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8日目ー1 陽だまりの中の影

 ベッドに入ってから数時間後。月瀬は見覚えのある町に居た。

 小さくカラフルな建物が転々と並び、奥には水車小屋や風車と思われし施設もある田舎風味な光景。あちらこちらで人々が楽しそうに働いたり、談笑するこの光景は日本のものとは思えない。

 まるで、可愛さを謳うMMO系RPGの世界に迷い込んだかのよう。

 

 ぽかぽかとした日差しを肌に感じながら、月瀬はそんな光景をぼーっと見つめていたが。

 

 ――あ、夢だこれ。

 

 そう思ったと同時に、体を動かせる事に気がついた。

 

 ――どこだここ? なんか見たことあるような……でもこんな風景のアニメとか見てたっけ……?

 

 ここはどこか尋ねようと、月瀬は近くで井戸水を汲んでいる人の元へ向かう。

 その最中、見覚えのあるピンクグレーが視界の端をよぎり、思わず振り向いた。

 そして、体が強張る。

 

「ミア!? ……と、お兄さん!?」

 

 そう、そこに居たのは、瞳が翡翠色のシグニーミア――今よりも僅かに幼く見える上に、大事そうに赤毛の人形を抱いている――と、写真で見たシグニーミアの兄であった。動揺する月瀬には気がついていないらしく、二人は整備の追いついていない道を談笑しながら歩いていく。

 そよそよと吹く風に二人の長髪がなびき、まるで姉妹が歩いているかのよう。

 

 月瀬はその背中をぽかんとした目で見ていたが、すぐに正気に戻って周囲を見渡す。三百六十度のなだらかな水平線を確認したところで、この既視感に終止符を打った。

 

 ――あ。ここ、ミアの故郷だ!! なんか見たことあると思ったら!

 

 あの時は窓越しに見た景色だった上、今見ているのは明らかに滅びる前の光景。既視感として処理されたのはこれが理由だろう。

 

 声をかけようと口を開ける。が、喉が動かない。

 そんな中、どこかから兄妹の名を呼ぶ声が聞こえた。声の方向を見やれば、片手で抱えられるくらいの袋を抱えている男女が居る。和やかな雰囲気からして知り合いだろう。

 月瀬はとっさに建物の影に隠れ、様子を伺った。

 

「よう二人共。出発までもうそろそろだろ? うちの野菜食ってたんまり魔力つけな!」

「果物もあげるからねぇ。いっぱい食べるんだよ。大変な旅をするんだからね」

「ありがとうございます」

「ありがとう! わたし達頑張るからね!」

 

 兄妹二人が袋を受け取ると、シグニーミアの兄は深々と頭を下げ、シグニーミアは弾けるような笑顔を浮かべた。

 その姿を視界に納めながら、月瀬は廃教会ことシグニーミアの実家の様子を思い出す。

 

 ――そういやあの家、何かが腐ったような臭いは無かったな。やっぱり旅に出てたんだ。

 

 自分の推理が当たっていた事に納得するも、旅の理由がわからない。


 ――旅、ってなんだろう。カイネさんの追いかけ……にしては雰囲気が和やかすぎる……。


 何があるのか話してくれないかなという期待を込めて四人を見つめるも、彼らは特に情報を出さないまま解散していった。

 兄妹が歩き始め、月瀬も慌てて後を追う。

 

「えへへ、いっぱいもらっちゃった。お兄ちゃん、晩ご飯はパイにしてよ」

「じゃあ……シーニーの苦手なズキューニがたっぷり入ったやつを」

「どうしてそんな酷いことするの!?」

 

 どうやらシグニーミアはズキューニとやらが苦手らしい。にやにやとしている兄を見上げる彼女の目は明らかに吊り上がっている。

 だが、彼は本気で嫌がらせをするつもりは無いらしい。頬を膨らませぷんすかしているシグニーミアを愛でるように破顔すると、その頭を優しく撫でた。

 

「撫でたって誤魔化されないんだからねー!?」

「ははははっ。まぁまぁまぁ」

 

 からかうような笑みを浮かべながら頭を撫で続ける兄。

 そんな横顔に、既視感一つ。

 

 ――あれ、あの笑い方、どこかで見たことあるような……?

 

 月瀬は彼をじっと見つめる。

 聖職者を連想させる黒のカソック、背中まであるピンクグレーの長髪、そして、透き通るような金色の瞳と、左目の傍にある泣きぼくろ。

 写真で見た通り。逆に言えば、写真以外では見たことがない。今の笑い方も写真のものとは違う。

 

 ――だめだ、わかんない……。

 

 そんな月瀬が頭上に疑問符を浮かべていると、兄はシグニーミアを撫でながら困ったように前を向く。

 

「でもズキューニは余ってるからなぁ……。小さく切るから、ね?」

「……おやつ作ってくれるならいいよ」

「んー。じゃあ、おやつにリィゴのコンポートを添えよう。それで勘弁して?」

「ならよし! やったやった! リィゴのコンポートだ!」

 

 困ったように笑う兄の傍を、破顔したシグニーミアが歩きながらぴょこぴょこ飛び跳ねる。

 そんな微笑ましい光景に、月瀬の胸がちくりと傷む。

 

 ――仲良いなぁ……。いいなぁ、温かい家族……。

 

 からかいつつも妹を見守る彼の様子は、亡き母方の祖父を連想させた。

 微笑ましい光景なのに、胸の奥が苦しい。

 

 兄の「こらこら、道端ではしゃぐんじゃない」という声が遠くに聞こえ、泥濘に踏み入れてしまったかのように足が重くなる。

 月瀬の歩みが自然と止まり、兄妹との距離が離れていく。

 

 微笑み合う兄妹が眩しいように見えたのは太陽のせい、そう自分を無理やり納得させた。

 自分にギリギリ聞こえる程度の小さなため息を零し、兄妹から顔を背ける。

 そのまま現実からも逃げるように、そっと目を閉じた。

 

 次に目を開いた時、視界にあったのは見慣れた天井。

 夢から覚めたのだ。

 

「……うっへ……。朝からしんどい夢みた……」

 

 いつもよりも重く感じる体を動かし、スマホで時刻を確認する。いつもの起床時間よりも数分早い。

 反対側を見る。いつも通りのシグニーミアの無垢な寝顔があった。

 夢で見たよりも何歳か大人びている顔つき。だが、その幸せそうな顔は先程見た夢のものと瓜二つ。

 

 ――仲良しだったなぁ。……まぁ、ただの夢かもしれないけど。

 

 夢で見た兄のように、頭を軽く撫でる。さらさらとした感触が絹のよう。

 その一方で、月瀬の心が古い傷を思い出したように疼く。

 

 大事な家族が居ないという点で親近感を覚えたが、あんな仲良しこよしな様子を見せられちゃあ大分思う所が出てくる。

 一方で、それは月瀬の思い込みであるという点も理解していた。そもそも、あの夢がただの夢か、それとも不思議な力が見せたものかさえもわからない。

 

 ――だめだもやもやする。後でコウヨクさんに聞こう……。

 

 はぁ、と大きなため息をついた時、スマホのアラームが鳴った。

 

 ***

 

 という訳で数時間後。

 

「――ほんっとうに申し訳ありませんでした!」

 

 夏休み八日目はコウヨクの土下座と共に始まった。

 否、始まったというのは語弊がある。

 現在時刻は午前九時を回った頃。パトロールに出かけたシグニーミアとイチェアを見送った後に「ちょっと二人っきりで話したいことがあって……」と気まずそうな声をかけられたのが始まりだ。

 で、なんでまたコウヨクが謝罪をしているのかというと。

 

「いやあの、襲われた件ならもういいですって! 誤解も解けましたし! だから立ってください!」

「その、蒸し返すようで申し訳ないんだけど……もう一回、ちゃんと謝りたくって……。あと、なんで襲ったのかの理由もちゃんと説明しなきゃって……」

 

 夏休み四日目にて、月瀬を襲撃した事をまだ申し訳なく思っていた――というのが答えである。

 コウヨクの声はいつになく細く、自分を責め立てるかのよう。一方、被害者である月瀬は『謝罪されたし怪我も負ってないなら……まぁいいか……』といった感想しか抱いていない。

 しゃがんだ月瀬が慌てて手を差し出すも、コウヨクはのっそりと顔を上げるのみ。その目尻には薄い水の膜がはりつき、伏せたまつ毛がそこに影を落としていた。

 

「それは……私がなぜか魔力を貯める素質があったから、じゃないんですか?」

「それだけじゃあ襲わないわよ。あなたは……」

 

 ここで「げふん」と力強い咳払い一つ。コウヨクのものである。

 

「あなたはというよりも……あなたの家の周囲に空間の亀裂があるのは知っているでしょう? あたしね、あれについて調べてたの。あなたと会う前、私がイチェアやカイネ達と別行動していたのもこれが理由」

「皆がパトロールに行ってる原因ですね」

「そう。それで……調べた結果、亀裂はあなたの家を中心に発生している事がわかったの」

「えっ!?」

 

 思わず溢れた驚愕の声が、静かなリビングの壁に当たって返ってくる。その前で、唇を噛んだコウヨクが気まずそうに小さく頷いた。

 なお、月瀬は知らない。これが夏休み五日目に作られた嘘である事を。

 

「驚くのも無理ないわ。……それで、その、あたし、あなたが原因なんじゃないかって思っちゃって……。初対面であんな事しちゃったの! 本当にごめんなさい!」

 

 言い切るや否や彼女は再び土下座をし、ドゴッ、と鈍い音を発生させた。その体は小さく震えている。

 

「あっ、いや。あっ、あああのっ。気にしないでください! そんな理由があるならしょうがないですって! お願いだから顔を上げて!」

 

 月瀬の声に、コウヨクが再び顔を上げる。頬が朱に染まり、先程よりも目尻に浮かぶ涙の量が増えていた。

 慌てて救急箱を持ってこようと腰を浮かせた月瀬を、「リジェネで治るわ」とコウヨクが座らせる。

 

「そんな訳で、その、理由はまだよくわかってない……というか、シーニー絡みの原因があるんじゃないかと思ってるの。それを、伝えたかったのよ……」

 

 コウヨクの態度がどこかぎこちないのは先程額をぶつけたからだろう。額をさすっている彼女の前で、月瀬は宙を見ながら回想を始めていた。

 

 ――ミア絡み、かぁ……。ミアが来てから本当に色んな事が起きてる。

 

 不思議な魔法少女・シグニーミアと出会ってから一週間ちょい。日付を指折り数えると、指の節にまだ昨日の感覚が残っている気がする。

 

 ――じゃあ、今朝の夢も……?

 

 窓の外で、大きく育った無も知らぬ草が揺らいだ。

 

「それでその……あたし、あなたが勉強しているあいだに、こっちも書物とか読み解こうと思――……なんか難しい顔してるけど、どうしたの?」

「あっ、いやその。えっと……」

 

 『他人の過去らしき夢を見たから本当か教えてほしい』――なんとも現実みのない言葉。常識の枠に、こちらの袖を引っ張られる感じがした。

 だが、相手は魔法少女。その上、相談しようと思っていた存在。月瀬は喉につかえていた迷いを噛み砕き、言葉の端を整えた。

 

「実は私、今日不思議な夢を見て。……ミアの過去っぽい夢だったんです。それがただの夢なのか、それとも本当の過去なのかわかんなくって――」

「聞かせて」

 

 硬い響き。促すというより、受け止めるための姿勢そのものの声だった。

 目の前の魔法少女の瞳にもう涙は浮かんでいない。濁りのない紅がこちらをまっすぐ射抜いている。

 

「ミアの故郷っぽい町で、ミアとそのお兄さんが一緒に歩いている夢でした。それで……旅に出るから魔力つけないとーみたいな会話してた……ような」

「あたしと出会う前っぽいわね……」

 

 コウヨクが頭をかく。考えを整理するように視線を宙に泳がせる。

 

「あなたが昨日イチェアと一緒にシーニーの故郷に行ったというのは聞いているわ。その夢に出た場所は、あなたが見た光景よりも緑が少なかった?」

「はい。可愛いファンタジー系の世界みたいで……そういえば、世界樹がありませんでした」

「ター……お兄さんはあの子の事なんて呼んでた?」

「シーニーって呼んでました。なんか、お兄さんがミアをからかって遊んでいるような、でも仲よさげな……そんな、雰囲気でした……」

「あなた、あの人の事全然知らないわよね。じゃあ……過去だわ。きっと……」

 

 短い沈黙が落ちる。時計の秒数だけが、部屋の時間を均等に刻む。

 月瀬は自分の膝の上で手を組み、指の関節を無意識に押し合わせた。

 

「……なんで私がミアの過去を見たのでしょう……」

「わからない……。とりあえず、後でイチェアやカイネにも共有しておくわ」

 

 共有、という現実的な単語が、ふわふわとした夢の輪郭を一段だけ固くする。

 月瀬は小さく頷いた。

 

「あの、ミア達は旅に出るって話をしてたんですけど、あれは何なんですか? カイネさんを追いかける旅ですか? もしかしてお兄さんも魔法少――」

「いや流石にタールーさんは魔法少女じゃないわよっ!」

 

 即答。コウヨクの声が少しだけ明るく跳ね、空気の重さが指先一つ分程軽くなる。

 

「樽さん?」

「違う。タールーさんは……タプルーシュさんは、その、魔法は使えるけど、魔法少女じゃないの」

 

 言いにくそうに前置きを飲み込み、彼女は目を伏せる。

 次の言葉を選ぶまでの間、室温がほんの少し下がった気がした。

 

「あの人は……私の恋人。そして、人質」

 

 静かな告白。

 月瀬の背筋を、冷たいものがすっとなぞる。

 コウヨクが視線を上げ、濁りのない目で言い切った。

 

「カイネによって人質にされているの。私達は、彼を取り返す為に戦っている」


 フローリングに堕ちたコウヨクの影が、午前の光に薄く滲んでいた。


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