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◇第三章<処遇の決定と相棒との出会い> 1

 塔での出来事から数日が過ぎた。

 冬の空は早く、午後にはすでに夕暮れの気配を漂わせている。


(暫くゆっくり出来ると思ったのに、もう呼び出しがあるなんて……)


 王城・執務の間。

 高い天窓から斜陽が差し込み、黄金色の光が床に伸びている。

 そこでは前回来た時と同じように、金髪の王と銀髪の宰相が机を挟んで並んでいた。

 王はにこにこと、宰相は相変わらず無表情で、書類を捌いている。


「先日の一件、聞いてるよ~」


 入室した夕奈に対し、先に口を開いたのはアレスト王だった。明るい笑みの裏に、どこか底知れない眼差しを湛えているように見えるのは、気のせいではないのかもしれない。

 その隣でルシリオが羽ペンをインク壺へ戻し、立ち上がって夕奈のもとへ足を向ける。


「早速だが、本題だ。この度、お前が『背伸びの貴婦人』とされる()()を祓った功績を認め、正式に召喚獣としての()()を与えることとなった」


 慣れない場の空気に緊張し、思わず聞き逃しそうになったが、サラっと告げられた言葉の中にいくつか引っ掛かるものを感じて、夕奈は小首を傾げた。

 夕奈が納得していない様子なのを見てか、彼は一枚の封筒を差し出してくる。

 封筒の中には一枚のカード──『許可証』が入っていた。


「召喚獣を伴って登城するには、契約主の『認可証』の携帯と、召喚獣への『魔封じの首輪』の着用が義務付けられている」

「魔封じの首輪、ですか?……でも、私には魔力がないのに」

「魔力の有無に関わらず、召喚獣には制約が必要だ……()()()でもな」


 その言葉に、夕奈は少しだけ表情を曇らせた。

 形だけ、とはいえ、それは“人間としてではなく、召喚獣として見られている”という事実に他ならない。


(そんな物を付けていたら、わざわざ「私は召喚獣です」って言っているようなものじゃない……)

(でも、それで今よりも自由が得られるのなら……仕方がないのか)


 夕奈は気を取り直すように微笑み、小さく頷いた。


「ありがとうございます。謹んでお受けします」


 その返答を確認すると、ルシリオは机上の小箱を開け、何かを手に取る。


「本来は召喚の場で行うものだが……式の続きだ」


 ルシリオの手の中にあったのは薄いプレートでできた銀の首輪──宝飾品のようにも見える繊細な意匠が刻まれたもので、中心には小さな魔石がひとつ、青い光をたたえていた。

 

 ルシリオは執務机から離れると、夕奈のすぐ目の前で足を止める。そして、彼はそのまま、ゆっくりと腰を屈める。

 夕奈の目線と同じ高さにその端整な顔が現れた瞬間、思わず声が出そうになった。


(ち、近……っ!)


 距離はわずかに拳ひとつ分。頬に触れてしまいそうなほど近く、銀の髪がさらりと揺れて、ふわりと香りが降ってくる。穏やかで深みのある、ほんのりと甘いジャスミンのような匂い。

 喉奥がひくりと震える。目の前にあるのは、常に冷静沈着で、どこか人間味の希薄な氷の策士──そのはずなのに。


(だ、だめ……顔に出したら負け……!)


 微かに熱を持った頬を、平静を装って引き締めた。

 ルシリオの冷たい指先が、そっと彼女の髪をかき分ける。その手は首の後ろへ滑り込むと、静かに、丁寧に、プレート状の留め具があてがわれる。金属がカチリと鳴った。首筋をなぞった彼の指先の余韻が、皮膚の奥に残るような錯覚を覚える。


 「──これで、正式にお前は俺の“召喚獣”となった」


 いつもと変わらない無表情でそう告げた彼が、小さく距離を取る。


 そして、初めて──名を呼んだ。


 「よろしく頼む、ユウナ」

 「……!」


 その音の響きが、胸の奥に静かに降りてきて、やわらかく灯をともす。彼の声で自分の名が呼ばれる、たったそれだけのことなのに、どうしてこんなにも心が揺れるのだろう。

 答えは出ないまま、夕奈はそっと視線を伏せ、小さく「……はい」と応じた。


 王はそんな二人の様子を楽しげに眺めながら、変わらない口調で話し出す。


「そういえば、最近は城内でも噂になってるよ。“異邦の女が、塔の霊を祓った”ってね」

「……そうなんですか」

「侍女たちは話好きだから、すぐ広まる。君、少し有名人になってるよ」


(確かに最近、侍女たちにあの塔の事を聞かれる事があるけど……そんな噂になっていたんだ)


「でもおかしいよね。()()()()()()()のにさ。魔物だったんでしょ?」

「……!」


 その言葉に夕奈はハッとし、思わずルシリオへ視線を送る。

 彼は表情を変えず、淡々と告げた。


「ああ。実際、あれは霊などではなく『人の姿を真似、男をおびき寄せる魔物』だっただろう?」

「……はい。全くもってその通りです。あれは私の世界では『怪異』と呼ばれる類のもので、“八尺様”という名がついておりました」

「それを彼女が、異邦の術をもってして、退散させたのです」

「へぇー!魔物の事、君の世界では怪異って言うんだね。同じような魔物がいる、っていう話も面白いな」


 アレスト王は特に疑う様子もなく、興味津々といった様子で頷く。

 なるほど、そういう事かと夕奈は合点がいった。ルシリオは夕奈を守るために、『背伸びの貴婦人』が霊的存在ではなく、“魔物”だったという報告をしたのだ。


「しかしその“霊を祓った”などという噂が、このまま悪い方向に広まれば、異端と断定され兼ねない。その危険性も鑑みて、お前には今後、城ではなく、()()()()()()()()()()()()ことになった」

「…………ん?」


 事務的にそう言い放つルシリオの言うことが理解出来ずに、一瞬、固まる夕奈。


(宰相さんの屋敷?……って、つまり──)


「ま、同居だね!“一つ屋根の下”ってやつ?」


 明るく告げる王に、ルシリオが鋭く睨みを送る。


「王よ、茶化すのはお控えください」

「はいはい……でもお前、この手の話になると本当、堅いな」


(嘘でしょ──⁉ 待って、なにそれ聞いてない!いやいや同居って、え、私いま首輪付けて認可されたばかりで、状況の整理が──)


「それにしても、ウェリア公爵令嬢の件、ようやく決着がついたって感じだな。お前も肩の荷が降りたんじゃない?」

「……はあ。その話は、もう散々聞いたでしょう」


 パニックになっている夕奈を余所に、話を続ける二人。

 ルシリオが面倒くさそうに返すと、王は「まあまあ」と手をひらひらと振って、にやにや笑った。


(……落ち着け、弓槻夕奈。召喚獣と契約主が一緒に過ごすのは、この世界では当たり前のことなんだ、きっと。宰相さんの屋敷で同居って言っても、あくまで“保護”の延長線。うん、そう。べ、別に、変な事じゃ……ないよね?)


「だって、お前、ずいぶん長く()()()()()いたじゃないか。あのウァルド家、しかも王女付きの令嬢だからって……」

「……王」


 ルシリオのその一言は、普段と変わらぬ声音でありながら、明確な釘を刺す意図があった。しかし、アレスト王にはそれも大した効果は無いようで「はいはい」と変わらぬ態度でいる。

 肩をすくめて笑う王の声を聞きながら、夕奈はそれどころではない内心を落ち着かせた。


 そして……ふと、今の会話に違和感を覚える。


 あの時の塔でのやり取り──無言で霊を見送り、何も語らなかった彼の沈黙。

 それが今になって、少しだけ、引っかかった。


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