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7日目ー4 世界樹が見下ろす家

 教会にある様々な部屋――懺悔室や納骨堂と思わしき場所など――を軽く探索し、奥にあった扉や廊下を抜けると、そこは簡素な作りの住居であった。いわゆる司祭館というやつである。

 歩くたびに床板が音を鳴らす廊下をそろりそろりと歩き、台所と思わしき広い空間に到着した。


「よかった。荒らされてはないようなのね。……それじゃあ、おちびは戸棚漁るから、月瀬さんはそこで待っててほしいのよ」

「わかった」


 ほっとした様子のイチェアが一部風化した戸棚と向き合ったのを横目に、月瀬は周囲を観察する。

 薄暗く、窓から差し込む光が埃やクモの巣だったものを照らしているこの空間は、教会と同様に古びた場所であった。

 木製の家具が異様に多く、コンロ兼オーブンと思わしき物体からは錆びた鉄の臭いが漂う。冷蔵庫も、レンジも、炊飯器も無い、ファンタジー系の台所と居間を合体させたような場所だ。


 ――埃と……錆びた鉄の臭い? が凄い。でも何か腐ってるような感じは無いな。……旅に出たまま帰ってこなかった、とか?


 数回鼻を鳴らしたところで、思わずくしゃみ一つ。

 換気したい衝動に駆られ、月瀬はそっと窓の近くへ寄った。窓の縁に手をかけたところで、一部欠けている事に気がつき慌てて手を引っ込める。

 その代わりに、外を眺めた。


 外には成長しすぎた草原が広がっていて、その奥には複数の建物がある。

 それらは朽ちている上、ツタ系と思われし植物に侵食されているが……その隙間からはカラフルな色合いが見える。おそらく、本来は可愛さを謳うファンタジー系MMORPGの町中みたいな光景だったのだろう。


 ――誰も居ない。寂しい場所だなぁ……。なんでこんな事に……?


 町のずっと奥の方で、山のように大きな木が佇んでいる。

 誰も居ないこの町を見守っているかのように。


 ――なんかあの木、すっごく青々としてる。建物とは比べ物にならないくらい大きいし……世界樹なのかな……?


 世界樹と思わしき木の周囲を、複数の何かが旋回するように飛んでいる。遠すぎて小さな点にしか見えないが、アレが魔物や魔人なのだろうか。


 枝の先まで生気に満ちている世界樹と、荒廃し人の気配さえもない町。

 そのアンバランスすぎる並びに、月瀬の足が微かに震える。

 一体何があったのか。人が居ないのはこの町だけなのか、それとも――そんな疑問を抱いた時、すぐ傍から声がした。


「アレは不吉なものなのよ。見ちゃ駄目」


 声の発生源へ顔を向けると、いつの間にかジト目のイチェアが月瀬の隣に立っていた。その手にはボロボロの紙束とお菓子作りに使えそうな型が多数抱えられている。


「え? アレって……もしかしても、あの大きな木?」

「なのよ。……詳細は省くけど、この世界は滅ぼされたのね。あのクソデカファッキンツリーによって」

「えっ!?」


 再び外に視線を飛ばす月瀬。先程見るなと言われたから、ほんの一瞬だけちらりと。

 何度見てもとんでもなくでっかい木にしか見えない。それどころか、むしろ神々しさまで感じる。

 月瀬の視線を追うように、イチェアも外へ顔を向けた。どこか淋しげな、哀愁漂う表情で。


「さっき言った魔人っていうのは、あの木に支配されちゃった人達の事。まぁでも、あの様子ならお外に出なければ見つからないと思うのよ。……月瀬さん、探索を進めるのね」


 そう言いながらも、イチェアはどこか急いでいた。手にした紙束と型を、空間の裂け目へと押し込む手つきはいつもより無駄が無く、眉間には薄いシワが寄っている。

 続いて、早く行きましょうと言わんばかりに月瀬の手を軽く引っ張った。


 二人は台所兼リビングを後にする。

 台所兼居間と廊下の境目を乗り越えた時、月瀬はふと後ろを……窓の奥を見た。

 そして、身が凍る。


 ――なに、あれ……目玉!?


 そう。世界樹のあちこちに目玉がついていたのだ。青々とした緑に似合わない赤の瞳が、枝葉や幹に、大量に。ぎょろぎょろと。

 だが、そんな異様な世界など気のせいというかのごとく、瞬きを終えた頃には全てが元に戻っていた。


 ――気のせい、だよね? ……気のせいでありますように……!


 肩の筋肉が強張り、繋いでいる手が手汗で湿る感覚がした。

 何度見ても先程の目玉は無い。

 だからこれはきっと気のせいだと思い込む事にした。


 気のせいなのだろう。


 何百もの目玉のうちの一部が、月瀬達を捉えていたのも。


 ***


 舞う埃を吸わないよう鼻を抑え、角に張っているクモの巣を払いつつ、二人はシグニーミアの実家を探索した。

 物置部屋、トイレ、浴室、書斎兼シグニーミアの兄の部屋と回り、最後に残ったのはシグニーミアの部屋。

 先に入っていったイチェアに続く形で、そっと足を踏み入れる。


「失礼しま――あっかわいい……!」


 彼女の部屋は他の部屋と雰囲気こそ似ているものの、所々にある小物やインテリアに精一杯の可愛さやおしゃれさを残した空間であった。

 だが、この部屋も所々朽ちている。特に風穴の周辺は土やら埃やらで可愛さを曇らせるばかり。


 そんな部屋の奥にある小さな棚へイチェアが駆け寄り、月瀬も目を向ける。

 棚の上に広がっているのは、ミニチュア家具や小道具を丁寧に並べられた空間。おまけに、近くには人形用ドレスを詰めたミニクローゼットまである。

 一言で表すならおままごとセットだろうか。


「――あっ! これ懐かしい! あの子、よくおちびにこれ着せてたのね!」

「そうなんだ?」

「なのよ~! シーニーのお気に入りなのね!」


 小さなドレスの一つ――赤と白のフリルたっぷりなロリータ服だ――を手に取ったイチェアが頬を上気させ、抱きしめるように胸元へ寄せた。

 さながら、無くしたと思っていた宝物を発見した子供の仕草である。


 ――似た服を着ていたのかな……?


 ミニチュア空間に釘付けになっているイチェアを横目に、月瀬は部屋内を見渡す。

 ドレスが入りそうな人形は見つからなかったが……代わりに、机の上にある写真立てに気がついた。


 ――あ、写真だ! 異世界にも写真ってあるんだ!


 ファンタジーな話ではあまり見慣れないものを見つけ、月瀬は全身を巡る血流が加速した感覚を得た。

 机に近づいてそれを手に取る。写っていたのは、今よりも少し幼く見えるシグニーミア――瞳が翡翠色だ――と、彼女と似た色合いの美青年。

 寄り添い、二人揃ってカメラに向かって無邪気に笑う姿からはとても微笑ましいものを感じさせる。


「ねぇイチェアちゃん、この人知ってる……?」

「ん? ……あ、なのね! シーニーのお兄さん!」


 写真をイチェアに見せれば、彼女は目を大きく開きながら駆け寄ってきた。


「この人が!? 綺麗な人だね……」


 月瀬も目を大きく開きながら、再度写真に視線を落とす。

 お兄さんは、背中までありそうなピンクグレーの髪を一つにまとめていた。身長こそシグニーミアより高けれど、優しそうな雰囲気や華奢な体格も相まって、事前情報が無ければ女性と勘違いしてしまいそうな見た目である。


 一方で「でしょう?」と答えたイチェアの声には、遠い日をなぞるような柔らかさがあった。


「実際、男性女性関係なくよくナンパされてた方なのね。まぁ、本人は『ごめんなさい~』って軽く済ませてたけど」

「え、一回フッた程度で諦めさせられる顔じゃなくない!? あまり気が強そうにも見えないし、『何回もアタックすればいつか……!』って思わせるタイプの儚い顔してるよこの人!」

「なのね。しつこい奴やストーカーも何人か居たのだけど……大体シーニーが魔法かキックでぶっ飛ばしてたのね」

「ミアが凶暴なのは昔からなんだね!?」

「なのね。あの子は昔からお兄さんのボディーガードなのよ」


 そこまで言い終えたところで、イチェアは月瀬の顔を見上げた。

 え、と月瀬が思わず一歩下がるも、彼女の視線は変わらない。

 そのまま訝しげな表情で全身を見つめられる事十数秒。イチェアは残念そうに顔を反らした。


「……シーニーがあなたのボディーガードやりたがるのは、あなたがお兄さんに似てるからなのかなって思ったけど……」

「いや似てないでしょ。性別違うし、そもそも生まれた場所が思いっきり違うし……」

「身長と髪の長さは近いし、顔も可愛いのだけどねぇ……やっぱり……胸の印象が強いのね……」


 イチェアの視線が月瀬の豊満な胸で止まり、月瀬は反射的に己の身を守るように胸を隠す。世間一般では羨ましがられる大きさだが、生憎月瀬にとっては厄介な重荷でしかない。

 月瀬は小さく息を整え、言葉を選ぶ間を置いてから口を開いた。


「……そういえばイチェアちゃんって、ミアとはどういう関係なの?」


 そこそこ不自然な誘導ではあるが、このまま胸を見られるよりはマシだ――そう思っての行動だったが、イチェアがすんなりと視線を上へ移してくれた事にほっとする。


「イチェアちゃんがミアの仲間ってのはわかってるけどさ、魔法少女になる前はどんな関係だったんだろうなって思って。ほら、学校の後輩とか、幼馴染とか、そんな感じでさ?」


 イチェアは『シグニーミアの妹』と言われて納得できる程度には小さいが、その態度は明らかに妹ではない。幼なじみや親戚、もしくは態度のでかい後輩あたりが自然だろうか。


「ああ。おちびはね、シーニーのおに――」


 そこまで言いかけたところで、イチェアの顔が壁へ勢い良く振り向く。

 目を大きくかっぴらき、壁に向かって時折こくこくと頷く事数秒。

 イチェアが月瀬を再度見やる。その動きはぎこちなく、顔には世界の終わりを知ってしまったかのような恐怖が浮かんでいた。


「どうし――」

「静かに」


 イチェアのリボンが月瀬の顔へ飛んできて、開きかけた口を物理的に塞ぐ。

 いきなりの変わりように月瀬が驚く一方で、眉をひそめたイチェアは素早く窓から外を眺め、小さく舌打ちをした。


「……魔人が近くに居るのね」


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