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四郎勝頼の天下取りは東濃より始まる  作者: カバタ山
第二章:迷惑な隣人

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閑話:兄弟水入らず

 弘治(こうじ)三年 (一五五七年) 四月 甲斐 躑躅ヶ崎館(つつがさきやかた) 武田 信繁(たけだ のぶしげ)


「兄上、笑い事ではござません。四郎にはあれほど自重するよう言ったというのに、またこのような事を……」


「そうか? 儂から見れば、四郎の行動は十分納得できるがな。ただ、詰めが甘い。儂ならば遠山(とおやま)七頭全てを纏めて葬り去ったものを。そうすれば後腐れないからな」


「兄上! 不謹慎ですぞ!!」


「信繁、そうは言うがな、遠山の連中は信用ならん。せいぜいが美濃斎藤(みのさいとう)家に対しての盾として使えれば良い方だ。向こうから我が甲斐武田(かいたけだ)家の傘下に入りたいと言ってきたというのに、問題ばかり持ち込んでくる。先の騒動の時など、兵を派遣して守ってやったにも関わらず、礼を述べる紙切れ一枚寄越して終わりだ。四郎の策に乗らねば兵が飢えていたやもしれぬのだぞ」


「それとこれとは話が別です。此度の問題は、四郎が当家に何の断りもなく甲斐武田傘下である味方の領地に攻め込み、それを自らの物とした点です。岩村遠山(いわむらとおやま)家の訴えには正統性がありまする。これを許せば、甲斐武田領内でいつ内乱が起きてもおかしくはないのですぞ」


「確かに。見ようによってはそうとも捉えられるな」


「兄上!!」


「分かった。分かったから、そう声を荒げるな。四郎には此度の件は、この躑躅ヶ崎館にて釈明をさせる。これで良いか?」


「それだけでは足りませぬ。四郎には得た領地を返還させ、岩村遠山家と和睦させる必要があると考えまする」


 どうして四郎は大人しくしておられぬのだ。儂が直接高山(たかやま)城まで出向いて自重を促したというのに、その舌の根も乾かぬ内にまた問題行動を起こす。


 それを甲斐武田家と越後長尾(えちごながお)家との戦が再開した裏で行うのだから、完全に確信犯であろう。


 しかもしかもだ。監視役として派遣した二人は四郎を止めようともせず、手助けしたのだから尚性質が悪い。長老から届いた文には四郎の見事な用兵を褒め称える内容ばかりが書かれていたため、もう少しで破り捨てそうになった。


 ただ……そうは言っても此度の件は、兄上の言う通り美濃遠山(みのとおやま)家自体にも非があるのが厄介である。


 本来であれば岩村遠山(いわむらとおやま)家は、昨年の騒動の際に敵対した分家を粛清すべきであったのだ。甲斐武田家から兵を出さねば収まらなかった騒動というのは、謀反とそう変わらない事態である。


 だと言うのに岩村遠山家は、騒動の一番の原因とも言える明知(あけち)遠山家を許した。それだけではない。人質さえ取らぬ甘い裁定をする。これでもう二度と騒動が起こらぬと考える方がおかしい。次は甲斐武田家や高遠諏訪家に後詰の兵を出す余裕が無い時を見計らって、騒動を起こせば良いだけである。


 自らが惣領の立場を守りたいならば、何らかの対策をせねばならぬのがどうして分からぬのだろうか。


 そんな甘い裁定をしながら、今度は美濃小里(おり)領へと侵攻する。岩村遠山領と美濃小里領には境界線の問題があったとは言え、兵を率いて侵攻するのは明らかにやり過ぎであった。


 そのため、四郎の行動は勝手をする岩村遠山家を罰した行動に過ぎない。二度と東濃で面倒事が起きぬようにと荒治療を行ったのであろう。


 ──明知城を落とすまでは儂もそう言えた。


 四郎も四郎だ。何ゆえ此度の争いに関係無い明知遠山家を攻めるのか。攻めるなら岩村城であろうに。何も昨年の遠山騒動の後始末を買って出る必要はない。これが無ければ儂も四郎を擁護できた。事後承諾も可能であったろう。だが明知城攻めという余計な行動が、印象を大きく変えてしまった。


 詰まる所、岩村遠山家は問題ではあるものの、それ以上に四郎の方が問題だという流れになってしまったのである。


 お陰で四郎を嫌う者達は大喜びだ。この機会を逃さず失脚させようと目論んでいる。儂が四郎に奪い取った領地を返還させ、岩村遠山家との和睦をさせようとするのは、そうした者達から四郎を守る方法の一つと考えたからである。兄上は不満そうではあるが。


 重臣達にとって、東濃のこれらの事件は所詮対岸の火事である。例え岩村遠山家が勝手をしようが、甲斐に影響は出ないのだから関係がない。それよりも四郎が東濃で勢力を大きくし、力を持つ方が問題である。


 それ故重臣達は、岩村遠山家の行動を不問とする筈だ。いや、岩村遠山家からの賄賂が無ければ罰するかも知れぬが、そうならないよう事前に賄賂を贈るよう働き掛けるであろう。片や四郎が裁定を有利にしようと重臣達に賄賂を贈った所で、受け取らぬ筈。もしくは受け取っても、「これでは足りぬ」と体良くあしらうか。そのどちらかになると思われる。


 どの道此度の一件では四郎に対しての有利な裁定は、甲斐武田家中では出そうにない。最悪の場合は謀反と認定され、高遠諏訪家討伐が決定それてしまうであろう。


 それだけはさせないと儂が何とか策を捻り出したというに、兄上ときたらこの緊張感の無さ。当然ながら、四郎本人に至っては自らの過ちに気付いている素振りが一切無い。本当に頭が痛い。


 しかし四郎も何を焦っておるのだ。四郎の才覚があれば、広大な領地が無くとも力は十分に蓄えられるだろうに。悪目立ちは即死に繋がるとどうして理解できない。


 小さい頃は子供らしくなくて不気味に思ったものの、東濃での活躍を見る限り、四郎は間違いなく兄上の血を引いている。その才覚は儂でさえ計り知れない。天才との呼び声高い嫡男の太郎 (武田 義信(たけだ よしのぶ))とはまた違った傑物だ。


 それだけに儂は、四郎にこんな所で死んで欲しくない。次世代の甲斐武田家を支える柱になって欲しいと考えている。


「いつも思うが、信繁は四郎には厳しいな。あ奴に二心は無いのだから、好き勝手にやらせても良いと思うのだがな」


「ですがその結果によって、甲斐武田家中が分裂してしまえば意味はありませぬ。四郎を庇い過ぎれば、今度は我等の命さえ危うくなるのですぞ。兄上は重臣達が嫡男の太郎の身柄を押さえている現実をもう少し重く受け止めてくだされ」


「分かっておる。本当に厄介よな。あの連中、儂が蔑ろにしていると見れば、次は太郎を神輿としてまた当主を挿げ替える腹積もりであろう。勿論それをさせるつもりは無いがな」


 兄上は重臣達の協力によって父上を追放し甲斐武田家の当主就任となったが、その重臣達は兄上と共に甲斐武田家を真に盛り立てようとした訳ではない。とどのつまり、自分達にとって都合の良い神輿が欲しいだけである。


 その証拠に、兄上に対して表面上は忠義を唱えながら裏では暗躍する。甲斐武田家の当主が兄上となった翌年には、兄上に何の断りもなく嫡男 太郎の家臣団を甲斐武田の一門衆や譜代で独占していた。太郎がまだ幼いのを分かった上で。


 ──要は重臣達が太郎を人質にしたという意味である。

 

 このような状態で甲斐武田家の舵取りをしなければならない兄上の心労は如何ばかりか。その重圧にも負けず次々と難敵を倒し勢力を拡大していく姿は、まさに英雄そのものであろう。常人には決してできない偉業だ。


 だからこそ儂は兄を支えなければならない。これまで積み上げてきた偉業を壊してしまう訳にはいかない。重臣達を暴走させないよう、手綱をしっかりと握る必要があった。


 儂自身も重臣達の言動には常日頃より不快な思いを感じている。甲斐国は貧しく何もしなければ飢えてしまうだけだというのに、戦をすれば銭ばかり掛かると文句を言う。民からは絞れるだけ絞れば良いと平気で言う。


 けれどもそういった者達をも上手く使いこなさねば、甲斐武田家はいとも容易く瓦解するのが実情だ。この現状を打破しようと身分の低い者を抜擢し、信濃国の国人を吸収して重臣達を末席に追いやろうとはしているが、それにはまだ時が必要である。


「信繁よ、四郎にも四郎なりの考えがあるというを分かってやれよ」


「それは十分に分かっておりまする。やり過ぎの面はありますが、儂も家中がこうでなければ四郎の功績を褒めておりました。後は自重さえ覚えてくれるなら、何も言う事はありませぬ」


「自重か……。まだ年若い四郎にそれを求めるのは酷なような気がするがな。いや待てよ。なら、これはどうだ。四郎には官位を得てもらう。勿論自らの銭で。そうすれば家中での四郎への反発が減るのではないか?」


「なるほど。京の伊勢宗家を通じて官位を得る訳ですな。確かに四郎が官位を得れば、重臣達の見方も多少は変わるでしょう。越後長尾家との争いが終わった後となりますが、打診をしてみます。費用は四郎負担という事で」


「領地をただ返還させるだけでは可哀想だからな。銭は出せぬが、岩村遠山家の暴走を止めた功績を認めて骨を折る位はしてやらねば」


「確かにその通りですな」


 こうした時、儂はまだまだ兄上には及ばないと痛感する。四郎が自身の子ゆえ、常に気に掛けているのもあるだろう。それでも功績はきちんと評価し、褒美を出そうとする。儂のように領地を取り上げて終わらそうとはせずに利害調整をする。これは、そうそうできるものではない。簡単に見えて難しいものだ。


 どうやら儂は身内という事で、四郎を雑に扱ってしまっていたようだ。これからはもう少し親身になって考えてやらねばな。


 それにしても官位か。これなら四郎にも大きな利があるのは間違いない。例え領地は増えないとなっても、官位を得られればその恩恵は計り知れない。領地の統治がこれまでよりも楽となるだけではなく、家中でも四郎への見る目が変わる筈だ。庶子という生まれの問題も、官位がきっと覆い隠してくれるであろう。


 また、費用の負担を四郎が行うのが此度の肝だ。決して甲斐武田家からは銭を出す訳ではない。この方法ならば重臣も文句も言えず、首を縦に振ろう。銭さえ出せば自らも官位を得られる。そんな前例を作るために。


「では儂は、四郎が躑躅ヶ崎館を訪ねるよう文を出しておきまする」


「高圧的には書くなよ。四郎が我等にも警戒するからな」


「はっ。文面はお任せくだされ」


「頼むぞ。これで数日後には久々に四郎の顔が見られるのか。楽しみだな」


「兄上、四郎は躑躅ヶ崎館に遊びに来る訳ではないのですぞ。その点をお忘れなく」


「分かっておるからそう言うな」


 こうして我ら二人の中で四郎の処遇は決まったのだが、一つ気掛かりな点がある。それは四郎が素直に領地の返還に応じるかだ。抵抗するなり、策を弄するなりをしないか。それによって、より不利な裁定となってしまわないか。そこが心配である。


 此度の決定は四郎のためでもあると理解できるかどうか。願わくば儂の思いに気付いて欲しいものである。

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