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◇第二章<異世界の怪異との邂逅> 2

 翌朝、目が覚めた時には、窓の外は青白い朝焼けに包まれていた。

 昨日見た『異様にねじれた身体の怨霊』は、夢か現かもわからない。けれど、胸の奥に残るざわつきは──あまりに、鮮明だった。


(怖かった……でも、はっきり見えてた。気のせいじゃない。確かに……いた)


 まんじりともせずベッドの上で考えこんでいると、昨日と同様に控えめなノックと共に、部屋へミラが訪れる。


「あの……よろしければ、こちらへお召し替えくださいませ。今のお召し物は、侍従が丁寧にお預かりして洗濯させていただきますから」


 ミラが持ってきたのは、柔らかな色合いのワンピースのような普段着用のドレスだった。袖には刺繍が施され、淡い青と白のグラデーションが目に優しい。

 差し出された服を受け取りながら、夕奈は心の中で苦笑する。


(たしかに裾とか、汚れちゃってはいるけど……着物の洗濯か……)

(借り物だから、適当に洗濯してしまってもいい物か不安だけど……でも、もう返せるかも分からないし……いいか)


 ドレスのほかにも、肌触りの良い下着や、紐で締めるサンダルのような室内履きも用意されており、意外にも客人として持て成すつもりはあるようだった。


 ミラに着替えを手伝ってもらい、すっかり“この世界の装い”に着替えた自分の姿を鏡で見て、夕奈は複雑な思いに駆られる。


(こうして服を替えて、髪も梳かして下ろして……だんだん、こっちの生活に馴染んでいくのかな……)


 鏡の中の自分は、昨日よりも少しだけ、表情が引き締まって見えた。



 ──その日の午後。

 来訪者の訪れは突然だった。


 ミラが昼食の後片付けを終え、部屋から出て行った直後の事だ。

 鋭く、乾いたノックの音が部屋中に響き渡る。

 まるで静寂を裂くようなその音に、昼食を終えてぼんやりと窓の外を見ていた夕奈は、思わず背筋を伸ばす。


 ゆっくりと開かれたドアの先に立っていたのは──昨日、夕奈をこの世界へ召喚した銀髪の男だった。冷えた蒼の瞳、均整の取れた体躯、背筋の通った立ち姿。その姿は、まるで氷で彫られた彫像のように、静謐で威圧的だ。

 彼の目が、夕奈に向けられる。その蒼の双眸がわずかに揺れたのを、彼女は見逃さなかった。


(……あ、驚いてる?)


 髪をほどいてワンピース姿になった今の自分が、昨日の“召喚の場”で見た姿と印象が違うことは自覚している。いつも年齢よりも幼く見られるのだ。

 しかし彼は、すぐにそのわずかな表情の変化を拭い去り、無表情に戻った。


「……ルシリオ=ルーヴェンだ。このアレストリア王国の宰相を務めている」


(ルシリオ宰相、ね……わざわざ挨拶に来てくれるなんて、意外だ) 


 ルシリオは室内を一瞥した後、感情をほとんど込めない声で夕奈へ言い放つ。


「お前の処遇はまだ未定だが、決定するまでは俺の“客人”として最低限の待遇を保証する。ここでゆっくり過ごすといい。ただし──部屋からは出るな」


 それだけを言い終えると、ルシリオはすぐに踵を返した。

 部屋から出ようとするその背中に向かって、夕奈は慌てて声を掛ける。


「あの、ひとつだけ……お願いがあるんですが」


 胸の中でくすぶる違和感と焦燥感に声が跳ねそうになる──しかしそれを悟られまいと、夕奈は冷静な顔を取り繕った。

 ルシリオがゆっくりと夕奈へ視線を向ける。その目は、まるで何かを値踏みするような、冷たい光を帯びていた。


「……言ってみろ」

「図書室……もしくは、本が読める場所はありませんか?」


 一語一語を丁寧に選び、落ち着いた声を心がける。


「この世界のことを、少しでも理解しておきたいと思いまして……無用な混乱を避けるためにも」


 声は静かに、視線はまっすぐに。内心の不安を隠し、あくまで“冷静な客人”として振る舞うよう努めてた。

 それを聞いて、ルシリオはしばし沈黙する。

 その無表情の奥に、なにか計算するような光がわずかに差したような気がした。

 そしてルシリオは──やがて、静かに顎を引く。


「護衛を付ける。日が出ている間に限り、図書館へ入室を許可しよう。目的の本を選んだら、すぐに部屋へ戻れ。目安は1時間程度、それ以上の滞在は不可……それが条件だ」

「……ありがとうございます。十分です」


 表情は崩さない。だがその言葉の端に、安堵と喜びがわずかに滲んだ。

  すぐに姿勢を正し、深く丁寧に一礼する。


(はしゃいだらダメ。今は“大人の女性”として、礼儀正しく──)


 そのまま、扉が閉まるまで頭を下げたままでいる。

 そうして──扉が静かに閉まったあと、夕奈は思わずひとりごちた。


「……やった……!」


(言い方はムカつくし、相変わらず怖いけど……でも、思ってたより融通のきく人で良かった)


 胸の奥が、少しだけ軽くなる。


(とにかく、これで外に出られる。今日から早速行っちゃおう)

(昨日の夜に視た()()……あの、得体の知れない大怨霊のことも、何か手がかりがあるかもしれない)

(それに、知らない国の文化を知るには、根幹となる宗教を学ぶのが、一番手っ取り早いんだから)

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