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5日目ー4 好奇心と人生設計は両立できない

 先ほど言われた単語を頭の中で反芻しなおす。


 『自分に魔法を使える素質がどのくらいあるか、気にならないか?』


 その言葉は、甘い刺激と嫌な予感両方をもたらした。

 夢だけを見つめたままYESと答えるべきか、夢へと続く道は現実と呼ばれる初見殺しのトラップ盛りだくさんアクションゲー――しかもセーブポイントやコンティニューは無し――である事を直視してNOと答えるべきか。なぁなぁの答えを出すべきか……いや、元より答えなど決まっている。


「……気にはなりますけど、知りたくはないです」

「ほう、理由を聞いても?」

「一度知っちゃったら、戻れなくなるので」


 そう。知らなかった事を知ることはできれど、特定の記憶だけ忘れる技術など今の日本には無い。

 それはどういう事かと言うと――。


 ――うっかり知っちゃったら、絶対勉強しなくなる!!


 こういう事なのだ。

 月瀬は自分なりに立派な人生計画だって練っているし少しずつ準備もしている。その為に勉強していると言っても過言ではない。


 だが、もし、自分が魔法を使えるのなら、どうなるだろうか?

 答えは簡単。魔法に頼り切ってまともな高校生活からドロップアウトするという選択肢を選んでしまうのだ!


 ――A高に入れた程度には頭良いんだよ私! 絶対この頭をフル回転させて魔法の勉強をし続ける悲しきモンスターになっちゃう! そんで上手く行かなかったら働けるのに生活保護のおばさんになるか、コネ入社してあのクソ親戚共にどやされるんだ! やだよそんなの!


 A高というのは、月瀬が通っている高校の事。偏差値が六十代後半な難関校の一つ。

 そんな高校に独学で入れた程度には月瀬の頭と要領は良く、自分のコントロール方法さえも熟知している。

 いくら美しい夢が目の前にあるからと言って……自らコントロールできない状況へ飛び込むなど、どうしてできようか。


 だが、やはり夢というものは美しく、魅力的だ。

 こんな事を語る理性とは裏腹に、自分の素質について……あわよくば魔法について知りたいという欲望がムクムクと膨らんでいると自覚してしまう程度には。


「知りたくないの……? やなの?」

「……嫌ってわけじゃない。わけじゃないんだけど……。こっちも事情があるの……」


 ――『勉強しなくなるから魔法学びたくありません!』なんて口が裂けても言えるわけないじゃん……! 恥ずかしい……!


 不思議そうな顔のシグニーミアに問われ、月瀬はしどろもどろになりつつも答える。

 続いて、二人の様子を見守っていたイチェアが口を開いた。


「カイネ、月瀬さんに魔法使える素質は全然無いのね。魔力を貯める器はあるみたいだけど……小さすぎるのよ」

「確認したのか?」

「数日前、この子にアクセサリー渡したのよ。魔力込めると剣になるやつ。……魔力の込め方教えたけど、できなかったのね」

「あー納得。……でもさぁ、尚更じゃねぇの?」

「どういう事なのね?」

「中途半端に情報をちらつかせるのは良くねぇって事だよ」


 ――あんたがそれを言うか?


 月瀬は視線をカイネへ向けた。

 もともと、彼が提案しなけばこんな流れにはならなかった。いくら空気が悪くなっていたとは言え……あんな提案を断られた後に『中途半端に情報をちらつかせるのはよくない』なんてダブルスタンダードを実行できるのか。悪の組織総大将だから人の心がないのかもしれない。


「最低でも……自分の状態は他の人と比べてどうなのかを把握しておかないと。月瀬はいつか、異世界出身者(おれらみたいなやつ)と遭遇するかもしれない。その時に昨日のような事が起きないなんて断言できないだろ?」

「まぁそーねー。……ところであっちでコヨが頭抱えてるのだけど」

「俺の発言がクリティカルヒットした証だろ。ほっとけほっとけ。……んで、月瀬、あんたはどう思う? 賢い返事を期待しているぞ」


 カイネの視線が月瀬へと飛ぶ。

 月瀬もまた、カイネを見つめ直した。こいつは親切なのかそうでないのか、わざとなのか不器用なのか、そもそも何を狙っているのかさえもよくわからない。

 続いて魔法少女達を見る。カイネの提案に対して明らかな嫌悪感を抱いている者は居ない。……頭を抱えてうずくまっているのは居るが。

 ならば、カイネの提案が罠である可能性は低いだろう。


 ――カイネさんの言ってることは理解できる。みんなの反応から察するに、罠でもなさそう。でもこういう事知り過ぎたら絶対勉強しなくなるってわかってるんだよなぁ! 

 

 月瀬の思いとしては最初の主張と変わらない。だが、昨日のような事故はもう二度とごめんである。あの時はシグニーミアやイチェアが見つけてくれたからなんとかなったものの……魔法少女達が居なくなってしまった後は、自分で自分を守るしかない。


 ――でもなぁ、昨日みたいな事はもう勘弁してほしいし……魔法使えないって事を証明するくらいなら……大丈夫、かな? ちょっと、気になる……し……。


 普段は理性でがっちがちで固めているはずの欲望が、未来への不安という名の武器で拘束を破壊していく。

 月瀬がぐっと唇を噛み締める前で、カイネはにやにやとした表情を浮かべていた。


「……わかり、ました……教えて下さい。必要最低限の事だけでいいです。本当に、はい」

「不服そうだなぁオイ」


***


 それから数分後。


「――というわけで、これを使う」


 その言葉とともに、カイネがテーブルの上に置いたものは土台つきの丸い水晶である。大きさは月瀬の拳程。先ほど彼が独自で用意した空間の亀裂から取り出したものだ。


「魔力測定でもするんですか?」

「おっ、正解だ。使ったことある?」

「えっ!? いやありませんよ!? アニメとかでそういう描写見たことあるだけです!」

「なーんだ。だが知っているなら話が早い。ちびすけ、手本見せてやれ。俺だと多分壊れる」

「はいはい」


 イチェアが手をかざすと水晶が青く光った。外からの光に負けんじと輝いているその光は、色合いこそ違えど、ホタルのような強くも優しさのある光だ。

 この光景を目に刻む月瀬の脳裏を横切るのは、よくあるなんちゃってヨーロッパな異世界を舞台にした剣と魔法の物語……に出てくる魔力測定の様子。


 ――本当にアニメみたいだ……。すごい……。


 アニメを見ていた時は大した感想も無かったが、こうしてみると非常に神秘的で……いくつかの作品で儀式扱いされているのも納得がいく。

 そんな風に目を輝かせながら見つめていると、イチェアが「ふぅ」と小さく息をつき、水晶の光が消えていった。


「こんな感じなのよ。月瀬さん、やってみるのね」


 手をどかしたイチェアに催促され、手をかざす月瀬。

 ほんのりと手のひらが熱を帯びる感覚。だが、水晶は光っていないように見える。

 月瀬は心に何か刃物が刺さったかのような錯覚を得た。わかっていた事だが、やはり直接わからされるのは辛い。


「……光って、ない……?」

「いや、ぼんやりと光っては……。シーニー、ちょっとカーテン閉めてほしいのよー」

「んー」


 シグニーミアがカーテンを閉めると、水晶が光っている事が月瀬にもわかった。……かなり古びた蓄光キーホルダーのように、ほんの僅かな光であったが……。

 この場に居る全員が水晶玉へ視線を飛ばす。コウヨク、イチェア、カイネは興味深く観察するように、シグニーミアはちょっとつまらなさそうに、そして月瀬は……先程と同様、ひしひしと感じる惨めさを顔に出して。


「ぼんやりしてる?」

「……少ないわね」

「魔法が使えない世界の住人にしてはある方なのよ。でも、あの剣が反応するには少なすぎるのね」

「あ、あのっ、もういいですか……?」

「おーいいぞ。大体の事はわかった」


 月瀬が手を離したと同時に、微かな光さえも消えてなくなる。その最後を見届けるよりも前にカーテンが開かれ、室内が一気に明るくなった。


「さて、今のお前さんの状況と魔力について説明しようか。この水晶は『使用者が貯めれる魔力の量』を測る物。そんで、ちびすけの貯めれる量をバケツ一杯分とするなら……お前さんは手のひら一杯未満、ってとこかな?」

「うぐっ……」

「あ、両手じゃなくて片手ね」

「わざわざ追加説明しなくていいです……! それでっ、昨日、なんでコウヨクさんの結界に入ることができたんですか!?」


 月瀬の疑問に「それは私が説明するわ」というやや重めなコウヨクの声。


「あの結界に入れる条件は『魔力を貯める器が存在する事』だけ。つまり、さっきの水晶玉を光らせる事ができる存在であるかどうか、だけなの」

「そうなんだ……。あれ、普通の人は入れないんですよねあの結界。……じゃあ、なんで、私は入れたんだろう……?」

「ぱっと思いつくのは、あなたが異世界人の血を引いているか、それとも何かに改造されたか……ってところだけど、どっちも心当たり無いのよね?」

「ない、です。……本当に……」


 月瀬が首を横に振ると、コウヨクとイチェア、そしてカイネが「あの可能性はどう」「いやこの可能性かも」と軽く議論を始めた。

 一方、俯いた月瀬は両親の顔を思い出す。二人共会ったことはないが、どこからどう見ても立派な日本人である。

 なのになぜ自分は魔力を貯める事ができるのだろう


 ――片手のひら分かぁ……。


 月瀬は己の手のひらを見る。水が張っている様子をイメージするも……やはり心もとない。

 もし自分にもっと魔力を貯める事ができるのであれば、それこそバケツで水を撒くように魔物の一匹や二匹軽々と倒していけるのだろう。

 だが、手のひら分だけでは――。


 ――水鉄砲なら作れたりして。


 ふと、一つの発想が降り立った。それは幼い頃よく風呂場でやっていた遊びの一つ。

 月瀬は当時の事を思い出しながら両手のひらをぴったりとくっつけるように握る。続いて、水を出すための小さな隙間を作った。

 そうだ。量が無いなら出し方を工夫すればいいのだ。そうすれば自分だって――。


 ――待て! 待て待て待て私! 私にはやるべきことがあるだろうがよ!! 勉強!!


 そこまで思いかけたところで、月瀬は正気に戻った。

 なんという事だ。早速危惧した状況になりかけている。慌てて握っていた手を解き、誰にも見られてないか思わず見渡す。


 シグニーミアと目があった。しかも、反応から察するに最初から見ていた可能性が高い。

 硬直する月瀬を前に、シグニーミアは任せろと言わんばかりにドヤ顔でサムズアップ一つ。

 嫌な予感がした時には既に遅く、彼女はカイネの服の裾を引っ張っていた。


「ねーねー。ツキセのまりょくを貯めるうつわ? ってのは、大きくできないの?」

「できるぞ。急にどうし――」


 た? と言ったと同時、振り向いたカイネと目が合う。遅れて魔法少女二人も月瀬の方を向いた。

 沈黙一秒。

 青い瞳に、体の内側を見通された感覚がして。ぞくりと体が震える。


「……ああ、そういう」


 カイネの口元が弧を描く。その顔に浮かぶのは、紛れもなく愉悦そのもの。


「俺なら簡単にできるぞ。あんたを魔法少女……いや、大魔法使いにすることだって。……さぁどうする? 魔法を使ってみたい月瀬ちゃんや?」


 低く、ねっとりとした声。それは、ダイエット中に焼き立てパンケーキの匂いを嗅いでしまったかのような……激しい動揺と、非常に強い誘惑をもたらした。


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