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◇第二章<“推理”と宰相の協力> 4

 ウェリア公爵令嬢の部屋から、夕奈が一番初めに背伸びの貴婦人を視た廊下へ出る。

 廊下にはひんやりとした夜気が漂っていた。石の壁を伝って届く冷気と、月明かりに淡く照らされた床。その静けさはまるで、時間さえも歩みを止めてしまったかのようだ。

 ゆらりとカーテンが揺れるたび、誰かの気配が通り過ぎたような錯覚を覚える。それは、霊の残滓か、それともただの風か──そんな中、ルシリオは足を止め、夕奈の方へと振り返った。


「──お前、“視えて”いたな、アレが」

「……宰相さんも、ですよね」

「いや。俺は、気配を“感じる”程度だ。お前のようにはっきりと……それも会話ができるほどに視て、聞こえる者など、聞いたことがない」


 淡々とした語調の奥には、よく研がれた刃のような冷静さと、張り巡らされた警戒心があった。


「それに、お前も調べていたようだから、知っているとは思うが……この国では、死者の魂は『ノアル』へ還るものとされている。“この世に留まる霊”の存在は、王立教会の教義から見れば異端だ。くれぐれも、他言しないように」


 ルシリオは目を眇めて、さらに厳しく言い放つ。


「精神の病だと思われればまだマシだ。もし……異端として認定されれば、先ずもって命はない」

「……っ」


 夕奈は、ごくりと喉を鳴らす。

 ──何がタブーか、それがどれくらいタブーなのか、まだ理解の浅い夕奈にとっては、肌に触れる空気さえ冷たく思えるほどに、その忠告は鋭く──まるで、冷水を浴びせかけられたかのようだった。


「……私の世界では、視える人がまれにいます。だから……この世界でも、そういうものなのかと」

「……」

「『背伸びの貴婦人』の噂は広まっていましたし、被害も出ていた。なら、視た人がいたはずだと、思っていたんですが……」


 その夕奈の言葉に、ルシリオは静かに頷く。


「確かに、夜の城内の見回り中に、この塔に居る異様な上背の女を見たという報告は、数件あった」

「じゃあ、やっぱり……ある程度、視える人はいるってことですね」

「だが“口がきけなくなった”だの、“心神喪失した”だのというのは、大げさだな。あれは、尾ひれがついたにすぎん」


 ルシリオはわずかに顔を上げ、窓越しの夜空を仰ぐ。月の光がその端正な横顔に淡く影を落とし、雪のような銀髪を照らしていた。その輪郭は、月明かりに溶けこむように朧げに揺らめいて見える。

 そしてルシリオは、思う所があるように言葉を継いだ。


「この国では、()()()()()()ものとされている。口にする者が少ない以上、視える人間の正確な数など分からない。ただ──王立教会の目が届きにくい場所では……そういう話も、少なくないらしい」

「……?」

「特に、平民の間ではな。“視える”と自称して、口で飯を食っている者もいると聞く。娯楽として広まっている地域もあるそうだ」

「! それって……」


 夕奈の胸の奥に、じわりと熱が灯る。

 驚きと、それ以上に嬉しさが、静かに染み渡っていった。


(この世界にも……怪談師がいるんだ……!)


 二人は話をしながら、歩みを進める。


 階段は月の明かりだけが頼りだった。

 影が石の段差に長く伸び、歩くたびに小さく揺れている。外から聞こえる虫の声と、二人の足音だけが、この塔の夜を満たしていた。


「──どれほどが与太事かは、定かではないが。俺のように、一定数“視える者”はいる。しかし、先ほども言った通り、お前ほどはっきりと視える者がいるという話は、聞いたことがない」


 やがて、塔の玄関が見えてくる。

 ルシリオが扉を開くと、澄んだ夜気が一気に流れ込む。空は墨を流したように黒く、ほんの少し欠けた月が塔の屋根越しに顔を出していた。星の粒が音もなく瞬き、まるで今夜の出来事をすべて見ていたかのように、静かに空を見下ろしている。


 塔から出ていくと、出入口の前で待っていたサイラスとミラが、すぐに駆け寄ってきた。ミラは何も言わずに、厚手のストールを夕奈の肩へと掛ける。気付けばずいぶんと冷え込んでおり、夕奈は小さく礼を言って、その温もりをありがたく受け取った。


 ルシリオは、来た時と同じ手順で丁寧に錠をかけると、鍵を確かめるように一度視線を落とし、そして静かに振り返った。

 そして沈着な声音で、夕奈に言葉を投げかける。


「……異端とされるかもしれない力。だが、その力にて城内の騒動を一つ収めたのも、事実。お前の処遇については、これまで保留にしていたが……今回の功績を鑑みて、改めて検討する」

「……は、はい……」

「追って通知する。待機しているように」


 突然の“評価”に、夕奈は思わず間抜けな声を出しそうになったが、慌てて飲み込む。


(なんか……上司っぽいな。あれ、でも雇い主?だから、ある意味それで合ってるのか……)


 ルシリオはそれ以上は何も言わず、歩を進める。

 夕奈もストールを握り直し、静かに彼の背を追った。



 部屋へ戻り、灯りを落として寝台に身を沈めた夕奈は、ぼんやりと考え事をしていた。

 隙間風がカーテンをかすかに揺らし、月明かりがまるで水のように天井へ流れ込んでいる。


(……ウェリアさんに、私の“語り”が届いた気がする)


 現実世界では、自分も宰相さんのように、せいぜい“感じる”程度だった。

 それがこの世界に来てから、まるで生きている人のように、霊の姿がはっきりと視えるようになった。


(私……もしかしたら召喚に失敗して、誰かの代わりにこの世界に、誤って来てしまったんじゃないか、って思ってた)

(……でも……)


 眼を閉じる。

 脳裏で再生されるのは、幼い頃──祖母が暖かい声で語ってくれた、あの言葉。


『人は、恨みを抱いて死んだら、魂がこの世に縛り付けられちまう。でもね、その後も“どうか安らかに”って、思ってくれる誰かがいれば…… 魂はちゃんと行くべき場所に辿り着けるのさ』


「……私は、その“思ってくれる誰か”になりたい」


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