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四郎勝頼の天下取りは東濃より始まる  作者: カバタ山
第一章:境目の領主
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座と新座

 現代でこそ土岐(とき)市と言えば焼き物の町として世間に認知されているものの、織田弾正忠おだだんじょうのじょう家の勢力圏に入るまでのこの地は、高速道路が一本通っているだけの地方都市未満の印象を持たざるを得ない。


 要するに田舎である。城下の町は、シャッター街一歩手前と言ってもおかしくはない寂しさだ。これなら甲斐府中の方がまだ都会に思える程。そのような場所だからこそ、俺はこの土岐郡へと飛ばされた。


 手付かずの土地も多く、産業も未成熟。だがそれが逆に良い。やりたい放題できる土地が手に入ったと思えば良いだけである。


 そこでまずは清酒の酒蔵を作り、次は梅酒の酒蔵を作ろうと動き出していた。目標を堺の町にも劣らない商業都市として、この地を大きく発展させるつもりである。


 しかしながら田舎は、変化を嫌い現状維持を望む。俺はこれを忘れていた。


 この日、高山(たかやま)城へとやって来たのは五人。全員が城下の町衆である。話題は当家が新しく作った酒蔵に関して。何か問題を起こしたのだろうか?


「なるほど。要は町衆に何の了承も得ず、この地に新たな酒蔵を作ったのが問題という訳ですね」


「そうは申しておりません。ただ、この土岐郡で穫れる米の量には限度があります。ですので、酒造りのために勝手な米の買い付けをされては困るという話です」

 

 基本的に土岐郡は盆地だ。夏場は物凄く暑く、冬は寒い。周りを山に囲まれており、耕作地となる優良な土地は限られている。甲斐(かい)国に似た環境と言えるだろう。石高は約二万石しかない寂しさだ。 


「それは分かっています。ですので、酒造りの原料の米は尾張国から買い付けました」


 本来ならここは地道な生産力向上を行うべきなのだが、それでは時間が掛かり過ぎるとして手っ取り早い方法を選択する。


 お隣の尾張国春日井(かすがい)郡は石高が約一一万石もあるのだ。これを利用しない手はない。


 だがその解答が、五人のリーダー格とも思しき白髪の男を熱くさせる。


「何と、地元を蔑ろにして他所の国から買い付けを行ったと! その銭の半分でも土岐郡で米の買い付けしていれば、村や百姓の生活が楽になったものを。諏訪様は領民をただ税を絞り続ける存在としか見ておられないのですか?」


「要領を得ませんね。土岐郡は穀倉地帯とは言えない土地柄。下手に村から米を買い付けると、今度は町衆の食べる米が無くなるかもしれないと分かった上での発言でしょうか?」


「だからこその我等です。この造り酒屋の座が米買い付けの窓口となり、土岐郡に流通する米の均衡をこれまで保ってきました。なのに御領主様は、そんな我等の行いを踏みにじるのですか?」


「それとこれとは話が別でしょう」


「いいや、同じです。例え御領主様であろうと、この土岐郡で勝手な振る舞いはさせませぬ。民の生活に関わるのですから。大人しく我等の座 (同業組合)に入り、酒造りは割り当てされた量の米で行ってくだされ」


 ようやく話が見えてきた。要は座へのお誘いである。その上で自分達の管理下に入れと言いたいのだろう。


 酒の製造・販売は失敗こそ多くあるものの、利益の高い商いだ。だからこそ狭い地域で誰か一人が大勝ちすれば、他の製造元は商売が立ち行かなくなる。今回の訪問は、それを警戒してのものではなかろうか。


 何故なら俺という領主と個人経営の蔵元とでは、動かせる銭の桁が違う。多分だが今回作った酒蔵は、町外れに作ったとは言え、土岐郡内で一番の大きさとなっている可能性が高い。言わば郊外型の大規模店舗だ。個人経営の蔵元には、さぞや傍迷惑な話である。


 面白いのは、そんな地域の厄介者を座が取り込もうとしている点だ。厄介者であれば、座の会員達が束になって排除すれば良い。戦国時代は民も血の気が多いだけに、酒蔵を破壊する行為に走る可能性は十分にあった。


 そう考えると土岐郡の造り酒屋の座は、意外と良い所ではないのかと思えてくる。話をよく聞いてみると、座による米の一括購入は、村の大きな収入源の一つになっているようだ。


 農業の収入は年に一度や二度の場合が多いため、様々な事情で借金に頼らなければならない場合もある。つまりこの一括購入は、村の生活を安定させる大事な要素となっている訳だ。


 それでいて町衆が飢えないようにも米の買取量に配慮をするのだから恐れ入る。地域社会の一役を担っていると過言ではないだろう。


 更にはここから会員に米を転売する事によって、座は収益を上げている。但しこれは暴利ではない。れっきとした手数料商売、もしくは仲買人の行為だと理解した方が良い。


 加えて、会員が生活に困らないよう支援も行っているとも言う。会員が酒造りに失敗した際、座が他の会員の酒を融通するよう仲介をする。こうすれば生活苦で酒造りを止める必要が無い。融通された者は、翌年以降に完成した酒で支援を受けた分を返して弁済させる。とても良くできた組織運営だ。


 前世では座は新規参入を妨げ、特権を貪る悪しき組織という解釈がある。しかしこの土岐郡の座の実態を知ると、これは穿った見方と言わざるを得ない。


 時には新規参入を拒む場合もあるだろう。座は何より会員の利益を優先する。誰彼構わず会員を増やせば、商圏の奪い合いとなって共倒れになるのだから当然だ。


 新規参入を受け入れるなら、身元がしっかりとしており既存の会員の利益は損なわない、それでいて製品の質が良い業者に限定される。言葉にすれば簡単だが、戦国時代ではこれがなかなか難しい。


 全てに於いてそうだと言いはしないが、新規参入を拒むのにはそれなりの理由があるという訳だ。


 また、組織の力や肩書を自身の力と勘違いするのは座に限らず、いつの世、どんな業界でもある。虎の威を借りる何とやらとそう変わらないだろう。


 ここで忘れてはならない点が一つある。この時代、収賄は悪ではない。ましてや犯罪でもない。というよりも、贈収賄を取り締まる法律が規定されていないのだから、罪に問うのがそもそも間違っている。現代人的な感覚でこの時代を見てはいけない典型的な例だ。


 それはつまり、賄賂が日常と化しているのが戦国時代である。


 例えば室町幕府の奉公衆は、賄賂によって生活を成り立たせている者が意外と多い。他にも取次をしている者は、賄賂ありきで要望を通す。


 これが実態である以上、現代的な感覚で座にのみ健全さを求めるのはお門違いでしかない。よって座の良し悪しの判断基準に、賄賂は関係無いのが分かる。


「四郎様、ここで領民と揉めるのは下策です。悪い座でもなさそうですし、加入をお勧め致しまする」


「|光秀(みつひで)もそう考えるか。安定した統治を求めるなら、ここは座への加入が確実だな。話を聞く限り、当家が加入しても温かく迎え入れてくれそうなのがありがたい」


「おおっ、それでは」


 しかし座の良し悪しが、即加入に繋がるとは限らない。だからこそ、俺はこの選択をする。


「はい。当家は座に加入致しません」


「四郎様!」


「……はて? 御領主様は今何と言われましたかな?」


「聞き間違いではありませんよ。当家は座に加入致しません。それが駄目なら、この土岐郡に新たな座を作ります。これが私の答えです」


 予想外の回答だったのか、俺の一言で場は凍り付いたように静まり返る。


 座に加入すれば、ある程度の制約を受けるものの、土岐郡で安定した商いが営めるだろう。その収益によって高遠諏訪家が潤うのは確実だ。


 但し、そこまでである。高遠諏訪家全体として考えれば、その収益は微々たるものにしかならない。


 そう、この座では何もかもが足りないのだ。俺は土岐郡を大きく発展させようと考えている。それには国の枠を超えた大きな商いが必要だ。座に加入して小さな商いをしているようでは、何のために土岐諸白を作ったのか分からなくなってしまう。


 もう一点不満な点がある。座は同業組合だけに、他業種との交流が殆ど無い。この閉鎖的な環境が俺には我慢ならなかった。特に土岐郡は田舎なだけに、その傾向は顕著と言えよう。


 組織が閉鎖的だと形骸化する。それよりも、業種を問わず志のある者が集まる方が俺の好みだ。現状に満足せず、絶えず新しい事に挑戦する方が何より面白い。


 結局の所、両者の違いは目的の違いだと俺は考える。一方は会員の生活のため。もう一方は地域の発展のため。これでは互いの意見が交わりはしない。


「長よ。町外れの酒蔵ではね、畿内での販売を視野に入れた酒造りをしているのですよ。この意味がお分かりですか? そうです。この酒で土岐郡の枠を超えた大商いをするのです」


「随分と大きく出ましたな」


「無論、それで満足はしません。得た銭でまた新たな事業を始め、更なる大儲けを目指します。後はこれを繰り返せば、土岐郡は大きく発展するでしょう」


「そのような絵空事、実現する筈がなかろう」


「だからこその新座です。『三人寄れば文殊の知恵』と言うではないですか。多くの知恵を結集し、成功へと導く。これが新座の目的です」


「ふん。勝手にすれば良い。呆れて物も言えぬわ。親切心で誘ったというのに、あろう事か我等に敵対する座を作ると言い出す始末。こちらからは米も酒も人も融通せん。後で泣きついてきても知らぬからな」


「私はむしろ、長達が我等の新座に合流したいと言い出すと考えております。その際は温かく迎えますので、共に土岐郡の発展に尽力しましょう」


 この一言が余計だったのか、長を含めた五人は声を大きく荒げて席を立ち、部屋から出て行く。それを見ていた明智 光秀は、溜息をついて呆れ返っていた。


 協力を仰ぐべき高山城下の座の長を怒らせたのはやり過ぎだったものの、この新座の構想自体は間違っていないと俺は考えている。当家は酒造りのみではなく、既に臭みの無い魚醤やどんぐり味噌、オガクズから作った炭であるオガ炭によって、小さいながらも確実に収益を上げているのだ。その存在を無視する訳にはいかない。

 

 これ等の商品も新座の設立によって、より販路の拡大が期待できるだろう。土岐諸白だけでこの地が発展できるとは俺は考えていない。車両の両輪のように、確実な商いも合わせてこその地域の発展だと考えている。


「四郎様、貴方という方は……」


「そう言うな光秀。商いの規模を大きくしないと、皆への俸禄が払えなくなるんだぞ」


「そうだとしても性急過ぎです。まずは、本日やって来られた座の方々を懐柔してからでも遅くはなかった筈です。誰が新座の運営をするのですか?」


「確かにその通りだ……」


 明智 光秀に言われて、はたと気付く。新座の構想をぶち上げたまでは良かったが、いざ設立するとなれば誰に設立・運営を任せれば良いのか? 勢いに任せて言っただけに、俺はその点を忘れていた。


「そんな顔をしても無駄ですよ。私にもうこれ以上のお役目を増やさないでくだされ」


「いや、俺はまだ何も言っていないんだが……」


「なら問題ございませぬ。新座の設立は私抜きで行ってくだされ」


「そこを何とか」


「駄目なものは駄目です」


 さすがはできる男 明智 光秀。容赦の無い対応である。

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