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四郎勝頼の天下取りは東濃より始まる  作者: カバタ山
第二章:迷惑な隣人

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繋いだ手

 ──西より貴人来たる。


 この報せは、瞬く間にここ東濃を駆け巡った。


 父は一向宗中興の祖である蓮如(れんにょ)殿の孫。母は公家 四条 隆永(しじょう たかなが)殿の娘。そうなれば子の空誓(くうせい)はまごう事無きサラブレッドである。俺のような庶子とは生まれが違う。


 それだけに、領内の民が一目見たいと騒ぎ出すのは予想の範疇であった。ただでさえ娯楽の少ないこの時代では、有名芸能人がやって来れば上を下への大騒ぎともなろう。スマートフォンを片手に民が押し寄せる。そんな未来が待っていてもおかしくはない。


 ……いや、この時代にはスマートフォンは無かったな。それ以前として、空誓は有名芸能人ではない。


 こうして連日のように寄せられる嘆願に嫌気が差した俺は、無理を承知で空誓に領内各地での説法を依頼する。現実には説法を行っても誰も聞こうともしない、単なる野次馬を相手にするだけだと分かっていながら。


「四郎、戻ったぞ」


「うわっ、今日も大漁だな。こうも毎日多くの食材を差し入れされているのを見ると、空誓は僧侶よりもホストが似合っているかもな。それはさて置き、今日も説法お疲れ様。料理が出来上がるまでは部屋でゆっくりしていてくれ」


「ほすと? 何だそれは?」


「気にするな。ただの戯言だ」

 

 空誓が東濃にやって来て一〇日程経過する。その間、二人の距離は大きく縮まっていた。言葉を飾らない関係とでも言えば良いのか。それとも互いが素の状態でいられるような間柄になったと言えば良いのか。気付けば敬称などかなぐり捨てて、一〇年来の友のような距離感となっていた。


 これも全ては互いの環境が良く似ていたからではないかと思われる。片や庶子というだけで蔑まれ、片や血筋は良くても嫡男ではないため、寺を継げずに自らの才覚で生き残るしか道が無い。だというのに、その血筋が常に付き纏う煩わしさ。


 本願寺教団は他の宗派と違って妻帯が許されているのが、逆に仇となったようなものである。他の宗派であれば、血筋の呪いも幾分か軽減されていただろう。


 そんな二人が東濃で出会った。互いに同じ匂いを感じるのだから、打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。事実俺は、空誓の身の上を知れば知る程、他人とは思えなくなったのを覚えている。


 だからこそ、せめて俺の前でだけは蓮如殿の直系ではない、ただ空誓個人として居てもらいたい。そう思うようになり、家柄の垣根を超えて一人の人間として接するようになっていた。


 それに応えるように空誓もまた、俺を甲斐武田家の血を引く者ではなく、東濃最大勢力の領主でもなく、友として接してくれるようになる。その気持ちが俺にとっては、とても嬉しく感じた。


「言い出した俺が言うのも何だが、毎日真面目に説法に出て行く必要は無いと思うぞ」 


「俺が来るのを待っている人々がいると思うと、そうも言ってられないからな」


「へいへい、お優しいこって」

 

「その言葉はそっくり返そう。四郎ほど民の暮らしに心を配る領主はいないからな。税も少しずつ下げているそうじゃないか。……そうだ。今日は少し気になる話を聞いたぞ。四郎が日々取っ替え引っ替え女と会っているという話だ。止めるつもりはないが、程々にしておけよ」


「何それ! 初耳よ!! 四郎君、怒らないから正直にお姉さんに話しなさい」


「浅葱殿、居たのか……」


「そりゃあ、居るわよ。お姉さんは四郎君の正室なんだから」


 とは言え、こうした俺の行動を理解していても黙って見過ごせない人物がいる。浅葱お姉さんだ。


 今の高遠諏訪家は一向宗との関係が命綱だという点から、俺が余計な事をして良好な関係を壊してしまわないに。また一向宗に高遠諏訪家が食い物にされないようにと、監視の名目で俺が普段仕事をする執務室に入り浸るようになる。


 勿論そこで仕事の邪魔をするようなら問答無用で追い出すのだが、やはり美濃斎藤家に居た頃にしっかりと教育を受けていたからか、かなり役立つ。今では書状の整理や俺の代筆も浅葱お姉さんが担当してくれるようになっていた。


 お陰で本来その役目をする筈だった叔父 武田 信繁(たけだ のぶしげ)の子 長老は、現在秋山 紀伊(あきやま きい)の元で新座運営の手伝いをするようになる。これはこれで秋山 紀伊も大助かりのため、しばらくはこの体制を続けるつもりだ。


 気になる点があるとすれば、浅葱お姉さんのこの態度である。少々空誓に対する当たりが強い。ただ空誓はそういうのも心地良いと感じているのか、一度たりとも怒りはしない。なら俺が何かする必要も無いかと放置した結果、気が付けば俺達三人の中には妙な関係性が出来上がっていた。面白いものである。


「う……ん? 女? 取っ替え引っ替え? あっー、確かにそうかもな。取っ替え引っ替えと言えなくもないか」


「酷い。お姉さんがいながら、四郎君は他の女に現を抜かすの?」


「そういうんじゃないんだどな。分かった。浅葱お姉さん、明日俺に付いてきて」


「俺も一緒に行っても良いか? 四郎がどんな女遊びをしているか気になる」


「だから、そういうんじゃないって! 付いてきても良いが、絶対に思ってるのと違うからな!」


「泥棒猫はお姉さんが退治してあげる」


「四郎が鼻の下を伸ばしているのを見れるのが楽しみだな」


 そんな俺は、馬鹿なやり取りをできるこの時間が毎日楽しみだったりする。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 領内に住まう民は全てが善良ではない。中には粗暴で周りに迷惑を掛ける者、酒に溺れ仕事をしない者、博打から足を洗えず返せない額の借財を抱える者等々、言い出したらキリが無いものだ。末路は奴隷落ちや賊に身をやつす。そんな悲しいものが多い。


 ただこういう現実は、為政者なら受け入れなければならないと考えている。誰も彼もが真面目に生活するというのはあり得ない。悪い事をしたなら処罰する。借財が多過ぎて首が回らないなら、人を商品にする。それだけであった。


 けれども世の中には、生まれながらに普通の生活ができない者がいるのもまた事実である。例えば心身障害者はその典型だろう。


 そんな障害者は、自力救済の思想が根付く戦国時代をどう生きるか? 多くは成人を迎える前に死んでしまう。辛うじて生き残った軽度の者は、最低限の食料だけ渡されて搾取され続ける。健常者と同じ扱いで生活できる者は稀であろう。この時代は障害者に厳しい。


 俺はこの実情が我慢ならなかった。勿論それは、障害者が手厚い保護を受けられないからではない。人より劣るからという理由で、面倒を見る代わりに搾取をする者達がいる点に於いてだ。貧困ビジネスと何ら変わりはしない。


 よく芸能の関係者は障害者の受け皿になっていると言われているが、そもそもが生きるのに必死になっている時代である。需要がどれ程あろうか? 結果として芸能への道は狭き門となっているのが現実だ。


 だからこそ高遠諏訪家は、そうした障害者を積極的に受け入れていた。衣食住を保証し、仕事を斡旋する形で。


 男の方は案外楽なものだ。例え物覚えが悪かったり受け答えが満足にできなくとも、道の舗装をする人足や兵として雇えば良いだけである。面倒見の良い上司の元でなら意外と何とかなる。


 問題は女の方だ。大体が体を売っている。それも年端もいかない子供の内から。農作業が満足にできないのだから、その体で稼いでこいと客を取らせるように命令する。それも親や保護者が。


 そうした状況でも、客との交渉を本人以外がしている場合はまだマシだ。飢え死にしない程度の食い物や給金、つまりは最低限度の生活は何とか送れるだろう。


 最悪なのは客との交渉を体を売る本人がしている場合である。客は気前の良い者ばかりではない。少しでも払う銭を少なくしようと、また行為だけはして銭を払うのを渋るような連中はごまんといる。障害者の女性に、そんな連中としっかり交渉しろと言う方が酷な話だ。誤魔化され騙されした話は星の数ほどある。


 こうした実情を知っている俺は、高遠諏訪家管理の娼館の建設と並行して、立ちんぼの摘発兼保護に乗り出した。領内は今、道の整備や建物の建設が続き人足が増えている。それに吸い寄せられるようにまた、体を売る女性も増えたという訳だ。


 ここでおかしな点に気付くだろう。何故娼館を作る必要があったのか? 立ちんぼの摘発兼保護をしたなら、まっとうな仕事を斡旋すれば良い。保護をした売春婦にこれまで通り体を売らせる必要は無いと普通なら考える筈だ。


 これがこの問題の一番厄介な点である。結論から言うと、当の本人が体を売る仕事を続けたいと望む。理由はとても単純で、自分にはそれしかできないと思い込んでいるからであった。


「そういう訳で今日もまたこれから一人面談するんだが、妙さんどうだ? 彼女もまたいつもと同じか?」


「四郎様、もう私は妙の名は捨てております。今は娼館の女主人 吉野ですよ。あの時の田舎娘ではないのですから」


 翌日、俺達三人は領内のとある建物を訪ねる。そこで待っていた人物は濃い化粧と派手な衣装で完全武装した二〇代後半の女性であった。名は妙と言い、高遠諏訪家の事業の一つである娼館の代表を務めている。


「そう言うなって。俺にとってはどんなに派手な衣装に身を包んでも、化粧をして綺麗になっても、妙さんは妙さんのままだからな。それに俺は妙さんがとても優しい人だと知っている。吉野の顔はそれを隠すためのものだというのもな」


「そこまで言うなら、今すぐにでも私を四郎様の傍に置いてください。そうすればいつでも妙に戻りますので」


「だが断る。俺は妙さんを見込んでこの娼館を任せたんだぞ。そんな事をしたら意味が無いだろうに」


「四郎君、その女、何?」


「ああ、妙さんだ。俺が甲斐に居た頃からの仲間になる。未亡人でね。甲斐時代は食うに困って体を売っていた。そんな彼女を俺が食わしてやるから手伝えと言って仲間に引き入れた訳だ」


「ふぅん。年増か」


「小娘はお呼びじゃないよ! それよりも四郎様、この子が昨日保護した非合法の娼婦です。年齢はまだ一二と聞いてます」


 そう言って妙さんが後ろに居た少女を俺の前に連れてくる。着ている服は色褪せボロボロ。当の本人は満足に食べていないのだろう。体は痩せ細り目に力は無い。何も言わず、怯えた表情で俺を見ていた。


 唇に入った薄い紅が、何ともやるせない気持ちにさせる。


 とは言えまだ化粧をしてもらえる辺り、この少女はそこまで酷い扱いは受けていないようだ。


「どうだ? 当家の飯は美味かったか? こんな飯を腹一杯毎日食べたいと思うか? 暖かい毛布で毎日寝たいか? そう思うなら、俺の元に来い! 衣食住は絶対に面倒見てやる。但し強制はしない。家族の元に戻りたいならいつでも返してやるからな。それも約束しよう。結論は急がないから、ゆっくりと考えろよ」


「四郎様、そう次々に話しても、この子が理解できているかどうか……」


「分かってる。分かってはいるが、俺が直接伝えたという事実が大事だからな。それと後、一言だけ言わせてくれ。家に戻っても、腹が減ったらいつでも俺を訪ねて来い。後で書状を渡す。……ん? やっぱ止めだ。妙さん、彼女を家に帰すな。暴行の跡がある」


「やはり四郎様は気付いてしまうのですね」


 前言撤回。少女は酷い扱いを受けていた。きっと紅は、痣に目を向けさせないための小細工であろう。


 何故痣があるかは分かる。客を取れなかった罰だ。見るからにみすぼらしい少女が、毎日何人もの客を取れる筈がない。むしろ客がゼロとなる方が多い筈。


 それでも少女を思い通りにするために、直接手を上げて肉体的にも精神的にも屈服させる。逃げようにも何処に逃げて良いか分からない。死ぬよりはマシだと言われた通りに体を売る。小銭を抱えて家へと帰る。


 そんな繰り返しだったのだろう。


 だが俺に見つかったのが運の尽き。悪いがこの呪縛を壊させてもらおう。


 この痣を見るに、家に帰らないのはきっと少女にとって犯してはいけない罪だ。保護によって少女は禁忌を犯した。このまま帰してしまえば、彼女にどんな折檻が待っているか。いやそれ以上に帰れないと知れば、もっと恐怖を感じるであろう。


「空誓、手伝ってくれ。彼女を牢に放り込むぞ!」


「四郎、どうしてそんな酷い仕打ちをする」


「そうでもしないとこの少女が暴れ出す。彼女には呪いが掛かっているからな。それを解くのは、今の自分は暴行を受けない環境にいるのだと理解するまでの時だ!」


「分からぬが、そういうものなのか?」


「俺を信じろ!」


「妙さん、光秀に連絡を取ってくれ。彼女の身請けの手続きだ。光秀ならこれで分かる。それと、牢にぶち込んだ後の彼女の面倒も頼む」


「四郎様は相変わらずですね。今日のは貸しですよ」


「踏み倒すから安心しろ」


 こうして俺達は少女を無理矢理に投獄する。凡そ領主とは思えない行動であったが、俺はこれで良いと思っている。


 所詮は自己満足の世界だ。誰かの幸せを願った訳でもなければ、誰かに褒められたい訳でもない。それにきっと少女は、保護者からの呪縛が解けても売春を続ける。変わるのは立ちんぼから娼館勤めになる。その程度だ。


 そうだと分かっていても、少女を見過ごす事ができなかった。ただ、それだけの話である。


「うん? 浅葱お姉さん、突然俺の手を握って。何かあった?」


「ううん。なーんにも。四郎君の手、大きいなと思って」


「全く、浅葱お姉さんには敵わないな」


「何それ」


「いや、何にも」


 けれども、そんな俺を黙って受け入れてくれる人が今は隣に居る。俺はそれだけで、溜まらなく嬉しかった。

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