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7日目ー6 分身乱舞

 ――何!? 今度は何!?


 唐突の事に頭が追いつかず、慌てて周囲を見渡す月瀬。

 すぐさま見つけたのは、線だ。床から天井へ、一本の切断が走っていた。


 この瞬間に、月瀬は何があったのかを察した。

 おそらく、聖堂方面から家方面に向かってとんでもない斬撃が走ったのだろう。そして、もしリボンによる強制移動がなければ――全身真っ二つにされていたという事も。

 背筋にとても冷たいものが走り、ひゅ、と音が漏れた。


「ちょ……っ! 月瀬さんッ! 無事なのねー!?」


 聖堂方面から心配するようなイチェアの声。大丈夫、と返そうとするも喉の筋肉が強張ってるせいで音にならない。

 拘束していたリボンが緩まり、月瀬はその場でぺたんこ座りになる。


「――おっし、よくやったのねリボン! その調子で頼むのよ!」


 言葉を返せてないが、どうやら建物かリボンが月瀬の無事を彼女に伝えたらしい。

 月瀬は聖堂の方を見た。大鎌を構えた魔人――月瀬が先程倒したものとよく似ている――と、イチェアの姿が見える。遠くてわかりづらいが、魔法少女衣装には所々切られたような後があり、そこから見える肌には赤い線がある。


「リボン斬られる心配しなくていいなら、こっちのもんなのね!」


 イチェアは頬についた血を拭うと、魔人を睨みつけた。そのまま口元を、にっ、と歪ませて大きく腕を上げる。

 次の瞬間、この場に居るもの全ての視界をリボンで覆うように、床、天井、壁――様々な場所から大量のリボンが伸びてゆく。

 それらを魔人が大鎌で刈り取るように切り裂くも、次から次へと出てくるせいで間に合っていないようだ。


「――月瀬さんっ」


 そんな中、イチェア――なぜか怪我一つない――が月瀬の傍に現れ、手を引っ張った。


「扉の結界を解くのね。傍に居てほしいのよ」

「わ、わかった」


 イチェアに手を引かれるようにして立ち上がる。

 力の抜けた体が簡単に立ち上がったのは、魔剣の補助のおかげだろう。

 二人手を繋ぎながら聖堂の端を走り抜ける。


 その時、月瀬はあちこちに張られたリボンを見た。乱雑に張られているせいで見えにくいが、所々にまゆのようなものがある。それこそ、月瀬が体育座りすれば入るくらいの大きさのものが。


 次の瞬間、まゆを破るようにしてイチェアと同じ姿をしたものが次々と出てくる。


 月瀬は思わず隣のイチェアを見た。怪我をしていないだけじゃない。よく見れば、衣装の不自然な裂け目などが何一つない。まるで変身直後かのように。


 ――分身出せたんだイチェアちゃん……! じゃあ、このイチェアちゃんも……?


 月瀬達が結界――壊れてこそいないが、明らかに何度も斬った跡がある――前に到着したと同時、月瀬を守るようにリボン結界が出来上がる。そして、隣の分身イチェアが結界と向き合った。

 月瀬は張られたリボンの隙間から覗くようにして聖堂中央部を見る。


 そこでは、十体以上のイチェアが魔人を囲むように睨みつけていた。

 先程まで本物が居た場所には誰もおらず、月瀬でさえもどれが本物かわからない。


「「「さぁて、どれが本物かわかるのね?」」」


 十数人は居るイチェア達が同時に敵を煽った。勝ち誇った表情で。

 それにイラッときたのか、魔人が力強く鎌を振い、斬撃を放つ。壁一面に切れ込みが入る程に大きいそれにイチェア達が回避を試みたものの、何人かは切られてしまった。


 だが、彼女らの切れ目からはリボンが伸びるばかり。それどころか、何事もなかったかのように切れ口が再びくっついて、魔人へ総攻撃を開始した。


「「「大人しくしてやがれなのよ!」」」


 まずイチェア達の一部がリボンを伸ばし、魔人の体を拘束する事を試みる。虚空からリボンを出すものも入れば、己の体をリボンに戻して拘束していくものまで様々だ。


 一瞬でも魔人の体を拘束できたその隙に、別のイチェア達が傘で打撃を打ち込んでいく。


 イチェアの攻撃を受けるごとに、植物の青臭い臭いがリボンの隙間から漏れ出していく。分身イチェアの一体が「くっさ!」と遠慮の欠片もなく言い放った。


「ガウル……」


 しかし、魔人もやられてばかりではない。

 目にも止まらぬ速さでイチェアやリボンをまとめて薙ぎ払い、地面から生やした植物でイチェア達を締め上げ、首を刈り取る。

 分身イチェアは防御力が非常に低い様で、たったの一撃で多数のイチェアがリボンに戻っていく。


 悲鳴を上げそうになり、月瀬は慌てて口を抑える。

 月瀬の瞳に映るのは魔人の背。分身イチェア達は己を犠牲にしてでも月瀬に攻撃が向かないよう動いているとわかっているからだ。

 そんな中、一人のイチェアと目が合う。安心してと言うかのごとくウィンク一つ。


「ふんっ! おちび達はね! いぃ~っぱい居るのよ! 斬ったらその分増えるのね! さぁ、さっさと死ぬか降伏しやがれなのよ!」


 その言葉を皮切りに、新たにできたまゆから追加のイチェアが飛び出てくる。やられたイチェアは筒状に巻かれたリボンや光の粒となり、新たなイチェアを錬成する素材となる。まるで、やられたらその分増やせばいいと言うかのごとく。


 彼女達は『近寄らなければ問題ない』と言わんばかりに、銃を扱うかのように傘の先から魔弾を放ち始めた。

 それに対し、魔人は鎌を振り上げたかと思えば、地面から真っ黒な雷を出してイチェア達を破壊してゆく。


 そんな一進一退を繰り返した一対多数の泥臭い戦いが続くこと数十秒。


「おらっ! いい加減くたばりやがれなのね!」


 背後から頭に傘を叩き叩き込まれた事によって、魔人が倒れた。その後ろには、剣のように傘を両手で構えたまま肩で息をするイチェアが居る。


「パラェデ、サマ……」


 先程の者と同様、魔人は何かを呟いてから光の粒となった。

 非常に地道な戦いが、今終わったのだ。


 月瀬は思わず隣の分身イチェアを見る。この場と家を阻んでいた結界はもう無く、大丈夫と言うかのようにサムズアップ一つ。

 直後、彼女は筒状にくるまったリボンへ姿を変え、消滅した。


「……終わったんだよ、ね……!?」

「なのよ……。あー! づっがれだぁ!! おちびほんっとこういうの向いてない! こーゆーのはシーニーやコヨのお仕事!」


 魔人の後ろに居たイチェアが吠えるように天を向くと、周囲に居た分身イチェア達が光の粒となって消えてゆく。どうやらトドメを刺したのが本体らしい。

 月瀬がイチェアの元へ駆け寄る。イチェアは月瀬の全身を軽く見て怪我が無い事を確認した後、「あー!」とオッサンのような声を張り上げながら手うちわをした。


「お疲れ様、倒してくれてありがとう……! 怪我大丈夫……!?」

「大丈夫なのよー。魔法少女舐めんじゃねーのよ。……っと、まだ油断は早いのね」


 イチェアがそうぶっきらぼうに言い終えたと同時、窓の外を見た。

 月瀬も釣られて外を見やる。

 なぜだろうか、先程よりも外が暗い。空にかかる雲が分厚くなっていて、隙間から入ってくる風も変に冷たい。


「……もしかして、おかわり来る?」

「なのよ。切り上げるのね! おちびも魔力あまり残ってねーのよ! これ以上は無謀なのね!」

「帰ろう!」


 同じタイミングで頷き、全力で扉の元まで向かう月瀬とイチェア。

 二人の足先が家に入ったと同時、轟音がして月瀬は思わず振り向いた。


 そこに居たのは、先程のものと似た姿の魔人十体以上。その足元には壁と同じ色のどでかい破片がいくつも転がっている。

 彼らは総じて月瀬達を見つめていた。それだけではない。捕まえようとするかの如く、手を伸ばしながら追いかけてきている。その光景は、さながらホラー系の映画でよくある主人公達を仲間にしようとする犠牲者達。


「ウエテル……」

「ヒリョウ、フヤセ……」

「ニゲルナ……!」


 だが、月瀬達の足取りは軽い。二人揃って家の中に完全に入ったところで、月瀬の家と廃教会を結ぶ空間が急速に小さくなっていく。


「べーっだ!」


 あっかんべーをしながらそう叫んだのはイチェアであった。

 廃教会の光景が小さくなり、変わりにリビングが元の姿を戻していく。


 五秒も立たずして、月瀬の家から廃教会の光景が消えた。

 力強く鼓動する胸を抑えながら周囲を見渡しても、あるのは見知ったリビングの光景のみ。


 ――最後、映画みたいな光景だったな……。


 見慣れた光景が先程までの現実は嘘ではないかと訴えている気がする。

 だが、興奮の止まらない体と疲労感、そして足にある靴状のリボンがそれを否定し続けていた。

 心臓の鼓動が、血管を巡って全身に伝わっている気がする。

 足を覆ってた靴状のリボンと一緒に緊張がほぐれ、月瀬はその場に座り込んだ。


「うぁあ……つ、つかれた……」

「お疲れ様なのよ。念の為、治療魔法かけとくのね」

「あーありがとう……。あーすごい、なんかぽかぽかする……?」


 月瀬の隣にしゃがみ込んだイチェアが月瀬に向かって手をかざし、緑色の光こと治療魔法を浴びせた。月瀬に怪我は無いものの、こころなしか疲労感が回復している気がする。

 続いてイチェアは変身を解いて回復魔法を自分にもかけ、ふぅ、と一息つく。家に帰ってきた時には細かい傷が多かった彼女だが、もうその面影は無い。


 ――一息ついたら、色々聞きたいこと出てきた……。お兄さんの事とか、ミアの過去とか……あの世界に何があったのかとか……。


 月瀬は隣でぼんやりしているイチェアを見下ろした。

 一息ついたら頭が好奇心旺盛モードに突入したようで、聞きたいことが山のように湧いてくる。だが、相手は間違いなくお疲れムード。今聞いてもいいのだろうかというためらいが、月瀬の口を固く閉ざさせる。


「……なんか、いっぱい聞きたいことがありそうなのね?」

「うぁっ!? そ、そんな、事」

「お顔に出てるのね」


 気だるそうにそこまで言ったところで、イチェアは時計を見上げた。

 現在時刻十一時手前程。コウヨクとシグニーミアが出かけてから一時間半ちょいが過ぎた頃だ。


「コヨとシーニーが帰ってくるまで時間あると思うし……そーねぇ……」


 イチェアが手元に空間の亀裂を出現させ、その中を探すように両腕を突っ込む。

 やがて彼女はクリーム色と茶色でできた古めかしい紙束を取り出した。


「先にクッキーを作るのね。それからでいいなら、質問に答えるのよ」


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