2日目-1 【急募】常識か保護者かGPSか連絡手段
その後、家の持ち主である父方の祖母に「経年劣化で玄関の鍵が壊れたから付け替える」という旨を伝え、鍵を業者に交換してもらい、床にぶちまけたスポドリを掃除し、シグニーミア用の日用品や部屋を用意し、ついでに通販で月瀬のnewスマホを購入したら、夏休み一日目が終わってしまった。
そんなこんなで夏休み二日目。時刻は朝と昼の中間くらい。
月瀬は自室で机に向かい、学校で出された夏休みの課題に集中していた。
ふと時計を確認すると、目標時間を過ぎてる事に気が付く。月瀬は区切りのいいところまで進め、軽くのっぴをした。
――自分の時間、最高……!
自分の時間。すなわちシグニーミアから解放されている時間。おおよそ四十八時間ぶりに味わった解放感は、月瀬の心を軽くさせるのには十分すぎた。これが課題消化の時間ではなく遊びに使える時間であったら一万倍は嬉しかったのだが、贅沢は言わない。
ちなみに、今のシグニーミアは月瀬のベッドに転がっている。
その手には月瀬が与えたタブレット――勿論、壊されない為に「絶対壊しちゃダメだからね!」と操作方法と力加減を叩き込んだ――があり、電子書籍の読み上げ聞いているのだ。
余談だが、彼女はまだ字が読めないという事が少し前に発覚した為、文字を覚えてもらうのも目的の一つである。
日本語は複雑な上に膨大な単語からできているが、ロクに会話が成立しなかった時から一日足らずで最低限の意思疎通ができるようになったのである。きっと短時間で覚えてくれるだろう。
――ミアも勉強頑張ってるし、私ももっと頑張らなきゃ。というかこのタイミング逃したら次に課題できるのいつになるのか……!
心のなかで意気込み、再度課題に目を落とす月瀬。
数問問いたところで、ふと視線を感じて横を見る。
寝転がったシグニーミアがこちらを凝視していた。
背中に流れる汗一粒。すごく嫌な予感を覚えながらも、月瀬は口を開く。
「……どうしたの」
「飽きた!」
「……。そっかぁ……」
ああなんという事だろう。嫌な予感が当たってしまった。
一応、月瀬のタブレット内には小説や漫画の電子書籍が多く入っている。どれか一つでも心酔してくれればと願っていたのだが……。
――まぁ、一時間もっただけマシか……。
これ以上課題を進めるのは無理だろう。心のなかで涙を流し、月瀬はそっと問題集を閉じた。
***
課題ができなくなったところで、これからどうしようかと策を巡らす。ちなみにタブレットは返してもらった。
――普通の子なら、ゲーム機渡して「これで遊んでて」で放置できるんだけど。
ベッドに座り、目を閉じて何度も首をひねる。隣に座るシグニーミアは最初きょとんとしていたが、やがて月瀬と同じように目を閉じて首をひねり始めた。なお、こちらは何も悩んでいない。
――じゃあ、一緒にゲームするとか? 一応できなくはないけど……カッとなってコントローラー壊されそうなんだよな。
カバンを引きちぎり、スマホを折り、玄関の鍵を自然な動作で壊したという蛮行を昨日一昨日で成した彼女の事だ。うっかりコントローラーを破壊するなんて赤子の手をひねるも同然だろう。
そもそも、月瀬には友達と呼べる程仲の良い存在はおらず、複数人で遊ぶことを想定したゲームはオンラインオフライン問わず所持していない。
時計を見る。昼食を用意するにはまだ早い。
冷蔵庫の中身を思い出す。おやつを用意したら昼食前に食べきってしまうだろう。
部屋を見渡す。掃除しなくてはいけないほど汚れていない。
外を見る。通販で買ったスマホがまだ届いてない為、もし自分が居ない時に警察からシグニーミアの親が見つかったと連絡が来ても対応できない。
はぁあ……と巨大なため息をついて後ろに倒れ込む。ベッド特有のぼふんという聞き心地のよい音が連続でした。ちらりと横を見れば、シグニーミアも月瀬と同じ姿勢でベッドに倒れ込んでいた。
――いい案が思い浮かばないな……。
身体から力を抜く。このまま二度寝タイムも悪くないと思い、目を閉じる。
そこでふと気がつく。全部自分の都合を優先に考えているという事に。
――あれ、最初からミアに聞けばよくない?
せっかく意思疎通がある程度できるようになったのに、自分の都合しか考えないなんて残念な人間の思考回路である。
月瀬は目を開き、寝っ転がったまま横を向く。シグニーミアの姿が視界に入った時、家で使っているリンスの香りと知らない花の香りが混ざった不思議な良い香りがした。
「ねぇ、ミア。あんたは何かやりたい事とかないの?」
ミアは言葉に反応し、顔だけ月瀬の方を向いた。そのまま少しの間悩むような素振りを見せ。
「……人助け、かな?」
そうつぶやいた。
とくん、と心臓の鼓動が聞こえた気がして、月瀬は昔抱いていたときめきを思い出した。やはり、魔法少女はこうでなくてはいけない。
「ああいいね。魔法少女らしい。行ってきなよ」
「ツキセは?」
「私はまだ課題あるからそれやるかな」
「えー」
シグニーミアは不満そうに唇を尖らしたが、そのままむくりと起き上がった。そして、ベッドから降り、玄関に向けてのそのそと歩き出す。
――あれ、駄々こねられると思ってたのに。課題できるのは嬉しいけどさ……。
予想外の出来事に目を丸くしつつも、月瀬は内心ほっとしていた。シグニーミアは昨日一昨日と比べて格段に聞き分けがよくなってる。これなら月瀬も課題の続きをこなせそうだ。
玄関扉の閉まる音が聞こえた時、月瀬もベッドから身を起こし、再度机に向かった。課題はまだまだある。せめて一教科だけでも終わらせなくては――そう思い中途半端にこなした問題集を開く。
そして、とてもまずい事情を思い出した。
「――って待ってあの子一人にするのまずい!! まずくない!?」
そう、月瀬はシグニーミアとの連絡手段及び彼女の居場所がわかるものを持ち合わせていない。このままシグニーミアの親が見つかった等で警察から連絡が来ても……否、昨日は家電が無いという設定を押し通した。だからシグニーミアを迎えるため家に警察がやってくる可能性の方が高いだろう。どのみち対応できないが。
それどころか下手したら彼女が何かしらの事故に巻き込まれる可能性だってある。そもそも彼女は日本で家の外をうろつく際のルール――交通ルールとか――を知っているのかすら怪しい。昨日交番に行くときにさらっと教えたがそれでも一人でうろつくには危険すぎる。
勿論、シグニーミアが何かやらかす可能性を忘れてはならない。彼女と出会ってから一時間以内に起きた出来事を月瀬はよく覚えている。
彼女が誰にも危害を加えない保証なんて、どこにもないのだ。
「ええい何が行ってきなよだ一分前の私死ねぇ!!」
先程までの穏やかな雰囲気はどこへやら。月瀬はかつての自分に罵声を浴びせながら、慌てて最低限の荷物だけを持ち、玄関扉を勢いよく開けた。