先している。斎藤 高政(さいとう たかまさ)殿は今年、治部大輔(じぶたいふ)に任官された。これには権威によって領内の統制を取ろうする意図がある。この事実からも分かる通り、現在の美濃斎藤家には東濃に構っている余裕は無い。


 勿論、こちらが軍事行動を起こした場合は話は別であろう。


「だからですね、当家は藪をつついて蛇を出す必要はないのです。それを踏まえてもう一度聞きましょう。高遠諏訪家が織田弾正忠家と組む利、それをお答えください」


「……」


 今回織田信長殿が直接高山城までやって来た理由は分かっている。怖いのだ。当家と駿河今川家、もしくは美濃斎藤家と組まれるのが。最悪の場合は当家を仲介として、駿河今川家と美濃斎藤家が同時に尾張国へと侵攻する大連立もあり得る。


 それをさせないために楔を打つ。和睦はそのためのものだ。


 ただ残念ながら、そんな見え見えの手に乗る俺ではない。

 

「木下殿と同じく、私なら与し易いと考えたのでしょうか? 前回で何も学ばなかったようですね。これ以上は何も話す事はありません。お帰り頂いて結構ですよ」


「お、お待ちくだされ。では、尾張国瀬戸(せと)地区の割譲。これでどうでしょう?」


「信長様! 何ゆえに諏訪殿のような格下にそこまで下手に出なければならぬのですか!」


「うるさい! 黙っておれ! ここで何としても和睦しなければ、岩倉が盛り返すのが分からぬのか!!」


「……織田殿?」


「失礼しました。今無礼な発言をした家臣には、後で腹を切らせますので水に流してくだされ」


「それは大丈夫ですよ。当家が格下なのは事実ですから。それよりも、苦し紛れに瀬戸地区の割譲と言われても、当家の利にはならないのが分かりませんか?」


「何ゆえですか?」


「領地の割譲を取り決めても、実際の引き渡しでは渋る。良くある話です。本当に引き渡す気があるなら、何日後と期限を付けて話すべきでしたね」


「一月の間には必ず行いまする」


「一〇日ですね。それ以上は待てません。領地接収の際、兵が残っていれば容赦無く攻撃しますし、和睦は破棄されたものと見做します。それでどうする爺、光秀(みつひで)? 和睦するだけで瀬戸地区を貰えるなら、検討しても良いんじゃないか?」


「それで宜しいかと。まあ、織田弾正忠家には木下殿がおりますからな」


「同じ考えだ。和睦は一時的なものになると見ている」


「い、いや、藤吉郎にはもう二度と高遠諏訪家には関わらぬよう強く言っておきますので、ご安心召されよ」


 木下 藤吉郎の尻拭いとも言えるこの度の和睦。俺が考えていた以上に織田弾正忠家の損害は大きく、高遠諏訪家の存在が脅威になっていた。それに尽きる。


 ただそんな困難をも乗り越えるのが、英雄 織田 信長だ。その場で損切りを決断し、家臣を一喝する。これができる者はそうそういない。


 とは言えそんな弱みを見せれば、骨の髄までしゃぶり尽くすのは外交の基本。当家は木下 藤吉郎の計らいによって尾張からの米や塩が入らなくなって困っていると苦情を伝え、取引再開を約束させる。そのついでに価格の割引まで約束をさせた。


 心情的にはもう二度と会いたくはない人物ではあるが、こうして当家の役に立ってくれるなら、また会うのも良いだろう。文官の少ない織田弾正忠家では木下 藤吉郎の存在は貴重らしく、先の戦の件で大きな損害を出しても処罰は降格がせいぜいとの事。そのため、俺と秋山 紀伊(あきやま きい)明智 光秀(あけち みつひで)の三人は、いずれ何らかの形で復讐を仕掛けてくると考えていた。


 所詮和睦はそれまでの間だけである。


 それに当家は増えた領地をしっかりと支配下に置かなければならない以上、どの道すぐに織田弾正忠家との抗争に突入はできない。これも和睦を決断した理由となる。


 戦のための停戦。そんな言葉が今回は良く似合う。


「それでですね、諏訪殿。実は此度会って頂きたい者がいまして。おいっ、もう良いぞ。入って参れ」


 織田 信長殿の一言で襖がすっと開き、一人の幼女が部屋へと入ってくる。


「諏訪様、お初にお目に掛かります。名を織田 おりゑと申します」


「おりゑ……何処かで聞いたような……」


「はい。元は遠山 おりゑでした。こちらならご存じではないでしょうか?」


「遠山……おり……ゑ? あっー、分かった!」


 ──和睦を目的と言ったな。あれは嘘だ。


 とあるハリウッド映画の台詞のパロディ。部屋に入って来た幼女の素性が分かった瞬間、俺の頭にはこの言葉が過った。



---------------------------------------------------------------------------------



補足


織田 信長 ─ 補足が必要とは思えない超有名人。礼儀正しく、秩序や権威を重んじる性格。比較的保守的な常識人だったとも言われている。政教分離を目指したのは嘘。織田 信長の軍師は日蓮宗の僧 朝山 日乗。豊臣 秀吉と同じく近年の研究で大きく人物像が変化している。良くある革命児のイメージは、作られた人物像。ただ、時折何も考えずに無神経な事をするため、それが原因で怒らせた人物は何名もいる。後、世話焼きおじさんの側面あり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
信長は浅葱姉さんの存在知らないのかな?知ってればそっちから突いた方が和睦なら早そうなものだが・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ