悪徳王子はゲームだけ!?──寝取られかと思いきや、純愛でした──
俺の名前はフリードリヒ・フォン・ローズベルク。
エルメシア王国の第一王子である。
俺はいわゆる"悪役王子"なのだが、
それがどうやら
『 や ら か し た 』らしい
周囲からお人好しとよく言われていた前世。
俺の最後はまさにそれが起因となった。
そう、川で溺れていた少女を助けたのだが、
最後の最後で足を攣り、そのまま流されるという不運。
まあ少女が助かった事だけは最後に見れたからよし、
なんて言ってたら、その忠告をくれた親友に怒られるだろう。
という身の上話はさておき、この状況は少し複雑だ。
このゲームにおける主人公は俺ではなく、
エルメシア王国辺境のとある村に住む青年、
アスラン・カスケード。
彼は魔王を、そしてなにより"俺"である
悪徳王子ローズベルクを倒し、俺の許嫁と言う事になっている
公爵令嬢の"アリューシア"と結ばれるという
【R-18】RPGゲーム、【蒼金のファンタジア】の世界そのままなのだ。
さて、本題。俺は本当に"馬鹿"だった。
この世界に来たのは丁度ローズベルクが5歳の時。
記憶はそのままに、これを単なる異世界転生だと
捉えていた俺は、ローズベルクが"やるべき"イベントを
全てすっぽかして今日、18歳の誕生日を迎えた。
まるで急いでカメラを回すように説明をするが、
俺がここがゲームの世界だと気付いた根拠は、
【蒼金のファンタジア】というゲームの特別版にて同梱される、
ローズベルクが"魔王と結託"する理由というエピソードに、
深いトラウマがあったからなのだ。
そのエピソードとは、ローズベルクによって手籠めにされる前に、
勇者となったアスランが城に忍びこみ、
処女を守り通したアリューシアと激しくキスをし、
そして"まぐわいを交わす"というものだ。
このエピソードを以てして、悪徳王子のローズベルクは、
魔王と結託して勇者アスランを殺害しようと企む事になる。
主人公に感情移入するのであれば、それは純愛なのだが、
如何せん、俺は視点が変わると感情移入先が切り替わる特異体質。
ローズベルク視点でまんまと"寝取られ"現場を
目撃するという最大級のトラウマを背負ったのだ。
そう、そのエピソードがフラッシュバックすると言う事は即ち、
その現場となり得る状況を、視界に収めてしまったのだ。
──明け方。
石造りの広々とした回廊と、
白い石床を照らす扉の隙間から漏れたオレンジ色の光。
ローズベルク、18歳の誕生日に発生するトラウマイベント。
それが今、目の前で行われているのである。
しかし、何故か見たい。
なにが行われているのかは、恥ずかしながら予習済み。
だが、"リアル"となれば話は別だ。
吸い込まれるように、一歩、また一歩と足を進めてしまう。
ああ、でも駄目だ。
見たらダメージを食らう自信しかない。
でもよくよく考えると、
この世界でアリューシアとアスランに接点はあったか?
いや、そういえば俺の誕生日前にアリューシアとアスランが
会っていたという話は執事から聞いた記憶がある。
さらに一歩、一歩進む。
ちょっと待て、そもそも俺はアリューシアになにをしたか。
ローズベルクは16歳の時、アリューシアに対して
"孕み袋"なる罵声を浴びせていたのだが、
俺は少なくとも普通に接してしまっていた気がする。
そうだった。
悪徳を演じる演じない以前に、
俺は彼女が美しすぎて、眩しすぎて、
それでいて勿体なさすぎて、避けていたのだ。
──そして、運命の光が眼前に。
なにをドキドキしているのだろう。
アリューシアとアスランは俺の誕生日前に会っていた。
その事実だけで手が震えるくらいの衝撃じゃないか。
俺はそっと、扉に沿わせるように耳を傾ける。
中からは激しい息遣いと、
"なにか"を叩きつけるような音が聞こえる。
間違いない、アリューシアだ。
生唾を呑み込み、十数年ぶりに
トラウマとご対面する事になろうとは。
期待しているわけではない。
決して。本当に決して!
俺は胸の前でぐっと手を握り込み、ニ、三度と深呼吸を──
「何をしておられるのですか?」
『『だあああああああああああああああああああああああああああ!』』
俺は勢い余って扉にぶつかり、中をご開帳させてしまう。
目の前に立っていたのは、料理長のヨハンだった。
こんな真夜中になにやってんだこの料理長はッ!
と、そうじゃなかった!
今首を右に振れば、アスランとアリューシアの組体操が──
ああ、まずいまずいまずいまずいッ!
「ローズベルク......様?」
アリューシアの怯えるような声が耳に刺さる。
すまないアリューシアよ、俺はトラウマとか
言いながら、中が気になって仕方がなかったのだよ。
参ったように、だが慎重に。
俺はアリューシアへと顔を向け────
──あれ?
「アリューシア、服着てる......?」
「あっ、当り前ですわ!」
「王子、こんな真夜中に"厨房"に来るなんて、
そんなにお腹を減らしていたのですか?」
金糸のように一本一本が輝く髪、
アメジストブルーと見紛う青い瞳。
なめらかで、それでいてどこか清純さを際立たせる面長の顔。
彼女は確かに、オーストヴィヒ・フォン・アリューシアその人。
この王国で最も容姿に優れた存在──
「そそそ、それよりも、こ、こんな真夜中に
エプロンをしてどうしたんだい?」
「わ、わたくしは......その......」
俺もアリューシアも歯切れが悪い。
というか彼女は一体何をしていたのだろうか。
「あのですね王子、実はあなたの誕生日前に
アリューシア様がケーキを作りたいと仰られたのですが......
幾分、私も教えるのが下手でして、ご期待に添えそうには......」
俺は完全に唖然となった。
話と違──オホン、まあそういう理由だったのかと安心......あれ?
俺とアリューシアはそんなに親密な関係だったか?
「せっかくのあなたの誕生日。
なにか差し上げたかったのですが、
こんな醜態を晒して......本当に申し訳ございません。」
アリューシアが深々と謝る。
壁には飛び散ったクリームに、生地?
のようなものが散乱しているという惨状。
まったく、料理をしないと手加減も──って......
あれ? 謝るべきはむしろ俺じゃないか?
ここにきて急に冷静モードに脳がシフトチェンジした。
もちろん、ゲーム世界であることは確かなのだ。
しかし、18歳の誕生日にいきなりトラウマを
浴びせられるための必要な工程を踏まなかった俺には
どうやら関係なかったらしい。
というか、なんかすごい申し訳ないのだ。
「分かったアリューシア。じゃあ一緒に作ろうか」
俺は一応、料理は得意なのだ──
──って、そういえばローズベルクは
料理得意じゃないんだった!!
今更になって頭に蘇る、悪徳王子ローズベルクの設定。
彼は料理に対しては『使用人が作る物』だと軽蔑していたのだ。
味にうるさい癖に、だ。
「わ、わたくし、あなた様の婚約者でいられて幸せですわ!」
涙ぐみ、飛びついてきたアリューシア。
それを胸で受け止める。
今にして思えば、ローズベルクを演じるには、
俺は余りにも遅すぎたのかもしれない──
★ ★ ★ ★ ★
高く昇った陽の光が、そっと頬を撫でていく。
俺はゆっくりと目を開ける。
そうだ、今朝はアリューシアとケーキを作ってから、
ヨハン秘蔵のワインを飲んで、それから意識がなくなったのだ。
流石に寝すぎたので、さっさと政務にでも勤しむとするか......
一応、俺は王子としてしっかりと責務を果たすべく、
王宮女官長のレイエスに色々とご指導ご鞭撻を賜ったのだ。
それと同時に、俺は元居た世界では管理職の社畜だったので、
現代の価値観とこの世界の価値観のハイブリッド政策を試したりしていた。
例えばだが金を中心とした金本位制の確立は大きな効果を発揮した。
以前は言葉の重みや立場の重みで通貨を作っていたのだが、
それだと信用にはかなり疑問符がついてしまう。
であれば、金の重みで、この国の価値を測るという仕組みはベスト。
それにエルメシアには金鉱山がかなりあるのも助かった。
もちろん当初は、古参の財務官たちから猛反発を受けた。
だが“通貨の信頼が命綱”だという一点で押し通したのだ。
俺は悪徳王子なのだから、当然である
──なんて今更後付けだが......。
「て、あれ?」
温もりの残る布団の中、ふと、俺は違和感に眉をひそめた。
右腕の感覚が──ない。
いや、正確に言えば、何か温かくて柔らかいモノに
体重を預けられている感覚だけがある。
しびれているのか、それとも完全にどこかへ置き忘れてきたのか
……指先がピクリとも動かない。
ゆっくりと首だけを動かす。
……いた。
金糸のような髪が、朝日に照らされてさらさらと輝いていた。
すーすー、と寝息を立てているその人形の横顔は、
まさしくアリューシア──え?
──なんでアリューシアが!?
──ここ俺の部屋だよな!?
──というか、俺はなんで"素っ裸"になってるんだ!?
俺はそっと首を巡らせ、
昨夜の記憶をフルスクラッチで呼び出す。
いや駄目だ、アリューシアにこのベッドに一本背負いされて、
そこから馬乗り状態に持ち込まれてからの記憶がない。
酒は飲んでも飲まれるな、これはアル中で
亡くなったじいちゃんの遺言だったのだが......
(じいちゃん、俺、血は争えなかったよ......)
というか大体、悪徳王子のくせに、
主人公のメインヒロインと並んで"二の字"とは何事だ。
そもそもこの部屋は俺の寝室で、しかもベッドは一つ。
原作【蒼金のファンタジア】において、
アリューシアとローズベルクが同衾するイベントは存在しない。
まったく原作をレイプするのもいい加減に──俺である。
罪悪感から俺は、左手で無理やり体をずらそうと試みるも、
右腕の麻痺っぷりが洒落にならない。
しかも動くたびにアリューシアが「ん……」と甘えたようにしがみついてくる始末。
流石にどっちも素っ裸っていうのは流石に酷い話──え?
やばい、やばいやばいやばいやばいッ!
俺は何をした!? 今朝何をした!?
ケーキを作って、酒飲んで、その後いったい"ナニ”を作った!?
「……ローズベルク様?」
俺は昼前から勝手にオーバーヒート状態。
そして遂に──
まどろみの中、アリューシアが微かに目を開けた。
瞳は陽の光を映して潤み、頬は寝ぼけたまま、
わずかに紅を差している。
「……っ!」
いや、この状況でその顔は反則だ。
あまりにもヒロイン全開すぎる。
「えっと、ですね、アリューシアさん?
おはようございます。
そしてお願いなのですが、私は今朝、
あなたになにをしましたか?」
おいローズベルク、お前は安物チャットボットか。
「……えっ? そ、そうですね、今朝はこづ......──」
「おっといけない、政務の時間だ」
「あっ、ちょっと待って──!」
アリューシアがどうやら俺の右腕を掴んだらしい。
感覚が無いからわからないが、右肩が良い音を鳴らしたぞ。
「ローズベルク様......
今朝はその、ありがとうございます」
「けけけ、ケーキの事なら気にしないで!?」
「い、いえ、"どっちも"です」
顔を赤らめるな、アリューシア。
だが俺はあえて聞かないぞ?
悪徳王子様なんだろう、俺は。
一体何がどうなって、
ヒロインとそんな関係になってしまったのだ?
でも何故だろう、思い当たる節はかなり、ある......
★ ★ ★ ★ ★
政務が終わった午後3時くらい。
間食を取る間もなく、俺は馬を駆り出し、
部下を振り払ってある男の元に向かう。
──主人公、アスラン・カスケード
別に戦いを挑みに行くわけではない。
純粋に彼に会いたくなったのだ。
……というか、ゲーム的に言ってしまうと、
彼の正ヒロインを寝取ってしまったも同然。
主人公に顔を合わせず、
何事もなかったように居続けるのは良心が痛い。
そう、アスランとは元々“敵同士”だったはずだ。
原作【蒼金のファンタジア】において、ローズベルクとアスランは、
「悪しき政府」vs「勇者の天敵」という、わかりやすい構図だった。
......それがどうしてこうなったのか。
実は俺とアスランは、原作ルートではあり得なかった友人ルート。
大体、過去の俺が馬鹿なのだ。
ローズベルクは魔法が極めて強力な次元で扱えたので、
こと剣に関しては"弱者"だの"野蛮"だのと、
幼少期から軽んじていたのだ。
しかし、俺は剣がカッコいい、というノリで指南を受けた結果、
主人公のアスランと同じ師匠、
騎士団長エドリスの指導を受けたのだ。
そこで意気投合......全く、悪徳王子とは対照的に、
アスランは滅茶苦茶いい奴だ。
だからとりあえず、彼に謝るべきだろう。
彼の正ヒロインを奪ってしまった事実に対して──
────ハイケル村
黒髪の好青年は、豪快に笑う。
そして、俺の心配は杞憂に終わる。
「はぁ? なに言ってんだよローズベルク。
アリューシアはお前のことずっと好きだって言ってたぜ?」
「おい、初耳なんだが」
男同士のぶっちゃけトーク。
謝った瞬間、大笑いされた後にこのノリだ。
「アリューシアは確かに超絶美人だ。
でも、お前が優秀過ぎて他の貴族は一切近付けないし、
彼女自身も鉄壁だったんだぜ?」
まあ確かに、原作でもアリューシアは鉄壁だったのだが......
「覚えてるか? 12歳くらいの時、俺とお前、
そしてエドリスさんと3人で剣の訓練してた時。
俺が滅茶苦茶かわいい子がいるな、と思ったら、
その子はずっとお前の事ばっか見てたんだよ。
それで気になって聞いてみたら、
『今はまだ並び立てないけれど、いつか並んでいたいお方』
とか言ってたんだぜ?
健気だったよなぁ」
「そんな言い方されてたのか俺!?」
俺は思わず後ろにのけぞった。
12歳の頃のローズベルクの素行については詳しくは知らないが、
少なくとも剣の訓練は一切していないので、
このイベントは無かったのだろう。
「いや……それ、もはや俺の方がヒロインなのでは?」
「ほんと、そうかもしれないな!」
……やめろよ、主人公本人が笑顔で肯定するんじゃない。
こっちは真剣に“寝取り”の
罪悪感に押し潰されそうになってるのに。
「それに、俺にはもうミレイナと婚約したからさ」
そう言って、アスランは花壇を指差した。
縁側のあたり、ミレイナは麦わら帽子を被っており、
ちょうど草花に水をやっていた。
すこし風に揺れるスカート。
こちらに気づくと、恥ずかしそうに微笑んで、軽く手を振ってくる。
アスランが手を振り返すので、俺は軽く会釈した。
……アスラン、もう嫁いるのかよ。
どうやら改変が進み過ぎていて原作が原作していない。
気付くのがあと10年は遅すぎたのだ。
「いやほんと、感謝してるよ。
お前が政務始めてから、治安は安定するし、生活はしやすくなったし。
なにより、ミレイナという素晴らしい嫁にも出会えた」
「待て待て、俺はそこまで──」
「そうそう、アリューシアから聞いたんだ。
お前の誕生日、盛大にやるらしいから来て欲しいんだって。
出席させてもらうよ」
見事な伏線回収である。
俺は再び馬を駆る。
アスランとミレイナに見送られながら。
★ ★ ★ ★ ★
──王城中庭、夜。
手入れの行き届いた芝生を、
蝋燭の淡い灯が揺らめき、そして照らす。
見渡せば数百本もの蝋燭が風に揺れ、
空には無数の紙風船が舞い上がっている。
「俺の誕生日、こんな大イベントなのか......?」
招待状をばら撒いたつもりはなかったのに、
なぜか集まった王侯貴族は百を超え。
そして壇上の中央。
俺はアリューシアに言われるがまま着せられた、
白地に豪華絢爛な金刺繍の衣装に身を包んで直立不動。
「誕生日にしては、壮大過ぎないか......?」
「いやいや、王子様。
せっかくの誕生日はこれくらい、な?」
「そうですよ? 主役なのですから、びしっとしないと!」
アスランとミレイナ、それぞればっちりの礼装服。
紺色のロングジャケットと、気品漂う落ち着いた葡萄色のロングドレス。
よく似合っている。
「いや、なんか恥ずかしいと言うか、
色々迷惑をかけたというか......」
「ふふ、迷惑だなんて。
呼ばれたら行きますわよ、ローズベルク王子?
ねぇ、アスラン」
「そりゃあもちろんよ!
ああそうだミレイナ、"アレ"を渡してやってくれ」
「そうですわ、"アレ"ですわね?」
「"アレ"?」
ミレイナが肩にかけていた少し大きめの籠バックから、
やや大きめの木箱を取り出す。
「これ、私の実家で作っているモノなんです。
祖父が、王子が生まれた年に作ったワインでして……
当時は“庶民の祝い酒”のつもりだったのですが」
やけに恭しく両手で木箱を受け取る。
そして、そっと蓋を開けると──
【初陽の雫 エルメシア暦825年 王子殿下 生誕記念】
と練達な筆跡で書き込まれている。
「なんというか、こんなにも凄いワインは飲むのが憚られるね......」
「ミレイナの家は凄いんだぜ?
特にそのワインのぶどうは、百年以上の歴史を
持った老木から採ったものらしいんだ」
アスランの解説に相槌を打つ。
なるほど。まさに悠久の歴史を秘め、
このエルメシアの土地の味を持っていると言う事だ。
ただ、俺は酒については1つポリシーがある。
「こういうワインは1人で楽しむものじゃない。
みんなで頂こうじゃないか!」
「おいおい、流石。ローズベルクだな......」
「ふふ、貴方の言っていた通り底なしに人が良いですわね」
いやどうも、と頭を下げつつ、
ここまで来てはやってやらねば男が廃るというモノだ。
実は、今日は絶対に酔わないと決めていた。
誰がなんと言おうと、あの“今朝の大失態”を再発させてはならない。
なんて思っていたのだが、
こんなに素晴らしいお酒を戴いたんじゃあしょうがない。
「実は王子、まだまだワインはありましてよ!?
例えばこちら!“紅の花嫁”と呼ばれる幻の葡萄酒ですわ!」
「よーし、今日は行けるとこまで行ってみようか!」
オーッという掛け声。
始まったのは、王子の威信を賭けた“酔わせ耐性戦争”勃発。
「あらら。もう始まっておりますの?」
アリューシアも加わって、今日は飲めや歌えや。
無礼講の誕生日なのだ──!
★ ★ ★ ★ ★
──夜更け
頭痛......眩暈......吐き気。
執事長の介護でなんとか風呂に入った。
「調子に乗り過ぎた」
廊下を壁伝いにヨタヨタと歩くみっともない王子こと、
ローズベルク。いや、ローズベルクはこんなことはしなかった......
少なくとも彼は心を開くタイプではなかったのに。
全ては俺の前世の血筋が"のんべえぞろい"だったことが問題だ。
すまない原作、恨むならこんなのんべえ一家の長男をこの世界に送り込んだ
神様を恨んでくれ......
城の三階にある自分の居室へなんとか辿り着く。
だが、俺の居室はじつはかなり狭い、というよりも敢えてそうした。
広さで言えば丁度、ビジネスホテルのツインルームひとつ分くらい。
最初は20畳をゆうに超えるやけに広い部屋だったのだが、
あまりにも落ち着かないので、日当たりが良い側の詰所をお借りしたのだ。
俺は全身をベッドへ投げ出し、スプリングにより小さく数回跳ねる。
これがなんとも心地が良いのだ。
それにしても毎日毎日、
清潔なシーツに変えてくれるもんだよなぁ。
サラサラとしたシーツ、柔らかな肌触りの掛け布団。
そしてお日様の香りを夜まで残した寝具たち。
「ほんと、感謝だよなぁ......」
「──えぇ、そうですわね。本当に」
「うんうん。こんなに快適に眠れるなんて──え?」
酔っていても分かる声。
俺は恐る恐る声の主に顔を向ける。
「あ、アリューシア......なぜここに......」
艶やかな髪は結い上げられ、首筋が露になっている。
肩紐は華奢で薄布のスリップ1枚という、
非常に目のやり場に困る姿。
だが彼女の宝石のような瞳には、
"決意"のオーラに満ち満ちている気がするのだ。
その問いに、彼女は満面の笑みで答える。
しかし、問いに対する声帯ベースの返答がない
「あ、あの、アリューシア?」
彼女はベッドの淵を数歩進んでから、
すっとその角に腰を下ろした。
「ローズベルク様、覚えておりますか?」
「い、何時のこと?」
「あれは、私が13歳だった時の話です。
剣技に政務の勉強、それに料理がお好きだったあなたは、
よくわたくしに色々とお食事を振る舞ってくれましたわ」
......覚えている。
俺が料理長のヨハンを知っているのもその繋がりなのだ。
実はこの世界に来てからというもの、
贅の限りを尽くした貴族料理はかなり苦痛になっていた。
特に『濃い・重い・複雑』という日本人の感性と真逆を行く料理は、
俺を即座に"味噌汁とごはんへの渇望"をもたらした。
米に関しては小麦粉があったので、小麦粉を水でこねてから、
お米サイズに形成する"ちねり米"で何とかしのいだのだが。
味噌に関してはかなり苦労した。
長くなるので割愛だが......まあ王子パワーでなんとかしたのだ。
「でも、わたくしは食べてばかりでちっとも運動をしなかったので、
14歳、15歳の時には他の殿方は
見向きもしない体になってしまいましたわ」
「た、確かに、あの時は俺も反省したけどさ......
でもその年齢だったら食べないと、さ?」
ちなみに、原作の【蒼金のファンタジア】で
彼女が肥えた事は一度もない。
誰かに食べてもらう、美味しいを共有するというのは、
料理人冥利に尽きるのだが、あの時は流石に反省した......
「責める気はありませんわ。
ただ、初めての経験でしたの。
今まで視線を向けられていた殿方から、
まったく見向きもされない。
目を合わせても、どこか迷惑そうにされる......」
流石悪徳王子、ヒロインを太らせるという暴挙に出たのだ。
もちろん、そんなイベントは無い。
「そ、それは本当にごめんなさい......」
「でも、ローズベルク様。あなたはこう言ってくださいましたわ
『我慢なんてらしくない。いっぱい食べる君が好き』と」
──あッ!言った、言ったけど、言ったけど!
「わたくしはそこからエドリス団長と共に食べた分だけ、
運動と筋力トレーニングを行い、16歳にはこの通り──」
すっとスリップの裾たくしあげる。
目を逸らすよりも先に、目に入ったのは引き締まった腹部だ。
これはそういう目よりも先に、関心が来るほど。
「つ、強そう......」
ローズベルク、月並みの感想しか出てこない。
なんだよ、女の子に向かって"強そう"って。
「はい。だからわたくし、
結構力には自信があるのですよ──?」
「アリューシア? ちょっと、ちょっと待って!?」
酔いが全身を回っている俺、
彼女に完全に力負けしている。
ベッドの上で、仰向けに押し倒された挙句、馬乗り状態となった
今朝の記憶の断片と一致する。
「あなたがわたくしを避けるようになったのも、
ちょうど今の体形になった時くらいからでしたわね」
「だって、それは......目のやり場に困る、
というか、なんというか......
俺には勿体なさ過ぎるから......」
ぶつくさ言っているが、結局美人過ぎて
目に入れるにはあまりにも難易度が高かった、それだけなのだ。
「ふふふ、本当ならば今晩に"なかよし"をする予定でしたのに、
今朝フライングをしてしまったので、これは二度目ですわね?」
「こ、こういうのは男が先導するものじゃないのか!?」
「あらあら、全然わたくしを手籠めにしてくれないので、
てっきり"攻めて"ほしいのかと思っておりましたわ。
でも、もう関係ないですよね?」
距離にして、指一本分。
アリューシアの顔が、ふいに俺の視界を満たした。
宝石めいた蒼の瞳が、わずかに揺れている。
「俺酒飲んでて、その、匂いが──ムグッ!?」
表面よりさらに深い接触。
それはまるで黙らせるように、それでいて体は完全に抑え込まれ、
酒が最後の抵抗力すら相殺する。
同時に、バクバク、と心臓が余計な仕事を始めるのだった。
今日の夜は長く続く。
そう、勇者も居なければ倒す魔王も居ないと思ったら、
ローズベルク、最後の最後に"夜の魔王"を召喚してしまったのだ......
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
宜しければ、★~★★★★★の段階で評価していただけると、
励みになります。