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5日目ー7 怪物

 葬式のような重々しい空気が支配する事十秒程。

 一番最初に静寂を破ったのはカイネであった。


《――とりあえず、その画像について詳しく教えてくれないか?》

「そうね、まず、状況について説明するわ」


 そう言い、コウヨクはウィンドウに広がる画像を示す。


「これはね、警察という自衛団みたいな存在が、行方不明になる少し前の映像の一部よ。場所はここから一番近い交番って名前の詰所ね」

《行方不明? な~んかこの辺りちょっとぴりぴりしてんなと思ったらそんな事が》

「再生するわ」


 コウヨクがウィンドウの中央部に触れる。するとその画像――否、映像が再生された。三日前の日付がかかれたそれは、おそらく監視カメラの映像だ。


《こういうのは見つけた時に通報してほしいなぁ……》

《す吶∩ま縺帙s! 縺。ょっ縺ィ今ス吶∪縺サ壊繧後※て……》


 映像から流れる音声は、警察官のものはスムーズに聞き取る事ができる。

 だが、もう一種類の声は非常に聞き取りづらい。まるで、A言語で発音された文章の一部を、無理やりB言語の発音で上書きしたような文。


 それだけではない。怪物が発しているこの言葉は、この場に居る全員が聞き覚えのあるものだ。


「……月瀬さんの、声……?」


 震える声で呟いたのはイチェアであった。恐怖に歪む彼女の顔は先程よりも血の気を引いており、貧血を疑いそうな程真っ青になってしまっている。

 一方のカイネも映像を凝視している。眉間には薄くシワが刻まれており、思う所がありそうな表情だ。


《……これ、どっちがどっちだ?》

「多分、今ぐねぐねしてるのが月瀬さん……あ、ほら、見て」


 コウヨクが再度映像を指差す。それから数秒して、片方の怪物がもう片方の怪物を攻撃した。

 攻撃された方の怪物が倒れる。それを見た警官が慌てて怪物達の方へ近寄り――。


《大丈夫かい!? 返事をし――》

《縺ゅ↑縺溘b、縺斐a繧薙ロ?》


 攻撃した方の怪物――シグニーミアを連想させる声だ――が鎌のような腕を伸ばし、警官に向かって振り下ろした。

 直後、警官の肩から腰にかけて斜めの切れ込みが入り、血が撒き散らされる。

 同時に、その後ろに空間の亀裂が発生し、驚きを隠せない様子の警官がその中へ吸いこまれていく。警官の全身を飲み込むと、切れ目は消滅した。


 続いて、警官を攻撃した怪物の立つ地面がぐにゃりと歪む。それが先程倒れた怪物を引っ掴んだ直後、地面に溶け込むようにして姿を消していった。

 それと同時に映像が止まる。最後まで再生しきったのだ。


「……とまぁ、こんな感じよ」


 ここまでの衝撃映像、合計五分足らずという非常に短い時間。

 たったそれだけの時間なのに、再生を終えた頃には空気がお通夜同然のものになっていた。


「……そうか、だから……あなたはあの時、月瀬さんを襲ったのね……?」

《ま、可愛がってる妹分がこんな事したなんて信じたくないよな。月瀬にヘイトが向くわけだ》


 蚊の鳴くような声で死んだような顔のイチェアがつぶやき、やれやれと言わんばかりの表情でカイネがぼやく。

 返事の代わりにコウヨクは唇を噛んだ。素直になれない程度には程大人びていない上、嘘をついても見破られると理解している程度には子供ではないからだ。


「念の為に聞くけど……カイネ、あんたが絡んでいるわけじゃあないのよね?」

《絡んでるわけねーだろ。俺だったらもっと可愛らしい見た目にするわ。あいつ可愛いの似合うもん》

「あんたの部下も関係ないわよね?」

《ああ。セヴォースとロウはそもそも人体改造とかできないししない。メルセントは……やるとしたらスライム化だな。お前らも見たことあるだろ?》

「ちょっとあの悪夢思い出させないでほしいんだけど……。でも、そうよね。あんたの部下じゃあないわよね……」


 はぁ、と溜息を零しテーブルに突っ伏すコウヨク。

 コウヨク達魔法少女とカイネ達悪の組織は、気が遠くなる程の期間戦いを続けている。何なら時々休戦したり共闘までしている。だから互いのやり口は大体知っているのだ。


 だからこそ、あの動画を視聴し、怪物のうち片方はシグニーミアの可能性が非常に高いと理解した瞬間、コウヨクは驚愕や戸惑いと共に確信を得た。

 今のシグニーミアは外部の存在によって書き換えられてしまった存在であるのだと。

 それらの直感と知識、そして彼女の短所でもあり長所でもある猪突猛進な部分が導き出した結論――それが昨日の月瀬襲撃事件だ。


 ――でも、月瀬さんは本当に巻きこまれただけっぽいのよね。 ……やっぱり、襲撃したのは早急すぎたわ……。ああもう、これだからあたしは……。


 コウヨクが月瀬に抱く感情は、警戒半分、『一般人に危害を加えてはいけない』という正義の魔法少女としての気持ち半分、おまけで『子供は守るべき』という常識をひとつまみと言ったところだ。


 だが、出会ったばかりの小娘と、ずっと前から面倒見てきた妹分、どちらが大切かと聞かれれば後者――シグニーミアと即答する自信がある。

 再び溜息をついていると、カイネに声をかけられた。


《ところでコウヨク、お前この動画どこで入手したんだ?》

「ん? あー……交番……」


 気だるげな表情を隠す事もせずむくりと顔を上げる。ついでにイチェアの方をちらりと見る。先程よりも顔色が良くなっている事に気が付き密かに安堵した。


「ほら、あたし、認識おかしくする魔法使えるでしょ? それで、シーニー探しながら困ってる人も探してたの。その時、『一人の警察が突然行方不明になった』って教えてもらったの」

「怪物によって別の場所に飛ばされたっぽい人なのね?」

「そうそう……。それで色々聞き出しているうちに、監視カメラに変な怪物が映ってたって聞いて……。まぁ、うまい具合にデータ貰ってきたの」

「あら、あまりよくない手段使ってきたのね?」

「し……っ、しかたないでしょう! こんな怪物からシーニーっぽい声が聞こえたんだから!」


 勢いで上半身を起こし、慌てて言い訳を積み重ねる。

 後ろめたい感情を誤魔化すように咳払い一つ。


「ごほん! その後は聞き込みして、シーニーの居場所突き止めて、罠張って、案の定月瀬さんが引っかかったから襲撃した。後はあなた達の知る通りよ」


 そこまで一気に言い終えたコウヨクは、ふぅ、と大きな息を吐き出して背もたれに背中を預けた。


「……で、この事で一つ思う所があって……。昨日の襲撃、月瀬さんからしてみれば『急に知らない奴に攻撃された』って処理されてると思うのよね」

《その上、襲撃してきた奴はわけわかんない事でブチ切れていたかつ見事な謝罪芸を披露したという》

「うるっっっっさいわねホントのこと言わないでよ玉潰すわよ!?」


 急に尻尾を握られた犬の如く目を釣り上げ大口開くコウヨク。この男にからかわれるのには未だに慣れない。否、慣れてしまったら終わりな気がするというべきか。

 近いところから聞こえる《おぉ怖》という笑い混じりの声を無視しながら、こめかみに血管が浮きそうになるのを気合でこらえた。


「それで、相談があるんだけど……仮にこの事話すとしたら、どこまで月瀬さんに話せばいいと思う?」

《とりあえず全部話すのはやめとけ》

「同意するのね」


 カイネの口調から笑いの震えが取れ、すぐ近くでイチェアが大きく頷く。


「それは……月瀬さんが黒幕かもしれないから?」

《いいや。昨日お前に追いかけられてた時の感情から察するに、月瀬はただ理不尽に巻き込まれただけだろう。……それよりも、シグニーミアに知られる方がまずくないか?》

「そーねー。何らかの事故か、黒幕的なのが居るのかもわからないけど……月瀬さんが危険な目に遭っちゃったり、シーニーの状態が悪化するのは避けたいのね」

「そうよね……。でも、昨日あんな事しちゃった以上、下手にごまかすのもよくないと思って……。あー! なんであの時もっと冷静になれなかったんだろー!?」


 ゴン、と勢いよく突っ伏した頭がテーブルにぶつかり、小さくテーブルが揺れる。

 そのまま静かに涙を流していると、こちらへやってきたイチェアがそっと頭を撫で始めた。


「おーよしよし。きっと追い詰められちゃってたのね。次からはおちびの連絡ちゃんと読むのね」

「うぅ……。わかった……」


 よしよしとされていると心の痛みも物理的な痛みもどこかへ消えていく気がする。

 そんな魔法少女二人が戯れている間、カイネは口元に指を当て小さく俯いていた。


《ふむ。事実を伝えるのは避けつつも、いい感じにごまかす方法……》


 俯いたままコウヨク達には聞こえないくらいの声量でぶつぶつ呟く彼。

 一分も経たないうちに、彼は顔を上げた。晴れた表情――爽やかだが、どこか胡散臭い笑み――を貼り付けたまま、魔法少女達に声をかけるカイネ。


《なぁコウヨク、月瀬には事実を混ぜた嘘を伝えるというのはどうだ?》

「……例えば?」


 コウヨクが亀のような遅さで顔を上げ、イチェアもカイネを見やる。

 そして、二人揃って顔が強張った。経験上、あの顔は変なことを考えている時の顔だとわかっているからだ。


《お前の能力や、警察ってやつから話を聞いたというところは丸まんま伝える。そこから先を変えるんだ。

 そうだな……『突然あちらこちらで時空が乱れて、魔物とかが襲来した。それで住民はパニック。それを聞いたお前は発生源を調べたところ……月瀬の家を中心としている事を発見した。だから、月瀬が原因ではないかと思った』。これでどうだ?》


 一息つけられる程の間が開く。最初に「いいんじゃねーのね?」と声を上げたのはイチェアであった。その表情は先程よりも警戒が薄れている。


「ちょっと短絡だけどコヨなら納得できるのね」

「悪かったわね短絡的で。……まぁ、嘘としては悪くないと思うけど、ちょっと無理が無い? この辺りで魔物が出現したという情報は……一昨日に一件だけだったわよ? あれもどこまで本当かわからないし……」

「それは本当なのよ。シーニーが魔物を退治したらしいのね。壊れた建物が言ってたのよ」

《ついでに修復も要求されたよな……まぁやったけど》


 すっかり姿勢を戻したコウヨクが、カイネとイチェアの顔を「えっ、えっ?」と交互に見比べる。二人共嘘を言っている雰囲気ではない。


「そう、なの? じゃあ……割とアリ……なのかしら?」

「でも、それ以外は出ていないのね」

「だめじゃないの」

《なぁに、追加で出せばいいだけの話だ》


 刹那、パチン! と指パッチンの音一つ。

 それと同時に、そこそこ力の抜けている表情を浮かべていた魔法少女達の目が急にかっぴらき、警戒の表情を宿す。


「――待ちなさいあんたまさか」

《そのまさかだ》


 次の瞬間、にやついたカイネの映っているウィンドウから彼の姿が消え、代わりに複数の映像――画面が複数に分割されており、明らかに異なる道や空き地、公園などが写っている――へと変わる。


 それらの映像は全て、空間の亀裂が存在していた。なお、同時に映っている通行人達にはそれが見えていない様子。

 コウヨクはこの世界にやってきてから今日までの記憶を思い返す。あんな場所に亀裂は無かった。


 ――こいつ、別の世界とつなげやがった!


 それだけではない。

 分割映像のうち一つが大きくなり画面全体を占めたかと思えば……空間の亀裂の一つから、魔物がぬるりと飛び出してきたのだ。

 それも、ジョギング中であろう一般人のすぐ側に!


《ほぉーら、早速魔物に遭遇して腰抜かしてる一般人が居るぞ。なんとかしてきたらどうだ?》

「あんたね! ほんっとあんたね!!」

「休戦してなかったら殴り殺してたのねこのヤローがよぉ……!」

「提案に現実味を出してくれたことは礼を言うわ。それとは別に死ね!!」

《はははははっ。頑張れよ魔法少女共。じゃーなー》


 その言葉を皮切りに、テレビを消すかの如くブツンという音を立ててウィンドウが消える。消える瞬間に笑顔のカイネが映っていたが、魔法少女達がそれに目を向けることなど無く。

 かたや奥歯を噛み締め、かたやこめかみに血管を浮かせ――それぞれの方法で怒りを丸出しにしつつ、魔法少女二人は本拠点の出入り口へと突風の如く駆けていった。


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