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6日目ー7 正義と現実のすりあわせ

「……セヴォースっ、イチェアも……!」


 煙の奥からセヴォースとイチェアが登場し、目を大きく開くコウヨク。なお、その下ではカイネが小さく舌打ちしていた。


「って、やりすぎてたのはコヨか! 親友の顔酷いことになってる!」


 煙の奥から現れたセヴォースはカイネに馬乗りになっているコウヨクを見るなり、慌ててこちらへ駆けてきた。腕にイチェアを乗っけたまま。

 そして、軽くしゃがんだ彼によるげんこつ一つ。ゴン、といい音が鳴り、コウヨクの瞳から涙がこぼれ落ちる。


「あだっ!」

「休戦中だろきみ達! どうせ親友が煽りに煽った結果なんだろうけど……。あと親友から下りなさい」

「ご、ごめん……」


 武器を消したコウヨクが渋々カイネから降りると、「コヨ~! 心配したのよ~!」と腕から下りたイチェアが抱きつく。

 一方、寝っ転がったままのカイネが体を起こし、セヴォースへ顔を向けた。……あちこち殴られ腫れた顔なのに、どこかつまんなさそうな表情で。


「……早かったな。帰ってくんの」

「二人共近くに飛ばされたし、邪魔な壁や床とか全部切ってきたからなぁ。……ああ、ついでにきみもげんこつするか」


 直後、セヴォースがカイネの頭へ拳を振り下ろした。その様子は親友を叱るというよりも……我が子を叱る親に近い。それも、父や母という美しい単語で済まされるものではない。トーチャンカーチャンという恐怖の対象を示す単語がよく似合う。


「いでぇ! 俺暴力振るわれた側なのに!」

「どうせコヨおちょくって遊んでたんだろ?」

「よくわかってんじゃん」

「よしもういっちょ」

「理不尽ッ!!」


 再び、ゴッという非常に鈍くて重い音。

 魔力を込めたのか、拳と頭がぶつかったと同時にキラキラしたエフェクトが弾け跳び……離れた拳と頭の両方からは白い湯気が出ていた。なお、なぜか血は出ていない。

 頭を抱えたカイネがめそめそと涙をこぼす。だが、本気で反省している様には見えない。


「ざまぁ見やがれなのよ! セヴォ! もう一発ぶん殴ったるのね!」

「きみも頭ゴンするぞ」

「やーん!」


 イチェアからの煽りも気にせず、セヴォースは改めてカイネと向き合った。「しかし、酷くやられたなぁ」と小さくぼやきながら、カイネの顔の腫れが酷い所に手を当て、回復魔法をかける。

 腫れと赤みがゆっくりと引く――シグニーミアの回復魔法とは比べ物にならない程遅いが、人間の自然治癒に比べたらとんでもなく早い――のが心地良いのか、カイネは目を閉じてセヴォースによりかかった。


「親友、頼み事の内容は聞いたのか?」

「聞いた。身分証明書を用意しろってこったろ?」

「そうだ。なぁ親友、騒げる程度には余裕あるんだろ? コヨの頼み叶えてやってくれよ。あとついでにおれの分も用意してくれ。身分証明書がないと何もできないぞこの世界」


 カイネは「んぅ」と回復魔法による光に顔の腫れを押し付ける。光がセヴォースの手から出ているのもあって、さながら親に甘える子のようだ。


「……しゃーねーなー。お前からの頼みでもあるなら。……おいちびすけ、お前のもいる?」

「おねがいなのよー。あとシーニーのもね」

「ったく、やること増やしがやってよぉ……。あー考えるだけで億劫になるぜ。体いてぇしよぉ。……おらもっと回復魔法かけろ」


 弾んだ声でカイネがセヴォースの手のひらにもたれかかる。「重い」と押し返されたが。


「きみ、自分で回復できるだろ」

「この世には『術者の苦手分野の魔法を浴びる事によって得られる栄養』ってのがあってぇー」

「嘘をつくな嘘を。そもそも、きみの怪我全部治す前におれの魔力が尽きる」

「ちぇっ」


 カイネはつまらなさそうに姿勢を直し、己の体を回復魔法の光で包みこむ。それは瞬く間にありとあらゆる怪我を治療し、コウヨクに殴られる前の綺麗な体へ戻した。

 そのまま背伸びをし、コウヨクへ顔を向ける。にやついた表情で。


「ま、可愛いもん見れたから良しとすっかぁ」

「……可愛いもんって何よ?」

「余裕ゼロのお・ま・え♡」


 最後の「え」と共に愛らしい笑みを浮かべるカイネ。

 なお、コウヨクからの返事は無かった。代わりとして、再び出現させた武器が握られている。

 彼女はそのまま斬りかかろうとするも――すぐにセヴォースによって羽交い締めにされてしまった。


「離しなさいよ! あいつ殺すっ! 絶対殺す!」

「落ち着いてくれ! あとでお尻ぺんぺんしとくから!」

「――っだははははは! やっぱりブチギレてるお前が一番可愛いわ! 怖いから俺部屋に帰るねー!」


 仰け反ったセヴォースによって暴れるコウヨクの両足が宙に浮く。

 一方でカイネは「んじゃ!」と片手を上げながら去っていった。つま先が引っかかるような位置に出現したリボンを踊るようにかわしながら。


「チッ、一回くらい転びやがれなのね! 転ばせたるから戻ってきやがれなのよこのカス!」

「おちび、こう言えばいいんだよ。――親友! 戻ってこないと君のご飯食われるぞ!」

「それあんたにしかできないやつじゃねーのよ!」


 刹那、小指程度まで小さくなったカイネがUターンしてきた。わざとらしくイチェアのリボンに足を数回引っ掛けながら。

 魔法少女達の「腹立つ……」という低い声が重なったのは言うまでもないだろう。


 ***


 それから数時間が経ち、時刻は夕方五時頃。自宅にて月瀬とシグニーミアが買ってきたものの整理を終えた時。

 玄関扉、続いてリビングの扉が勢いよく開かれ、コウヨクのドヤ顔が目に入った。


「月瀬さん、お金を手に入れる手段ができたわ! だから、用意できたらちゃんと受け取りなさいよね!」

「えっ!? あ、あの。ありがたいんですけど……どうしたんですか急に」

「身分証明証を手に入れるアテができたのよ! これでものを売ったり働く事ができるようになるわ!」


 力説するコウヨクに、思わず顔がほころぶ月瀬。

 だが、突如やってきた疑問が喜びを蹴散らした。

 異世界の人――しかも、日本の仕組みをあまり知らない可能性が高い――が簡単に手に入れられる程、戸籍の入手難易度は低いのだろうか。

 続いて頭をよぎったのは、ライフハックと称して真っ黒な手段を得てしまった人達、もといネット上でのサンドバッグ達だ。


「アテって……正当な手段なんですよね?」


 恐る恐る尋ねるも、コウヨクは何も答えない。それどころか気まずそうに顔を逸らされた。


「ねぇ正当な手段なんですよね!? 合法ですよね!?」

「……………そのぉ……」

「……月瀬さん、世の中には知っちゃいけない事もあるのね」


 イチェアによって静かに説得され、月瀬は己の内にある疑問を粉砕させた。これは藪蛇だ。

 小さい声で「……わかった……」と力弱く呟けば、顔を強張らせたコウヨクとイチェアに頷かれる。


「あの、一つだけ確認させてください。働く場合は銀行口座や住所なども無いといけない場合が多いと思うのですが……大丈夫ですか?」

「へっ?」


 刹那、きょとんとした様子のコウヨクに月瀬は心の底から安堵した。言ってよかったと。

 なお、コウヨクに耳打ちしたイチェアが「カイネに追加で要求するのね」とか言っているのが聞こえた。


 ――カイネさんにやらせてるんだ……。そういや昨日、洗脳が得意とか言ってたな。役所の職員洗脳したりとか……いやまさかね……。


 ふと、現実ではそうそうありえないタイプの発想が頭をよぎり、月瀬は全力で頭の隅に追いやった。

 そのまま聞こえなかったフリを続けるように、コウヨクに声をかける。


「それとコウヨクさん、お金用意してくれるって気持ちは嬉しいんですけど……本当に無理しないでください。大体のリサイクルショップは安く買い取るし……バイトだって、業務内容に比べて賃金が低いところだらけです。それに、パトロール中に何かと戦――」


 刹那、目を丸くしたコウヨクとイチェアの「あっ」という声が重なった。まるで、何かまずい事を思い出してしまったかのように。


「……どうしたんですか?」

「あ、いやあの、その……。……今日、パトロールしてないって……思い出して……」

「あれ、パトロール行ってたんじゃないですか!?」

「いやあの、その」


 月瀬の問いにコウヨクは目を背けるばかり。

 自分達が外出中、彼女達が何をしていたのか知らない月瀬は邪推しかできない。特に先程言っていた正当ではない手段で用意するらしい身分証明書の件と絡めてしまう。


「行ってたのよ。ただ、途中で知り合いと遭遇してね。ほらさっき身分証明書用意って話したでしょう? その件でちょっと時間がかかっちゃったのよ。その後そのままここに戻ってきちゃっただけで……」


 イチェアがコウヨクをかばうように補足説明を重ねる。

 自分の邪推が一部当たってしまった。夢溢れる魔法少女が悪事に手を染めようとしている事についての悲しみと、日本のシステムと異世界産魔法少女は相性悪すぎるから仕方ないという思いに挟まれ、月瀬はなんとも言えなくなる。

 月瀬の後ろでシグニーミアがタブレットを弄っている一方、コウヨクがイチェアの片腕を引っ張った。


「今からでも遅くないわ! パトロール行きましょう!」

「えー! 暑いのやーなーのー!」

「お昼よりも大分涼しくなったでしょ! 少しは我慢しなさい!」


 そのままコウヨクは家を出ていく。「やー!」と叫ぶイチェアを引きずるようにして。

 あの、という月瀬の声が届くよりも前に、玄関扉が閉まってしまった。


「もっと涼んでからでも――……行っちゃった……」

「ツキセ、ツキセ! これ見て!」


 月瀬の元に駆け寄ったシグニーミアが、ぴょんぴょん跳ねながらタブレットを見せつけてくる。

 シグニーミアにジャンプを止めるよう促し、下にスクロールするよう画面に触れると、そこには画像つきのレシピがあった。


「……塩アイス?」

「作ろ? コウヨクとイチェアの分も!」


 シグニーミアがちらりとテーブルの上にある岩塩へ視線を飛ばす。目を輝かせつつもそわそわする様子は、買ってきたばかりのおもちゃが気になって仕方ない子供のようだ。

 月瀬は再度レシピに視線を落とした。材料はバニラアイスと岩塩、お好みでハーブやオリーブオイルをどうぞと書かれている。買い足しに行く必要はなさそうだ。


「……岩塩使いたいんだね?」

「うん!」

「じゃあ、夕飯の後に用意しようか」

「わかった!」


 月瀬が微笑むと、つられるようにシグニーミアも微笑む。

 今日の夕飯は何にしようかなどと話しながら、二人はキッチンへ向かっていった。


 ……この時の月瀬はまだ知らない。シグニーミアが岩塩を欲しがった本当の理由を。


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