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四郎勝頼の天下取りは東濃より始まる  作者: カバタ山
第二章:迷惑な隣人

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切り取り次第の使い方

「四郎君、何これ。白米じゃない。お姉さんを喜ばそうとする気持ちは嬉しいけど、幾ら何でもやり過ぎよ」


「四郎君、高遠諏訪家では寝る時に夜着を使わないの? えっ、毛布? それを使って寝ろって。こんな物で快適に眠れるとでも……何これ、凄く温かいじゃない」


「四郎君、四郎君。厠がちっとも臭くないんだけど。これって一体どういう事なの?」


 ここ最近の浅葱お姉さんは忙しい。


 式を終えて以来遠慮が無くなったのか、何か見つける度俺に尋ねてくる。当家の様々が物珍しいようだ。


 けれども浅葱お姉さんはそれで終わりとはならない。全てを受け入れようとしてくれる。これを見て俺は良い結婚をしたと素直に思った。


 浅葱お姉さんは斎藤 道三(さいとう どうざん)殿の末娘である。それだけに、目の中へ入れても痛くはないと思う程可愛がられていたのは容易に想像が付く。蝶よ花よという具合だ。そうなれば、苦労知らずの我儘娘に育ったとしてもおかしくはなかったろう。伊勢(いせ)宗家で居場所を無くしていた期間があったにしろ、人の性格はそう簡単に変わりはしないものだ。


 だが現実には、元国主の娘として振る舞おうとする素振りは一切見せない。むしろこんな良い生活を送って懐事情は大丈夫なのかと、逆に心配される始末である。


 亡くなった斎藤 道三殿から、一体何を教わったのやら。


 そんな浅葱お姉さんの現在のお気に入りは、


「四郎君、この肉まんはどうしてこんなに美味しいのかしら。もうこれで終わりにしようと思っても、ついつい手が出て最後の一個まで食べてしまうのよね」


 高山城下の造り酒屋から手に入れた酒粕によって料理可能となった酒饅頭である。ただ具材には餡子ではなく魚醤で味付けした兎肉を使用しているため、肉まんとした方が分かり易いだろう。


 それがあるだけで機嫌が良くなる。何処かの五五一と同じであった。


「生地にも味付けをしてあるから、そこが他と違う……って、他は海を越える必要があるか。とにかく兵糧用に開発した物が口に合って良かったよ」


「えっ、これが兵糧なの? 何か間違ってるんじゃない」


「主な材料は雑穀の小麦だから、意外と安上がりでね。それに冷えても美味しく食べられるようにしてある。携行性も良いし、そう悪くはない選択の筈なんだが……」


 そう、この時代の麦は粟や稗程ではないにしろ、米と比較すれば一段も二段も評価が落ちる。当然ながらも価格も。肉まんはそれを利用した戦闘糧食作りであった。


 目的が戦闘糧食なら本来はパンを作るべきではあるが、如何せん本場のパンは日本人の口には合わない。それが酒粕を使用して発酵させたものであったとしてもだ。明治時代に入ってきたと言われるパンは、当初不味過ぎて誰も見向きしなかったと言われている。現代日本で売られているパンは、日本人の好みに合わせて魔改造された代物であった。


 そこで選んだのが、パンはパンでも武芸百般……ではなく、明国製のパンとなる。包子(パオズ)と呼ばれる食べ物だ。ヨーロッパのパンとの違いは蒸すか焼くか。調理法の違いが大きい。両者とも生地に小麦粉を使用する。


「意外。高級品かと思っていたわ」


「だからいずれは城下町でも売りに出して、高遠諏訪家の収益の一つにしようと考えている。具材は豚肉に変える予定で」


 その際には餡子の入った饅頭も商品に加える予定である。饅頭はこの時代の人々を虜にした甘味なだけに、作らない理由が無い。


「良いじゃない、それ。……あっ、道三父上が高遠諏訪家に嫁がせようとした理由が今分かったわ。そういう事だったのね。それで四郎君、最後の一個をお姉さんに譲る気は無い?」


「浅葱お姉さん、食べ過ぎ」


「いけず」


 最初はどうなるかと思っていたが、意外と浅葱お姉さんとの生活は楽しい。次はどんな新ネタで驚かそうかと考えている俺がそこにいた。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 

 とは言え今は戦国の世の真っただ中。新たな商品の開発や銭儲けに集中しようと思っても、そうは問屋が卸さない。ましてや東濃は美濃国の火薬庫でもある。そうなれば足の引っ張り合いが起こるのもまた通常運転であった。


「本当に遠山(とおやま)の連中はどうして懲りないのか。今度は味方同士でかよ」


「何分向こうはすぐに遠山七党を持ち出してくるので、こちらとしても強気に出られないのです」


 今回高山城を訪ねてきたのは小里 光忠(おり みつただ)殿。美濃土岐(みのとき)氏の庶流の出であり、お隣である瑞浪(みずなみ)地区南部の小里城を拠点とする領主である。天文(てんぶん)二四年 (一五五五年)に岩村遠山(いわむらとおやま)家と共に甲斐武田(かいたけだ)家の傘下に入った。


 加えて俺が仲良くなろうとしているご近所さんでもある。


 岩村遠山家、いや美濃遠山家が問題児なだけに、何かあった時のために誼を通じるのは自然な流れであろう。


 ただ、これが岩村遠山家を刺激したのか。最近、小里 光忠殿は岩村遠山家に悩まされているという話である。


 しかもそのやり口の性質が悪い。岩村遠山家が直接行うのではなく、瑞浪地区北部を領地とする家臣の延友 信光(のぶとも ともみつ)殿 (一五五七年当時は別の名を名乗っていたが、延友 信光で統一)殿のそのまた家臣が武装集団を率いて境界線を越え、美濃小里家領へと無断で侵入を繰り返すようになったというものだ。


 そこで小里 光忠殿が兵を率いて駆け付けると、武装集団は「自分達に危害を加えれば遠山七頭が黙っていないぞ」と開き直り、去っていく。


 領民同士の喧嘩で済んでいれば可愛らしかったのにと、つい愚痴が出てしまいそうな話であった。


「こういう手合いは厄介だな。既成事実を積み重ねて境界線の南下を狙っているのだろう。侵略行為と変わらないな。問題はこの行動を延友 信光が単独で行っていると捉えるか、それとも大元の岩村遠山家の命を受けていると捉えるか……どの道武力で解決すれば、岩村遠山家がしゃしゃり出てくるのだろうがな」


「我等もそれが分かっている故、指を咥えて黙って見ているしかないのです。口惜しい限りではありますが」


 土地の境界線は非常に面倒な問題である。現代日本ですら度々起き、揉め事となっている程だ。例えば親の死によって土地を相続した子が売ろうとすれば、お隣が土地の境界線を侵食して塀を建てていたために売れなくなったというトラブルは良くある。お隣に塀を撤去させようとしても、そんな金は無いの一点張り。相続した者が解体業者を呼んで撤去させようとすれば、器物損壊で訴えるぞと凄まれる。これではどうにもならない。


 現代日本ですらこれだ。ましてやこの戦国時代なら、領地同士の境界線がいい加減であるためにやりたい放題ができる。気が付けば既成事実を積み重ねられ、領地が減った話は路傍の石のようにそこら中にあるのが実状であった。


「仕方ない。小里殿、やるか」


「四郎様、やるというのは一体何を?」

 

「そりゃ勿論、延友殿の瑞浪地区北部からの追い出しさ。面倒だから、根城としている鶴ヶ城も接収してしまおう」


 それが美濃小里家のような弱小領主相手であれば尚更であろう。弱い立場に付け込んで少しずつ領地を毟り取る。行き着く先は美濃小里家の経営破綻という訳だ。


「い、いや儂は、四郎様より岩村遠山家に今後我が領土を侵さないようキツく言って頂ければ十分なのですが……」


「何を弱気な。ここで毅然とした態度で臨まなければ、ほとぼり冷めた頃にまた同じ事を繰り返すぞ。遠山の連中には一度痛い目を見てもらう。それ位でないと」


「そのような行いをすれば、岩村遠山家と敵対致しますぞ。最悪の場合は美濃斎藤家と組み、挟み撃ちにされるやもしれませぬ。それを分かった上でやると言われるのですか?」


「こちらには策があるからな。小里殿、信濃国の国境地帯を領地とする信濃木曽(しなのきそ)家の存在を忘れてはいないか?」


「信濃木曽家ですか。岩村遠山領と隣接するこの家が我等のお味方となってくれるなら、挟み撃ちできますな。これ以上の頼りになる存在はありますまい。ですが、そう簡単に我等の求めに応じてくれるものでしょうか?」


「大丈夫だ。信濃木曽家には俺の妹が嫁いでいる。これを利用しない手はない。加えて岩村遠山家が誼を通じている飛騨三木(ひだみつき)家と信濃木曽家は敵対している。岩村遠山家の力を削ぐのは、信濃木曽家にとっても利があると判断するだろう」


「なるほど。そういう訳ですか。これなら岩村遠山家と戦となっても勝てますな」


 もう一点、これは小里 光忠殿には言えない話なのだが、実は当家は信濃木曽家から火薬の原料となる硫黄を購入している。木曽の地には硫黄鉱山があるのを俺は知っていた。両家にはこうした関係があるため、今以上に木曽地域の産物を買ってもらおうと恩を売るのは十分に考えられる。


 信濃国の木曽地域は秘境だ。そこで生き残るには商いに活路を見出さなければならない。有名な檜や馬だけではなく、それ以外の産物をも購入する当家は、信濃木曽家にとって上客である。


「という訳で小里殿、次また延友 信光殿の家臣が領国侵犯をしてきたら、迷わず斬り殺して欲しい」


「承知しました」


「この時点で大人しくなるなら良いんだが、そうはならないだろう。数を揃えて報復行為に出るのは確実だ。その時には籠城して敵を引き付けて欲しい」


「なるほど……そこで四郎様が後背を突くという訳ですな」


「そのついでに鶴ヶ城も頂く。小里殿、瑞浪地区全域の領主になるか?」


「滅相も無い。我等は今の暮らしが続けばそれで充分です。鶴ヶ城は高遠諏訪家の物としてくだされ」


「欲が無いな……いや、岩村遠山家の矢面に立ちたくないだけか」


「そんな所で……。ですが岩村遠山家との戦には援軍を出します故、ご安心を」


「分かった。頼りにしているぞ」


 岩村遠山家は当家と同じ甲斐武田家傘下の味方ではある。そのため本来であれば味方の領地を奪うのはご法度であり、逆に俺が咎められかねない。今回の件は甲斐武田家へと上申し、裁定を待つのが正しい対応である。


 ただそれでは、政敵である甲斐武田家重臣達の思う壺だ。もし岩村遠山家が賄賂でも贈ろうものなら、俺や小里 光忠殿に不利な裁定が下されるのは確実であろう。この機に俺の力も削ごうするのは目に見えている。


 だからこそ今回の件は現場のみで対応する。大義名分は父である武田 晴信様から頂いた美濃国切り取り次第の許可証。これがあるからこそ俺は、延友 信光殿の追い出しを決めた。


 決して間違った使い方だとは言ってはいけない。権威は最大限に利用する。味方にも適用する。これが俺のやり方であった。



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小里 光忠 ─ 1552年の高山城での戦いに甲斐武田家の味方として参加。1555年に岩村遠山家が甲斐武田家の傘下に入った際、同じく傘下に入った。しかし織田 信長が東濃に進出してきた1565年頃には織田弾正忠家に寝返る。長い物に巻かれる典型的な国人領主。1570年の上村合戦で討ち死に。

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