◇第一章<怪談師、本領発揮> 3
そして──その様子を、遠くから見つめる影があった。
塔から少し離れた高台の見張り塔。そのベランダの暗がりの中に、ひとりの青年がオペラグラスを手に、静かに佇んでいた。
雪のような銀髪が月光に照らされ、深い蒼の瞳が、冷えた水面のように沈黙を湛えている。
背筋はまっすぐ伸び、深紅と白を基調とした礼装が風に揺れた。胸元に輝く銀の紋章が、彼の立場を物語っている。
その目が捉えていたのは、塔の出入り口から戻ってきた“異邦の女”──弓槻 夕奈。
(やはり、ただの人間という訳では、無さそうだな)
青年──ルシリオ=ルーヴェン。アレストリア王国の宰相にして、アレスト王の腹心。
王城内で“氷の策士”とも呼ばれる、知略と冷徹を兼ね備えた男。
その表情は感情を読み取らせぬ静謐さを保っていたが、瞳の奥には、かすかな興味と観察者としての警戒が光っていた。
背後で軽く足音が鳴る。気配を感じ取っても振り返らず、ルシリオは静かに問う。
「……日中の記録は?」
「はい。外出時の動き、食事、侍女との会話すべてを控えております。相変わらず、城内の噂を収集しているようですが、政治的な発言は見受けられませんでした。ただ──」
「……続けろ」
「視線の動きに、何か“見えないもの”を追っているような、不自然な癖が見られます」
報告したのは、侍女服姿のミラ=ミーン。控えめな声音には一切の揺らぎがない。
その隣には、黒髪を後ろで束ねた長身の騎士──サイラス=サリドが無言で立っている。王直属の衛兵にして、現在は宰相付きの特別監視任務に就いている男。ふたりとも、言葉少なに、そこに在った。
「──お前はどう見る?」
ふいに向けられた問いに、沈黙を守っていたサイラスが小さく息をつく。
「まだ判断はできません。ただ……人に語らせる……その交渉術の手練手管に長けているようだ、とは」
「……なるほどな」
ほんの少しだけ、ルシリオの口元が揺れた。
ルシリオはかねてから、夕奈の監視をあえて緩めるよう命じていた。不審な動きがあれば報告するように、と夕奈を泳がせていたのだ。
この女は、本当に召喚に失敗した結果出てきた、ただの人間なのか、それとも──
(観察は継続……今はまだ、泳がせておくべきだな)
その思考と共に、彼は静かに塔へ背を向ける。
あとに残されたのは、冷えた月光と、凍るような夜の気配だけだった。




