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1日目ー1 山猿系魔法少女、なぜか会話可能になる

 夏休み一日目。早朝。

 カーテンの隙間から漏れる光が顔に当たり、月瀬の意識が薄っすらと浮上した。だいぶ寝ぼけたまま小さく身じろぎすると、枕に放り投げ出された長い紺色の髪がさらりと揺れた。


 ――起きなきゃ。今日も学校が……ああ、無いんだった……。


 いつも通りに眠気を追い払おうとしたところで、ずっと前から知っていたビッグニュースを思い出す。そう。今日から夏休みなのである。

 まぶたから力を抜いた月瀬は、そのまままどろみに身を委ねた。


 ――あー……そういえば不思議な夢見たな……。魔法少女を拾うなんて……。


 まぶたはまだ重く、外界の光を取り込む事を拒絶している。現実と夢の境界線を彷徨う感覚が続く中、ふと思い出したのは白とピンクがよく似合う魔法少女の事。小さくて、可愛くて、いい匂いがした……山猿のような凶暴な少女。


 ――まぁでも、あの投げキッスの魔法(?)はすごかったな……。もう一回見たかったな……。


 魔法少女が現実にやってくる――幼い頃から何度も夢にみた光景だ。

 本当に幼い頃は魔法少女に憧れていたし、悪いやつをやっつけてほしいと、自分を連れ出してほしいと何度も何度も願った。

 だが、月瀬はもう高校生。幼い精神のまま夢を語れるような純粋さなどとうの昔に失ってしまった。

 夢は夢であるからこそ美しい。月瀬は夢から覚めるべく、そっと目を開いた。


 その魔法少女が目をかっぴらきながら顔を覗き込んでいた。


「――っひぎゃああああああああああああああああ!?」


 ***


「お、おは、おはよう……」

「ぉう!」


 心臓が止まりかけたと共に盛大な悲鳴を上げてから数十秒後、未だに存在を酷く主張している心臓を抱えながら、月瀬はなんとか挨拶を絞り出した。目を開けたら顔面数センチ先に誰か――しかも、先程まで思い描いていた存在――に覗き込まれたのなんて生まれて初めてである。


 ――ゆめじゃ、なかった……。そうだ、私、この子拾ったんだった……。


 この魔法少女を拾ったのは夢の出来事ではない。ついでに言うと昨日110番通報するタイミングをずっと伺っていたのだが、投げキッスしてから彼女は急に大人しくなり、ずっと後を追いかけるようになっていたせいでタイミングを失い続け、今に至る。勿論、急に態度を変えた理由はわからずのまま。


 ――そういえば、この子、昨日投げキッスしてから妙に大人しくなったんだよね。何も壊さなかったし、暴れかけたのも一回だけだし……。なんで急に態度が柔らかくなったんだろ……?


 なお、彼女が暴れかけた唯一の事柄が、目にシャンプーの泡が入った時。一人で風呂に入ってくれなかったから仕方なく洗ってあげた時の事だ。暴れられるかと思って心を身構えるも、泡を落として湯船に入れたら「ふぃー……」と惚けた顔になったので思わず宇宙猫面になってしまったのは記憶に新しい。


 昨日の記憶を少しずつ紐解くようにして思い出していく。

 ある程度の事を思い出した時、月瀬は、そうだ、と小声で呟いた。確か昨夜、お客さん用の布団を取り出して別の部屋に敷いたのだが、それを使う事を魔法少女はなぜか全力で拒否し、軽い問答の末に月瀬が折れたのだ。


 この魔法少女と出会って約十七時間。大人しくなってくれたのはいいものの未だによくわからない。


 月瀬は意識を回想から現実へ切り替え、周囲を見渡した。部屋の中に乱れていたり壊れているような箇所は無い。

 昨夜、離れてくれなさすぎて一緒に寝た時は恐怖でいっぱいだったが、それほどびくびくする必要は無かったかもしれない。

 態度を変えた理由がわからないのに、警戒しないのはおかしいと言われればそれまでではあるが。


「あの……私が寝ていた間、もの壊したりとかしてないよね?」

「わぅ!」


 恐る恐る尋ねると、魔法少女は笑顔で返事をした。月瀬とは真逆で、朝からなんとも元気である。

 ちなみに、今の魔法少女は月瀬のパジャマを着ている。月瀬よりも小柄なせいで、全体的にぶかぶかだ。


「……ほんとにしてないよね!? ここは相葉さ……私のお婆さんの家なんだからね!? 壊してたら修理費請求されるの私なんだからね!?」

「てない!」

「ならいいの! ……じゃあ、ご飯食べる?」

「べる!」


 ***


「――痛ッ!」


 朝食を用意している最中、うっかり包丁で指を切ってしまった。傷は全然深くないが、できたてほやほやの傷口からは血が滲んでいる。

 いつもなら無視して料理を続行するが……月瀬は、隣に立っている魔法少女を見やった。


「ねぇあんた、この怪我治すことできる? 昨日みたいに……」

「できゅー!」


 頷いた魔法少女は月瀬の指先を両手で包み込むように軽く触れ、小さく祈るような仕草をとる。


 すると、魔法少女の手の中から緑色の淡い光が漏れた。それと同時に月瀬の痛みも和らいでいき、光が無くなると共に痛みも消え失せていく。

 数秒後、魔法少女がそっと手を離した時、そこには血どころか傷口や痛みも無い綺麗な指先があった。


「ありがと。……あんた、凄いね」

「えっへん!」


 昨日とやり方が違う事に疑問を抱いたが、確信がそれを上回る。

 やはり彼女は本物の魔法少女なのだ。

 こんな形で夢が叶うとは――顔に出さないよう、心の中で感動する月瀬。もし昨日の出来事がなければ喜びを声に出し、嬉しさで飛び跳ねていただろう。


 ――本当に魔法少女なんだ……! あぁ、これで会話が成立すればなぁ……。


 そう思ったところで、ふと疑問一つ。ここ起きてから数十分しか経っていないが、なんか昨日よりもずっと会話が成立しているような気がしたからだ。

 再度魔法少女の方を見やる。未だにパジャマ姿のままの彼女はきょとんとしていた。


「……あれ、もしかしてあんた……言葉わかるようになった?」


 恐る恐る問いかけると、魔法少女は腰に手を当て軽くふんぞり返った。しかもドヤ顔つきで。


「ことば、覚ーた!」

「早くない!?」

「おまえ、いっぱい話した! だから!」

「……ああ、昨日いっぱい話しかけた意味あったんだ」


 昨日、なんとかコミュニケーションを取ろうと身振り手振りつきで話しかけていたのが功を奏したらしい。

 魔法少女の言葉は文法の細かい部分がおかしいし、全体的に舌っ足らずなところがある。……が、昨日の今日でこれなら上出来という単語では足りないくらいの上達っぷりだ。

 勿論、急展開かつ非現実的すぎて納得は何一つできていないが――。


 ――随分と急だな? まぁ、魔法少女だしそのくらいできても不思議じゃない、か……?


 そう思い込むことにした。というか、そう思わないと疑問で頭がパンクしてしまう。

 それよりも、会話ができるようになったのなら確認しなくてはいけない事がいくつかある。

 が、疑問は芋づる式に出てくるだろうし、今は朝食の準備中である。月瀬は深呼吸を繰り返し、残りの食材を切る作業に戻った。


 ***


 朝食後、色々と問い詰めるべく、自室に戻った月瀬は魔法少女に改めて向き直った。

 最初に思いついたのは、昨日真っ二つに折られてお陀仏になった相棒ことスマートフォンについて。


「会話ができたついでに一つ教えて。あんたなんで昨日スマホ壊したの!」

「すまほ?」

「これだよこれ! なんで壊したの大事なものなのにー!」


 引き出しにひっそりと閉まっていたスマートフォンを取り出し、魔法少女の前に突きつける。

 魔法少女は目をぱちくりとさせ、気まずそうに月瀬から目を反らした。


「……おまえ、敵、仲間、わからない。いやな感じした、それもつ時。だから壊した」


 初めて見た月瀬に対して警戒心を抱くのはまだ理解できるが、手当てした奴を敵認識されたという点で怒りがせりあがってくる。感謝を押し付けたくはないが、こちらが助けていなければ死んでいたかもしれないのに。

 月瀬は奥歯を噛み締めて、重いため息を一つ吐く。魔法少女の瞳がこちらを向いた。


「何でいやな感じしたのかはわかんないけど……。これはね、あなたに危害を加えるものじゃないの。だから壊したって意味ない」

「うー……」

「わかった?」

「……うん」


 月瀬の声はいつもよりずっと低く、重々しいものになっていた。ここでブチギレたって意味が無い。それどころが逆にひんしゅくを買うかもしれない。

 だが、月瀬が怒っている事は理解してもらわないといけない。

 俯いた魔法少女は何か言いたげな様子であったが、口をきゅっと閉じ、肩を小さく縮こませる。


 再び月瀬のため息一つ。言いたいことはひとまず伝わってくれたので、先程よりも軽いものであった。

 そして、魔法少女の前に折れたスマホを再度差し出す。魔法少女が顔を上げた。


「……ねぇあなた、これ直せる?」

「やってみる……」


 魔法少女が月瀬の手ごと両手で包み、目を閉じる。先程と同じように手の中から淡い光が溢れたが、魔法少女が手を離した時、スマホは折れたままだった。

 うっすら期待していた月瀬の心が現実へと向き直る。いくら魔法とはいえど、期待しすぎは良くないのだ。ここはご都合主義盛りだくさんな世界ではないから。


「だめかー……」

「……ごめん、なさい……」

「……まぁ、貯金はあるし買い直すよ。……でも、もう壊さないでね。何度も言うけど、これはあなたに危害を加えるものじゃないから」

「う、うん! わかった!」


 頷いた魔法少女が月瀬の目をじっと見やる。彼女の事を心の底から信頼したわけではないが、ひとまずその言葉に嘘はありませんようにと月瀬は祈る。

 続いて、月瀬はスマホに視線を落とした。幸いにもsimカードとSDカードは問題なく取り外すことができる。


 本来ならアルバイトなりで弁償をしてもらいたいが、世間知らずな上、無一文の可能性が非常に高いこの子にそれを求めるのはだいぶ酷だろう。

 勿論、言いたいことは山のようにあるが、それを全てぶちまけられられない程度には我慢に慣れてしまっている。

 ふぅ、と小さくため息一つ。直後、ふと思い至った言葉を口にした。


「……そういえばあなた、今は私に攻撃してこないけど、敵じゃないってわかってくれたの?」

「よわい。むがい!」

「……。まぁ間違ってはないけどさぁ……」


 魔法少女にただの人間が勝てないのは当たり前の話ではあるが、それとは別にこめかみに力が籠もってしまう。

 だが、相手は子供。ここは感情を殺してでも年長者としてやるべき事をやらなくてはいけない。


 ――はやく保護者見つけて引き取ってもらわないと……。


 ここまでに出てきた思うところは全て保護者にぶつけよう。そのためには情報が必要だ。そう思い、口を開く。


「そうだあなた、名前なんて言うの?」

「ないよ?」

「えっ」


 月瀬は思わず魔法少女の顔をまじまじと見る。だが、平然しているその顔に嘘をついている様子は無い。

 それどころか、驚いた月瀬に追い打ちをかけるように。


「ないよ?」


 そう、復唱した。


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