1日目ー3 魔法少女系物語で警察は役に立たないお約束
外に連れ出すなら魔法少女用の服が必要だろうと、月瀬はクローゼットから古い服を取り出す。それを彼女に渡して着替えを促すと、魔法少女は従ってくれた。
そのまま服を脱いだ魔法少女の体が見え、違和感一つ。
「……そういえばあんた、怪我どうなったの? 昨日お風呂に入れた時だいぶ治ってたけど……」
「ん!」
着ていた月瀬用のパジャマを魔法少女が投げ捨てると同時、月瀬の顔が一瞬ぎょっとしたものになる。
だが、すぐにその表情は驚愕へと変わった。
彼女の体が傷跡など何一つ無い綺麗なものになっていたからだ。そう、昨日見た傷は勿論、傷跡さえも何一つ無い、とても美しい体に。
「綺麗になってる……。流石回復魔法の使い手……!」
「どや!」
「……でも、堂々と服脱ぐのは止めようね。ほらこれ着て……」
「んー……」
そんなこんなで、魔法少女に衣服を着させ、ついでに自分も着替えた月瀬。
魔法少女が着ている服は、月瀬が数回も着ていない綺麗な服。白と水色を基調とし、フリルや青いリボンのついたワンピースは完全に自分好みなもの。
彼女の可愛さと服の可愛さが相乗効果を発揮し、モデルも真っ青なKAWAIIの化身となった彼女に対し強い興奮と羨望を抱く。
――いやしっかしこの子本っっ当に可愛い! 人形みたい! ……私も、こんな風に可愛かったらなぁ……。
余談だが、下着も着用する事なくサイズオーバーしたものを着せた。
次の大掃除の日になったら捨てようと思ったまま数年放置していた過去の自分と、虫に食われていなかった事の奇跡に感謝したのは言うまでもない。
防虫防ダニ防カビを謳う衣類収納袋は偉大である。
「……オマエの服、なんか違う」
「んー? ああ、私そういうの似合わないから……。あとこの服楽なんだ」
「ふーん?」
一方、月瀬の着は普段着。ゆったりとした水色のズボンに、紺色のポロシャツを身にまとう。魔法少女に渡した服とは違い、シンプルな印象が強い。
全身鏡の奥に居る自分を見つめてみる。
魔法少女よりも頭半分高いどころか女子の平均よりも高い身長、大した事はしていないはずなのに全身についた筋肉、筋肉質な割には駄肉の落ちない胸と尻。……やはり、魔法少女に着せた可愛いロリータ系ファッションが似合う体格ではない。
ため息一つついて、鏡に背を向けた。
「今日、何する?」
「とりあえず交番に行くよ」
「こーば? なにそれ」
「あなた、記憶無いみたいだし何か犯罪に巻き込まれてるかもしれないから、そういうのに詳しい人に保護してもらおうと思って。あと親御さん心配してるかもだし?」
「……そう」
魔法少女の声が低くなった事に気づかないまま、月瀬は出かける準備を続ける。
魔法少女自分に日焼け止めを塗り、彼女が着ていたボロボロの服――昨日、手当の時に脱がせようとした際、脱皮の如く背中からぱっかーんと脱げたのだ――を適当な袋に詰め、身分証明書や自宅の鍵などが入ったカバンを持つ。
そろそろ日焼け止めも効いてくる頃だろう。靴を履き、魔法少女にガーリー系の靴を履かせ――古びているしサイズもちょっと大きいが、歩行に支障はなさそうだ――暑くない午前中のうちに外へ出た。
太陽が隠れているおかげで涼しい。これなら交番まで三十分歩くのも耐えられる。
***
そして、小さな交番にて。
「こういうのは見つけた時に通報してほしいなぁ……」
「すみません! ちょっと今スマホ壊れてて……あと昨日すごく暑かったし、この子熱中症っぽかったので、一旦涼ませた方が良いかなと……。近くにコンビニもスーパーも無かったのでっ、家が一番近かったのでっ! スマホ壊れてるから救急車も呼べなくてっ! 誰も頼れなくって! この子回復するまで待ってたら夜になっちゃって! 夜に外出るの怖くて――」
「わ、わかったから一旦落ち着いて」
――今はちょっとすましてるけど、その子昨日山猿みたいな態度取ってたあげくスマホ壊したから通報できなかったとか口が避けても言えないに決まってるじゃん! 家電あるけどバレたら壊されるんじゃとビビってたんですよあたしゃあ!!
優しそうな男性警察官を相手に、水飲み鳥のように頭を下げながら事前に考えた言い訳を話す月瀬。逮捕される事なく、あわよくば何事もなく引き渡せますようにと強く祈る。
先ほどまで「自分は大人だから子供を保護しなくてはならない」と崇高な意思を持っていたのに、今は「法律とかよくわかってない子供がたまたま拾っちゃったと勘違いしてくれますように!」と強く願っている始末だ。
逮捕は嫌だが魔法少女を家に置きっぱなしなのがバレて大事になるのはもっと嫌。
「うーん。……確かにこの辺り、人通りも街灯も多くないしなぁ。女の子二人で夜歩くのは怖いよなぁ」
なんとかなりますようにという月瀬の強い願いが通じたのか、警察官は「んー……」と気の抜けるような声を発しながら小さく頷いた。
なお、魔法少女は交番の中を興味深そうに見渡していた。月瀬の事など知らんといった様子である。
「今の子ってスマホしか持ってないんだっけ。……あれ、親御さんは?」
「一人暮らししてるんです」
顔を上げながら事実を口にする。いきなり拾った子を泊める事ができたのは、家を提供してくれた父方の祖母のおかげ。
高校生とは良い身分だ。一人暮らしな事に多少驚かれこそするものの「学校が実家から遠いんだな」と勝手に納得してくれる。
「へぇ。若いのに凄いねー。……でも、次からはなるべく早く通報してね。倒れてる人を日陰に寄せてコンビニに駆け込むとかでもいいから。まぁ、今回は事情が事情だからしょうがないと思ってるけど、本当は未成年を親の許可無しに泊まらせたら誘拐扱いになるからね」
「ぞ、存じております」
「はーい。じゃあ、何かあった時に連絡できるように、ここに名前と連絡先書いといて。……それで、そっちの君。見たところ、ここらの子じゃないけど……名前とか、お家がどことか言えるかな?」
どうやら、この警官は穏便に済ませてくれるらしい。彼はほっとしている月瀬に連絡先等を記入できる書類やペンを渡すと、心配そうに眉尻を下げて魔法少女の前にしゃがみこんだ。
半歩下がった魔法少女が月瀬の服の裾をきゅっと掴む。
「……言ったら、どうなるの?」
「まずはお父さんやお母さんに連絡するよ。できればお父さんお母さんのお名前や電話番号も聞きたいんだけど……」
「あ、あの。実は、この子、記憶喪失みたいなんです。聞いても両親も家もわからないって……」
「えっ!?」
魔法少女がまごまごしていた為、助け舟を出した月瀬。目を見開いた警察官が一瞬月瀬を見て、魔法少女をまじまじと見つめる。魔法少女が小さく頷くと、警察官は口を開いた。
「まいったな……。とりあえず、こちらで保護するよ。近くで迷子の情報が無いかも探してみる」
「……じょーほー、無い。どうなるの?」
「うーん。色々やんなきゃいけない手続きとかあるけど……多分施設行きになると思う」
「しせちゅ?」
「お父さんやお母さんの居ない子が集まる場所でね、引き取られるか大人になるまで集団生活するんだ」
警官が優しい声で説明し終えたと同時、服の裾を軽く引っ張られる。振り向くと魔法少女がこちらを見上げていた。大きな二色の目がじっと月瀬を捉えている。
施設に預けられる事を想像したのだろうか。その瞳は微かに震えていた。
「……離れるってこと?」
「私と? まぁ、そうだね」
「ぅー……」
書類に住所等を描き終えた為、ペンを置く。魔法少女が小さくうつむくが、相変わらず裾を掴んだままの手は離す気配すらない。側でしゃがんでいる警察は静かに二人のやり取りを見守っている。
月瀬は年下の子の世話などしたこと無い。だが、なぜか彼女とここで別れるのを口惜しくなっている自分がいる事に気がついた。
――ちょっとの間しか一緒に居なかったけど……少し懐かれたのかな?
喉元過ぎれば熱さをもなんとやら。カバンとスマホの死を見届けてから二十四時間も経っていないというのに、しおれてる彼女を見て胸の奥が温かくなっている。やはり憧れていた魔法少女に出会えたからなのだろうか。
だがその感情に甘えている余裕は無い。少し名残惜しいが、彼女は完全な大人に保護してもらうべき。もしこの子の言う敵とやらが襲撃したとしても、警察なら自衛隊との連絡もスムーズに行えるはずだ。少なくても一般市民よりは。
そう思った矢先、魔法少女の目が伏せられて。
「……うーん。それは、大分困るなぁ」
舌っ足らずさの消えた魔法少女の声。
同時に、月瀬の目の前は真っ暗になった。
――え?
膝がガクッと崩れ、体に力が入らなくなる。
唐突に平衡感覚を失った体は重力にされるがままになり、やがて背中に強い衝撃を与えた。
痛みに顔を歪める。それが地面に激突した痛みである事を理解するより前に、眠るように月瀬の意識は闇に落ちた。
「え……? ちょ、き、君!?」
警官は突如ぶっ倒れた月瀬に一瞬戸惑いを見せるも、すぐに緊急事態と察したらしい。素早く月瀬の元へ寄った彼が声をかける。
「大丈夫かい!? 返事をし――」
「あなたも、ごめんね」
隣で月瀬がぶっ倒れたというのに、非常に落ち着いた魔法少女の声。
警官がとっさに振り向く。それと同時に、彼の目が大きく開かれた。
そこに居たのは、右腕を大鎌のような形に――皮膚の色ではない。白い模様のある深い赤。ヘビのような鱗。膨張しきって凸凹のある腕はまるでファンタジー作品に出てくる化物と融合したかのよう。そんな禍々しい見た目をしていた――変形させ、赤黒い刃を彼に向かって振り下ろした薄荷色の瞳を持つ魔法少女であったのだから。