5日目ー8 パトロール会議
そんなこんなで数十分後、魔物をしばいてきた魔法少女二人は青蜂家へ戻ってきていた。
「――という事があって」
「……え、こ、この付近で魔物が……!?」
事情を軽く聞いた月瀬は目をぱちくりさせながら冷茶を入れる。テーブルに突っ伏している二人と、イチェアの髪をつついているシグニーミアの前に茶を差し出した。
「そうなの。それでさっき慌てて退治してきたんだけど、どうもこの辺り、時空が乱れてるみたいで、その」
「要するに、あそこにあるような空間の亀裂がこのお家付近にいくつかあるようなのね」
気だるげな表情のまま顔を上げたイチェアが背後を指差す。そこには先日彼女に用意された空間の亀裂があった。
「あれは問題ないんだけどー、お外にあるのは別の世界と繋がっているみたいなの。だから、お散歩してたら魔物と出くわしちゃったなんて事が起こり得るのね。いや、あったのね」
月瀬の頭に降ってきたのは、シグニーミアと出会ってまだ二日目の事。色々あってゲーミングミニゴジラやスライム数体と遭遇してしまったあの日。
あの時の事をどうして忘れる事ができようか。思わず傷がすっかり癒えたはずの足に意識が向く。
――そういえばあの日会った子、ちゃんとお風呂入ってご飯も食べたかな……じゃない! アレがそこら辺に出てくるってんの!? 冗談じゃない!
「それまずくない!? 下手したら死人出ない!?」
「そう。だからあたし達、これから定期的にパトロールに行こうと思っているの。……とりあえずあなたの護衛として一人残して、二人がパトロールって感じで――」
「ワタシ! ワタシがのこる!」
その瞬間、シグニーミアが勢いよく立ち上がった。ガタン、という音と共にテーブルが軽く揺れる。
絶対に要求を通してやると言いたげな子供の如く、オッドアイの瞳がコウヨクをじっと見捕える。だが、コウヨクがそれに動じる様子はなく。
「パトロールの順番はローテーション組もうと思ってるの」
一般的に考えればわりかし当たり前であり、シグニーミアにとっては残酷かもしれない宣言を下した。
無論、シグニーミアが大人しくうんわかったと言う訳もなく。
「やだ! ツキセの側にいる!」
そう言い放ち、月瀬の元まで駆け寄っては腕にしがみついた。そのままシグニーミアは頬を膨らませ、明らかに不満げな表情を浮かべたままコウヨクを睨めつける。なお、幼さのある顔つきのためか怖くはない。
それを見つめ返すコウヨクは無言のまま。声こそないものの、今にも溜息つきそうな雰囲気であった。冷茶を飲んでいるイチェアの表情もどこかぎこちない。
――これ、私が説得したほうがいいやつっぽい……?
しかし、どう言えばいいのだろうか。確かにコウヨクはちょろい面や面白い面があるとは言え昨日のトラウマがある。
イチェアは可愛いがこちらも同様に昨日のリボン結界破壊の悪夢がまだ記憶に刻まれている。
シグニーミアのやらかしについては言うまでもないが、一緒に居た時間が一番長いのもまた彼女である。
――正直言って守ってもらうなら、一番よく知ってるミアがいい。けど、暴走した時怖いんだよなぁ……。それに、ローテーション組もうっていうのもわかる。
そんな事を思いながらちらりと彼女を見下ろすと、明らかにムスッとしたオッドアイと目があった。
「……ツキセ! 守るのワタシだけでいいよねっ! ツキセはりゔぁ……えっと……魔法少女が好きだもんね!? ワタシ強いよ!」
「まぁそうだけど……。それでも、それとこれは別じゃない……かな?」
「……っ!」
刹那。オッドアイの奥が光ったように感じた。
次の瞬間、月瀬の頭にこのような思考が割り込んでくる。
『シグニーミアが自分を守ってくれるならそれでいい』。『亀裂とやらは他二人がなんとかするだろう。放っておくべき』。
そんなノイズが入ったと同時、月瀬の意識が遠くなる。――否、思考回路が遅くなり始める。
――あ、また、この感覚……?
だが、今回は前回と違った。前回程思考回路が遅くなっていない。アニメを見ながらまどろんでいたら、次第に現実と夢の区別がつかなくなって、知らないうちに夢へ溶け込んでいったかのような感覚。
――そうだ。ミアは、私の事だけを守ってくれる魔法少女。
急激にぼーっとし始めた頭は周囲の境界線を曖昧にする。見えていて聞こえているのに、脳が処理する事を拒んでいる。
だから、コウヨクとイチェアが月瀬を見て顔を強張らせている事も、シグニーミアが微笑んでいる事すらわからない。
――そう、魔法少女。リヴァーフィと同じ、正義の魔法少女……。
ぼんやりとする頭の中に、比較的鮮明な青が降ってきた。大昔推していた魔法少女ことリヴァーフィ・キャンディだ。彼女に続いて仲間達も降ってくる。メインキャラ三人が合流したところで決めポーズを一つ。OPで何度も見たものだ。
そうだ。シグニーミアは魔法少女なのだ。魔法少女であるのなら、リヴァーフィと同じ。そんな魔法少女に守ってもらえるなんて――。
――ん? 待てよ? リヴァーフィと同じ……?
刹那、リヴァーフィ達の輪郭が一つにまとまる。
リヴァーフィのアニメ全話が走馬灯のように駆け巡り――。
――リヴァーフィは特定の人を守る為だけに魔物を放置したりなんてしないんだけど!?
月瀬の頭にかかっていた霧を全て追い払った!
脳内の魔法少女達が表情をやわらげたと同時、視界の情報が脳内に上書きされる。静かに驚いているコウヨクやイチェアの姿があった。
一方、月瀬も自分自身に起きた出来事を理解できずにいた。急につまりが取れたホースの如く、不自然に血流が速くなった感覚がする。
いつもよりも鼓動多めな心臓を抑えながらシグニーミアを見下ろすと、きょとんとした表情であった。……口元が引きつっていたのは気のせいではないかもしれない。
――良くわかんないけど、多分数時間前と同じことをまたされた……! ミアと一緒に居続けるのはまずい……! ……多分……。
月瀬の背中を嫌な汗が流れる。シグニーミアがどうしてこのような事をしてくるのか、そもそもこれは本当に彼女にされたのかという事も断言できない。
ただわかるのは、シグニーミアに味方しすぎても、シグニーミアをぞんざいに扱いすぎてもいけない事だけ。
――ええと? 多分、ミアは私と一緒に居たがっている。そんで? 私の側にどの魔法少女を置くかという話だから……私の身の安全が保証されていればいいはず! それで、ミアも納得しそうな答え……。そうだ!
「――あ、あの! 私の護衛として残してくれるって気遣いは嬉しいのですけど……それこそ時々見せる空間魔法? とかで私を安全なところに避難させて、全員で倒しに行ったほうがずっと速いと思います!」
「目を離した隙にカイネが何やるかわからないから……」
「数時間前に休戦協定結んでましたよねぇ!?」
もしこれが大昔のギャグ漫画なら思いっきりずっこけていただろう。なんせ、体感時間数分、実際の時間数秒で導き出した答えにしてはクリティカルなものだと自負していたからだ。
だが、コウヨクも冗談で言ったのではないだろう。目が死んでいる。
「アレほんとに口約束レベルだから……本気にしすぎない方がいいわ」
「えぇ……」
じゃあ数時間前のアレは一体何のためにやったのだろう――そんな疑問が頭をよぎったが、そう言えばカイネも似たような事を言っていた気がする。
しかし、却下されてしまったのならどうすべきか。
そう切り替えた時、イチェアが壁と見つめ合っている事に気がついた。しかも「……へぇ? ほー、ふぅーん?」などと言っている。壁と会話しているらしい。
やがて彼女はシグニーミアへ顔を向けた。
「シーニー、あなた、今日は月瀬さんのお勉強の邪魔してたのね?」
刹那、シグニーミアと月瀬の肩が震えた。
「えっ。あ……」
「悪い子なのねシーニー。月瀬さんの事がだぁ~い好きなのはわかったけどぉ……。今、あなたが月瀬さんにかまって攻撃しすぎちゃったら、月瀬さん、あなたに夢中になれないかもなのね? ……ねぇ月瀬さん?」
「そうなのっ!?」
最初に妖しげな笑みを浮かべるイチェアが、続いて驚愕を露わにしているシグニーミアが月瀬の方へ顔を向ける。
――どう答えればいいんだこれ!? ……いや、迷ってる時間は無い! どうにでもなれ!
「そっ、そうなのミア。私、午前中に宿題しなきゃって言ったじゃん? 私ね、ああいうの早めに終わらせないとずーっと気が散っちゃうタイプなんだ! だから、その時にミアに構ってってされても、宿題の方が気になっちゃうの! あなたと遊ぶことに集中できないの!」
コウヨクが信じられないものを見るような目でこっちを見ているがきっと気のせいだろう。ついでに「何よその自己管理能力の塊……」と震えた声が聞こえた気もするが同じく気のせいだろう。
「そう……なんだ?」
「月瀬さんは立派なのね。……ねぇシーニー、あなた、月瀬さんに構って攻撃しちゃうみたいなのね? なら、月瀬さんの為にも、時々離れた方がいいと思うのよ」
「う……で、でも、イチェアぁ……」
どうやら彼女なりに少しずつ納得しているらしく、でも同時に思う所もあるようで、しどろもどろになるシグニーミア。
その瞬間を見逃さないと言わんばかりに、コウヨクが勢いよく立ち上がった。月瀬を見つめるその赤い瞳は、決意みなぎるもの。
「月瀬さん! あたしとイチェアは宿題の邪魔なんてしないわ。……邪魔しなければ、早めに終えられる?」
「! は、はい!」
「やっぱりあなた凄いわ……。シーニー、聞いたわね? あたし達と一緒のパトロール……ローテーションに組んでもいいかしら?」
「……。うん……」
渋々、といった様子でシグニーミアが小さく頷く。同時に魔法少女二人がやりきったと言いたげにほっとした表情になり、月瀬もまた余計な力を抜いた。
だが、暗いシグニーミアの表情を見ていると、安心感が少しずつ崩れていく。なんせ無理やり説得させたのだから。
月瀬はしゃがみ込む。しょぼくれているシグニーミアと目線が合うように。
「あのねミア。もしさ、パトロールで何か倒したり、誰か助けたりしたら……その時の事、私に教えてくれるかな? 私ね、魔法少女の活躍聞きたいの」
「! うん!」
刹那、シグニーミアの顔が喜びに満ち、花の咲くような笑顔で頷かれた。
――あ、笑った。……よ、よかった……。
先ほど崩れた安心感が少しずつ再構築されていくのを感じ取る。
だが、月瀬の仕事はこれだけではない。二人の魔法少女に伝えておかなくてはいけないことがある。
月瀬は顔を向け直す。顔をほころばせるイチェアと、憂いを帯びた表情で顔を反らしているコウヨクの方へ。
「……あ、二人共、その、明日はミアと一緒に居たいです。一緒に出かけるって約束したので!」
「ツキセ!」
「……そうなの?」
「そうみたいなのよ。壁が言ってるのね」
――あれ、私の部屋でした約束をリビングの壁が知ってんの? 私のプライバシー筒抜け……?
思い返せば、シグニーミアが宿題の邪魔をしていたのも、遊びの約束をしたのも月瀬の部屋での出来事である。
イチェアが居る限り自分のプライバシー権は消滅するのかもしれない。
そんな事を思った次の瞬間、重い衝撃が腹に走った。
「ツキセ! 好き!」
「わぎゃっ!?」
どうやらシグニーミアは完全に機嫌を直してくれたようで、月瀬に飛びかかるようにして抱きついてきたのだ。バランスを崩しかけたが後ろに下げた足で踏みとどまる。
が、次の瞬間、月瀬の腹部から背中にかけて、非常に強い激痛が走った。
ミシ、ミシ……という体内から鳴ってはいけない音が聞こえる。シグニーミアの腕力が強すぎるせいで、助骨が悲鳴を上げているのだ!
「あぐ……み、みあ……ぁ゛……いだ……――ひぎゅッ!?」
助骨の悲鳴が聞こえる。いや、聞こえるどころじゃない。今、はっきりと、嫌な音がした。
激痛に苛まれる。息が吸えない。喉が、肺が、なにかに塞がれているようだった。
「シーニー! 月瀬さんの体から鳴っちゃいけない音鳴ってるのねシーニィー!!」
「あぁっ!? ――【キュア】! ツキセ! 起きてー!!」
そんなこんなで、魔法少女がてんやわんやする時間がしばらく続き。
月瀬が意識を取り戻した時、時刻は夜に差し掛かる数歩手前であった。




