2日目ー2 既視感のある男の子
「ほんとにどこいったのあの子……!」
シグニーミアを探して十分は過ぎた頃、月瀬は自転車にまたがったまま嘆いていた。この家に移動用の道具は月瀬用自転車しかない。シグニーミアが徒歩で行けそうな範囲は全て探し回ったのに見つかる気配がないせいだ。
今日もあまり暑くないーーそもそも、元々この地域はそこまで暑くならない。終業式の日に太陽と温室効果ガスが手を取り合ってバカやってたような気温であった事がおかしいのだーー為、短時間歩いた程度でぶっ倒れる危険性は考えなくてもよさそうなのが数少ない幸いか。
――どうしよう塀とか屋根とか飛び乗ってたら……!
普通ならありえない発想な上、まだ彼女の脚力がどれくらいあるかを月瀬は知らないが、スマホの件を思い出すと完全否定出来ないのが今の現状だ。なぜ手の力があんなにあるのに足の力が無いなんて発想ができようか。
周囲の建物や木々を見渡しては物音のした方を反射的に確認するも、大体が風か鳥か小動物である。屋根や枝にそれっぽい影が無い事を把握し、はぁ、とため息一つ。
「……問題起こしてませんよーに……」
万が一、シグニーミアの暴走が他者に向かった場合はどうなるだろう。謝罪は確実にしなきゃいけないとして、弁償、下手したら訴訟される事もありえる。
貯金が減る――場合によっては全部なくなる――のは辛いし、なんと言っても問題を起こした事が学校や親戚一同に伝わるのは全力で避けたい。
どうしてこのような目に遭っているのだろうか。遠くなった目に映るのは空を埋め尽くす程の綿雲の間から見える小さな青空。
古びた自転車のキコキコという音が、やけに頼りなく感じた。
***
そのまま数分自転車をこぐと、そこそこ大きめの公園にたどりついた。外周をぐるっと回りつつ中の様子を見る。シグニーミアは居ない。ここも外れかとペダルに乗せた足に力を込める。
だが。
「! 誰か居る……!?」
公園の中で一番大きい遊具である巨大滑り台の下に人影があることに気がついた。もしかしたらシグニーミアだろうか。
自転車を公園入口で止め、期待半分不安半分のまま滑り台の元まで向かう。
そこに居たのは、体育座りでうずくまったショートカットの子供。顔こそ見えないものの、身動きが取りやすそうな半袖短パンを来たその子供は、どこからどう見てもシグニーミアではない。
期待が空振った事に落胆し、心のなかでため息をつく月瀬。
――ミアじゃなかった。……この子、かくれんぼ中なのかな、じゃあ邪魔しちゃ悪いよね……。
こんなところで一人うずくまっているなら、きっとかくれんぼ中なのだろう。自分がここに居たら楽しみを奪ってしまうかもしれない――そんな思考回路の元、子供の側から離れる。
そのまま自転車の元まで戻り、再度シグニーミア探しを続けようとしたところで、ふと気がつく。
「……あれ、子供全然居ない」
ふつう、かくれんぼなら子供達の声が聞こえるはずだ。
だが、周囲をいくら見渡しても先ほど見た子以外の子供の姿が見当たらず、声も聞こえない。
居るのは東屋でいちゃついている見知らぬカップルと、遠い目をしたままブランコで黄昏れている知らないおじさんくらいだ。
――なんだろう、嫌な予感がする。
今、道草を食べてる余裕は無い。だからこのいやな予感も気の所為であってほしい。
だが、気の所為だと信じて放置し、気の所為でなかった事が判明した場合、間違いなく自分は後悔する。
一昨日の件といい、中途半端にお人好しな自分が嫌になる。くそ、と悪態をつくと、月瀬は自転車にまたがり、近くのコンビニへ向かった。
***
それから約十分後。
「――ねぇあなた、ずっとうずくまっているけど、大丈夫?」
コンビニでスポーツドリンクと手頃なお菓子を買い、滑り台の側まで戻ってきた月瀬。
タコを模した滑り台は通り道用としての穴こそあれど、熱が伝わりやすい材質であるらしく、月瀬が穴を覗き込むとむわっとした熱気が漂ってきた。
そのままうずくまっている子供に声をかけると、子供はビクリと小さく肩を震わせ、恐る恐るといった様子で顔を上げた。……どんよりとした表情、虚ろな目、上気した頬……軽度の熱中症のように見える。
「!? だ、だいじょうぶ、です……」
驚愕を孕んだ弱々しい声の持ち主は男の子であった。服装や顔つきの幼さからして小学生だろうか。
見た目も声もシグニーミアとは全然違う。だが、月瀬はその顔に既視感を抱いていた。
――あれ、どこかで見たことあるような?
だが、自分にはこんな子供の知り合いなど居ない。既視感を気の所為の言葉で払拭し、月瀬は言葉を重ねる。男の子は無言でこちらを見つめる月瀬に警戒した表情を浮かべていたのだ。
「――あ、ああ。まじまじと見つめちゃってごめんね。ちょっと熱中症のように見えて……。その、あなた、飲み物ある? あ、奪うわけじゃないから安心して」
「え? ……い、いえ。その、持ってきた分、無くなっちゃって……」
「やっぱり……!」
嫌な予感的中。直感に従ってよかったと安堵しつつ、月瀬は鞄の中から買ってきたばかりのスポドリとお菓子を取り出し、少年に押し付ける。
少年が「えっ」と驚愕を漏らしたのと、月瀬が口を開いたのはほぼ同じタイミングであった。
「これあげる。あとこれも! あと、ここよりもあっちのベンチの方が木陰になってるから涼しいと思う!」
「あ、え、ええと? あ、ありがとう、ございます……?」
少年は目を白黒させながら困惑していた。間違いなく変なやつと思われている。下手したら彼が帰ったあとに不審者として扱われるかもしれない。だがなにもしないよりはずっといいと自分に言い聞かせる。
「いいの! あ、そうだ。あなた、女の子見なかった? ちょっとピンクがかった灰色の髪が腰くらいあって、身長が私のあごくらいの、とっても可愛い女の子!」
「え? ……あ、そういえば、あっちの方にそれっぽい子が向かっていった、ような……?」
少年の指さした方を見る。確か、ここから数十メートルも離れていない場所にシャッター街がある。チンピラが集まっているとかであまり治安の良くない場所だ。
シグニーミアが居てもおかしくはない。
正直言って行きたくないし近寄りたくもないが、今はこれくらいしか手がかりがない。
「ありがとう!」
月瀬は少年にお礼をし、踵を返して自転車まで向かう。……途中でとても大事な事を思い出し、振り返った。
「あ、あと! 私が言っても説得力ないけど! 普通他の人から何か貰っても食べたり飲んだりしたらダメだからね!」
「は、はいっ」
「でもそれ開けてないから安心してね! 言ってること矛盾しててごめんね!」
「あ、ありがとう、ございます……?」
困惑したような少年の声が聞こえた時、月瀬は自転車のロックを解除していた。そのまままたがり、再度彼に会釈をして去っていく。
一方で、一人残された少年は両手に貰ったばかりのスポドリとお菓子を抱え、口をぽかんと力なく開けていた。
「……何だったんだ今の人……?」
非常にまともな感想である。