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6日目ー5 リサイクルショップの不審者

 それから十数分後。コウヨクはピンチに見舞われていた。


「売るのに身分証明書が必要なんですか……?」

「はい。お手数ですがご提示願います。運転免許証とか、保険証とか、ありませんか?」


 リサイクルショップの買取カウンターにて、愛想笑いを浮かべる店員を前に流れる冷や汗は一滴二滴では済まない量。

 コウヨクは曖昧に笑って、鞄をごそごそと漁る。何も無いのはわかっていたが、それを認めるわけにはいかない――そこそこ高さのあるプライドに誘導された故の行動である。


「あ、え。ええと……すいません。今日忘れちゃったみたいで……」

「そうでしたか。では、身分証明書をお持ちの際に、またご来店ください」

「わ、わかりました。……あ、あの。他の商品を見ていっても……?」

「はい。どうぞご覧になってください」


 コウヨクがぎこちない動作で持ってきた小物を鞄にしまい終えると、店員はその言葉と共に他の客の相手をしに行ってしまった。

 恥ずかしさに背中を押され、店員から隠れるようにしてそそくさと高い棚の多いコーナーへ移動する。

 肩掛け鞄を掴む手が、じんわりと湿っていた。


「……そうよね持ってきたものが盗品とかだったら嫌よね。しょうがないわ。しょうがないのよコウヨク……」


 からっからに乾いた口の中で、自分にだけ聞こえるくらいの声量で念じるようにぶつぶつと呟く。

 だが彼女はそのままへこたれ続ける魔法少女ではない。気持ちを切り替えるように両手で頬を叩く。迷惑にならないように音控えめにして。


「……いいえ。ここでくじけちゃ駄目よコウヨク……! それよりも、さっさとイチェア回収して別の方法探さなくっちゃ……!」


 コウヨクは前を向いた。その顔にあるのは決意そのもの。

 周囲を見渡す。棚の上にある商品の位置が書かれた看板を目安に周囲を見渡し、おもちゃコーナーと書かれた看板のついた棚を発見したと同時。


 知っている男を見つけた。


 まず目に入ったのは、看板つきの棚よりも高い身長――実際、彼の身長は百八十センチ台後半の大男――とふかふかとした水色のショートヘア……の後頭部。

 続いて、棚の網目と商品の隙間から見えるよく鍛えられたムキムキボディ。そして、その体にぴっちりと張り付いた白いTシャツ。


 ちょっと視線を下に下ろせば、スカート……否、腰に巻き付けた青い芋ジャーの上着、そして同じ芋ジャーの短パンがある。

 しゃがんで見れば、白い靴下にスニーカーという動きやすそうな足元。

 そんな運動部所属の学生みたいな格好をした彼の名は。


「……セヴォースじゃないの」


 そう。悪の組織の構成員の一人にして、総大将・カイネの親友だ。

 これがニ◯アサ風味のよくある魔法少女ものなら、きっと彼を警戒するフェーズに入るのだろう。


 だが、この話は普通の魔法少女ものではない。なのでコウヨクは彼の元へ近寄る事を選択した。警戒心の欠片もない、偶然見つけた知り合いに駆け寄る表情で。

 あと数メートルといった距離まで近づくと、彼が振り向き口を開けた。


「コヨじゃあないか! 君もここに――じゃなかった」


 嬉しそうな声。現に――前髪のせいで目元が見えないためわかりにくいが――再会を喜んでいるのだろう。

 だが、彼ははっとしたように言葉を中途半端なところで止め、ごほんとわざとらしい咳払いをした。

 そして、先ほどまでの明るい雰囲気とは違う、非常に真面目な雰囲気を漂わせ、口を開く。


「君もこの地に……時空の回廊へ足を踏み入れたのか」


 コウヨクはあからさまに顔をしかめた。


「あたしにわかる言語で話しなさいっていつも言ってるわよねぇ」

「ここは、価値と対価の均衡が崩壊した歪な空間だ。本来なら神器と称されるべき遺物が、まるで存在価値を嗤うかのように、無価値の烙印を押されて放置されている……!」

「ねぇ話聞いてないでしょ。蹴り入れるわよ」

「暴力反対!」


 そう声を張り上げたと共に、セヴォースの纏う雰囲気が元々の明るい雰囲気へと変わる。

 直後、セヴォースの大きな体の後ろからひょっこりと小さな陰一つ。


「『このお店の価格設定おかしいよ。かっちょいいオモチャが投げ売りされてるよ。こんなの絶対おかしいよ』って言ってるのね」

「あ、イチェア。通訳ありがと」

「合ってるけどさぁ! もう少し、なぁ、こう……かっこよさってのをなぁ!」


 ネコのようにぬるりと出てきたのはイチェアであった。

 そんな彼女がさも当然と言うかのように厨二言語を通訳する一方で、セヴォースがそんなと言わんばかりに――非常に大きな身振り手振りつき――イチェアを見下ろす。表情と仕草が仰々しいものあれど本気で怒っている様子は無い。


 一方で、コウヨクの傍までやってきたイチェアはセヴォースの豊満な胸をびしっ! と指さした。威嚇のような、嫌悪強めの表情で。


「そもそも、そんなダッッッサイTシャツ着といてかっこよさもクソもねーのよ! 何なのね!? 何をどうしたらそんなシンプルにダサくできるのね信じらんない!」

「ダサいとは失礼な! ワンちゃん可愛いだろ!?」

「あんたの図体が無駄にでかいせいでびよ~んって横に伸びちゃってるのね! 苦しいよぉ~って言ってるのね!」


 コウヨクはつられるようにセヴォースの胸を見た。

 彼の着ている白いTシャツは、その胸から腹にかけて『いぬだぞ! かまえ!』という文字つきのデフォルメワンちゃんがプリントされているもの。なお、がっちりとした体格のせいで、指摘通り横に伸び切ってしまっている。


 確かに可愛いが、それ以上にダサい。腰にジャージの上着を縛り付け、下半身は短パンなのだから尚更だ。

 これが体操着であったのならまだマシであったのだろうか。


 コウヨクがジト目になっている前で、セヴォースは慌てて自分の腹部を見下ろした。そのままじっくりと見つめ、勢いよくイチェアへ顔を向ける。目元まで隠れた前髪がもさりと揺れた。


「嘘だッ! おれにはそんな声聞こえないぞッ!」

「ちょっとあんた達うるさい。店員さんこっち見てる」


 コウヨクの言葉通り、そう遠くない場所からは店員や客が明らかに迷惑そうな表情でこちらを見ていた。このままでは注意されるのも時間の問題だろう。


 コウヨクの人さし指が円を描くように動く。するとシャラランという輝くSEと指先の動きに追従するように光の軌道が発生し、それはやがて粒となって三人の体を纏うように飛ぶ。

 直後、見ていた店員や客達はきょとんとした表情のまま別の場所へと向かっていった。


「おお! 認識阻害魔法かけてくれたのか! 流石はコヨ。いつ見ても親友に劣らない力だ!」

「ちょっとあいつと同じレベルに立たせないでムカつくから。……ところで、どうしてあんたここにいんの? 視察? 買い出し?」

「いんや? ただの散――」


 そう口にしかけて、なにか思いついたように彼は一拍置く。

 誰に求められたわけでもないのに、旧に背筋を伸ばし、カッコつけたように口角を上げた。


「ふっ。今日は特に使命も無かったからな。風に導かれるまま彷徨っていた。そうしたら、見つけたんだ。この……時空の回廊を」


 コウヨクは再び顔をしかめた。


「回廊の奥では……眠っていたんだよ。世界を超えし我が同胞達が。……くっ、こんな呪縛(くさり)さえなければ……私は彼ら全てをこの偽りの牢獄から解き放てるというのに……!」

「イチェア。通訳」

「『散歩してたらリサイクルショップ見つけたんだぁ。武器のオモチャいっぱい見つけたけど、お金無いから買えないのかなぴぃよぉ~』」

「だからぁ! おれの言葉をそんな雑にまとめるなぁ! 合ってるけどぉ!」


 セヴォースは頭を抱えて盛大に天を仰ぐ。抗議の動きがいちいち派手すぎて本気で怒っているようには見えない。むしろ駄々をこねる子どものよう。

 一方で、コウヨクと同じくしかめっ面のイチェアが商品棚を指した。そう、いかにも男児や女児に好まれそうな武器のオモチャが雑に積まれているコーナーを。


「しかもね? 聞いてコヨ。こいつ厨二言語でオモチャナンパしてたのよ」

「ナンパとは失礼な! 美しいフォルムだったから彼らの持つ物語(げんさく)について尋ねていただけだ!」

「しかも複数」

「仕方ないだろう! みんな話してくれないんだからさぁ!」

「警戒されてるんじゃないのそれ……?」


 ジト目になったコウヨクがそう指摘した瞬間、ハッとした様子のセヴォースが剣のオモチャへ顔を向ける。一方で、腕を組んだイチェアがうんうんと深く頷いた。


「実際、建物が怖がってたのね」

「そ、そうなのか? それは……申し訳ないことをした……! 確かに初対面でぐいぐい行き過ぎたよな……みんな、本当にごめん……!」


 慌てて周囲を見渡したかと思えば、積まれているオモチャへ頭を下げるセヴォース。そのまま「ごめん、ごめん……! 怖がらせたよな……!」謝りながらぐるりとその場で三百六十度の回転。幸いな事に、認識阻害魔法のおかげでこの奇行は他の客や店員には見向きもされていない。


 コウヨクに物体の声は聞こえない。だが、セヴォースがすぐに「ありがとう……!」と嬉しそうに言ったと同時に察する。どうやら許してもらえたらしい。


 そんな奇行を横目で見ながら、彼女は近くにあった剣のオモチャを手に取った。値段の書かれたシールがついているそれは、子どものお小遣いでも買える金額。だが、今のコウヨクにはだいぶ厳しい出費となること間違いなしの金額だ。

 いかにも嬉しそうな雰囲気のセヴォースが手元を覗き込む。


「どうしたんだコヨ。その子買ってくれるのか? いやぁおれ今お金なくってさ」

「んなわけないでしょ自分で買いなさい」

「コヨー。その子売られた事を嘆いているのね。……おちびの持ち物に千って書かれたお金があるのね。 この世界にやってきたばかりの時、お財布拾ったらお礼で貰ったやつ……」

「あれは緊急時用に取っときなさいって言ったでしょう!?」


 コウヨクは手に取ったオモチャを元の場所に戻す。

 彼女には値段の裏に隠れた価値などよくわからない。仮に百円で売られているものが実は超高級品だったとしても、それを見抜く力は無い。


 だが、イチェアとセヴォースにはそれがある。……年季の入ったものであるのならば、自分につけられた値段の低さに嘆く物体の声が聞こえるから。

 だから、二人がどんな事を考えている事を察するのに時間はかからなかった。


「……ねぇあんた達、どうせこの場所にあるもの全部買いたいとか思ってるんでしょ」

「「勿論なのよ」」


 コウヨクの呆れきった問いに、イチェアとセヴォースはぴたりと揃えて言い放った後、顔を見合わせる。

 予想通りの答えだ。


「……この場所は、何をするにしろ自分の身分を証明できるものが必要だわ」


 コウヨクの声には、嫌悪と諦念が滲んでいた。この世界では、どれだけ善良でも、どれだけ困っていても、身元確認ができないのであれば、何もできない。

 だからこそ、あまりよくない手段を使ってでも書類を用意しなければいけないという事に。


「おれにいい案がある」

「おちびも一つ案があるの。コヨもでしょ?」

「そうね。あんた達と同じこと考えてるわよ。……ああ、嫌。絶対嫌。想像したくもない……」


 コウヨクは顔をしかめ、こめかみを押さえる。喉元に嫌な記憶がこびりついてくるような感覚がした。

 あの男のニヤケ面が、弾む声が、愉悦丸出しの態度が、何もかもが脳裏をよぎる。

 だが、目の前の二人はそんな苦悶などどこ吹く風と言った顔をしていた。


「でもそれ以外手っ取り早い方法ないと思うぞ。昨日言ってただろう。生活費がどうこうって話」

「コヨ、腹をくくるのよ。身分証経済圏の世界ではほぼ毎回やってきた方法なのね」

「やだ……やだ……っ! あいつに頭下げるのだけは絶対嫌ぁ……!」


 二人の言葉は冷静というより、慣れそのもの。

 コウヨクだけが心を引き裂かれるような思いをしているというのに、彼らの顔には遠い目と諦観、そして――どこか楽しそうな色すら浮かんでいる。


「ここでやだやだ言ってても始まらないのね。……そうだセヴォ、同時に言ってみるのね」

「やめてっ!」

「そうだな! せーのっ!」


「「カイネ(親友)になんとかさせる!」」

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