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5日目ー2 気さくなラスボス(自称)

「あんた、俺が言うのもなんだけど暴力に屈するなよ」

「それが脅して家に入れてもらった人のセリフですか!?」

「はっはっは。あ、そうだ。昨日はごめんな。これ手土産兼お詫び。何用意すればいいかわかんなかったから適当に魔力貯めたものにしといた」

「ふぁ!?」


 玄関先にて。

 月瀬の奇声など気にもとめず、カイネはさも当然と言うかのように手提げのポリ袋を月瀬に手渡す。流れで受け取ってしまった月瀬が中を覗き込むと、ぼんやりと青く光る水晶クラスター――月瀬の顔と同じくらいの大きさで、なぜか冷気を感じる――が入っていた。


 ――なにこれでっか! てか冷た! なんでこんなすごい物がリサイクルショップの袋に入ってんの!? 結構重いんだけどなんで破けてないの!?


「まぁ非常時のエネルギー源くらいにはなると思うぞ。ってなわけでおじゃましまーす。あ、ちびすけは庭に放てばいいか?」

「犬扱いすんじゃねーのよ! あっ、月瀬さん、開けてくれてありがとなのよー」


 腰を下ろしたカイネがイチェアを庭に向けた状態で放つも、彼女は彼の足を一度勢いよく踏みつけた後月瀬の元へ駆け寄ってきた。

 その顔に浮かぶ笑み――こめかみに血管が微かに浮いている――は、踏まれた足を抑えながら小さく震えているカイネの事なんて知るかといった様子。


「ささ、月瀬さん、中に入りましょーなのよ。ささっ! ほらシーニーも、もうちょっと奥行って?」


 そのまま月瀬を両手でぐいぐい押し込む形で家の奥に追いやるイチェア。

 察したのかシグニーミアが数歩後ろへ下がる一方で、月瀬は「ぇ、あ」とその突然の行動に理解できず、でも押される力に抵抗する理由もなく上がり框へ両足を乗っける。


 そのままイチェアが土間に入ったその瞬間、彼女は勢いよく玄関扉を勢いよく閉め、鍵とドアチェーンをかけた。この間、二秒足らず。

 月瀬がぽかんとし、外から「ちびすけェ!」という怒号が聞こえる中、扉に向かってあっかんべーをするイチェア。……と、数秒遅れて同じようにあっかんべーをするシグニーミア。


 ――この二人、仲悪いにしては距離が近すぎる気がするなぁ……。でも仲良しって雰囲気じゃないし……。だめだ、わかんない……。


 そんな事を思いつつ、隣でふんぞり返っているイチェアを横目に、月瀬は水晶入り袋を近くの棚に置いて鍵とドアチェーンを元に戻す。

 理由はただ一つ。こんな場所で騒がれてご近所さんの噂話になっては困るからだ。


「……外暑いからカイネさん入れるよ。でも、喧嘩しないでねお願いだから。お願いだから!」

「ん」

「えー」


 シグニーミアはそうでもないが、明らかに不満げなイチェアの声を聞かなかった事にして、月瀬は玄関扉を開けた。


 ***


 あの後、カイネを家にあげてお茶を出した月瀬。ついでに自分達の分も淹れる。

 少しして、お茶を飲み干したカイネが口を開けた。


「……ん。なかなか美味かった。あ、そうだ、休戦協定結び直す前に自己紹介しなきゃだな。昨日しそびれたし」


 そのまま彼は月瀬の近くまで移動し、月瀬を守るように慌てて駆け寄ったシグニーミアを「そんな取って食うつもりじゃねーよ」と軽くあしらう。

 明らかにカイネに対して威嚇しているシグニーミア、羊羹を頬張りつつもカイネを見つめる目つきがどこか鋭いイチェア……二人の刺すような視線をものともしないまま、カイネは己の胸に手を当てる。

 月瀬が慌てて彼の方へ体の向きを変えたと共に、彼は軽く微笑んだ。


「俺はカイネ。ちびすけ……イチェアあたりから聞いているとは思うが、魔法少女と敵対してる組織の総大将だ。所謂ラスボスってやつ」


 月瀬は改めてカイネを見る。

 細く引き締まった体に、かっこよさと儚さが両立している整った顔……昨日はちゃんと見れなかったものの、こうしてみると肉体や顔のパーツのバランスが良い。

 それこそ、アイドルグループのセンターを陣取っていたり、ファッション雑誌の表紙を飾っていそうと思える程度には。


 ――こうしてみると、すごくかっこいい……モデルみたいな人だ……。


 もし昨日の襲撃事件がなければ、歩く芸術作品として月瀬の頭の片隅に居続けていただろう。


「結構長く在るから大体の事はできる。その中でも洗脳と肉体改造が得意」

「はいっ?」


 次の瞬間、現実味のなさ過ぎる単語に月瀬の意識は現実へと引っ張られ、彼は別にアイドルやモデルでもなく悪の組織の総大将である事を思い出す。

 洗脳と肉体改造を得意とするアイドルやモデルなど現実に居てたまるかという話である。


「戦いではー……直接殴り合うのよりもサポートに回ったり指揮する方が好きだな。加減間違えるとうっかり世界滅ぼしそうになるから」

「へ?」

「というわけで、よろしく」

「へ? あ……はい」


 カイネはにこやかな笑みを浮かべたまま、月瀬に手を伸ばす。

 そのギャップに一瞬混乱したが、やがてそれが握手のジェスチャーである事に気が付き、月瀬は握手した。

 手の平から伝わる冷たい体温が、彼の存在が現実である事を実感させる。


 ――私、ただの高校生なのに……ラスボス(?)と握手してる……。なんで……?


 ラスボスを名乗る強者が、一般人である月瀬と握手をしている。こんな光景、ニチ◯サでもそうそう見ないだろう。混乱をもたらした月瀬の意識は現実から明後日の方向へ向こうとしていた。


 魔法少女達がカイネを睨みつつも、手出しをしてこないのは彼がこっそり不穏な行動――例えば、握手している時にこっそり毒を打つとか――などをしないという意味を表しているのだろうか。

 カイネの温かみのある笑みと、魔法少女達の冷たい視線のギャップに困惑の笑みを浮かべながら、月瀬は自然に手を離す。


「あ、あの……私の事は、存じ上げているのですよね……? 昨日、私の名前言ってたし、今日だって、私の家に来たし…」

「だな。……名前は青蜂月瀬。A高校と呼ばれる学舎に通う学生。この場所で一人暮らしをし、数日前からシグニーミアを保護している者。心当たりが無いのに、なぜかコウヨクの結界に入れたもの。……まぁこのくらいの事しか知らんが」

「それだけ知っているのなら十分です……」


 ――なんでA高に通ってる事まで知ってるの!? 怖……!


 内心ドン引きしつつも、月瀬は震える声で正解を告げた。イチェアといい、カイネといい、いきなり自宅へ現れる存在は心臓に悪すぎる。


「それでだ月瀬、俺はただ昨日の詫び渡して茶ァすすりに来た訳じゃあないんだ。昨日みたいな事が起こらないように休戦協定を結びに来たんだよ」

「あ……昨日言ってましたね」


 カイネが相変わらず全力で威嚇しているシグニーミアを真正面から見つめた。

 赤とピンクのオッドアイ、そして青い瞳の視線がぶつかりあった瞬間、シグニーミアは月瀬を守るように小さく唸る。


「シグニーミアがこんな状態だろ? 戦える事はわかったが、戦えればいいってわけじゃない。というか記憶喪失の魔法少女に攻撃なんざ、変身中に攻撃するくらい卑怯な事なんじゃねーかって思ってる。……昨日のアレは、まぁ、例外って事で」


 月瀬はその言葉に改めてカイネの顔を見やった。

 一昨日のイチェアの話で存在を知り、昨日いきなり現れては魔法少女と交戦し、かと思えば喧嘩しだし、更には月瀬を人質にしてきたよくわかんないヤツだというのに……思っていたよりも――下手すれば、今まで出会ってきた人物の中で一番――ニチ◯サ理論が通じる可能性が高い事に対して驚いたからだ。 


 一方のカイネはイチェアを横目で見ては、そっぽを向かれていた。

 そんな彼女を軽く睨めつけ、続いて月瀬に対して不思議そうな顔で見つめ返しつつも、再度口を開く。


「シグニーミアの現状についての解明、そして元の状態へ戻す事が必要だ。その為に、両陣営で一度休戦の意思を確認しあいたい。……というわけで、今からここにコウヨクも呼ぶ、いいな?」

「構いませんが……」


 ――休戦協定結ぶ? って、何するんだろう……。


 カイネを見つめながら、月瀬の中に一つ疑問が浮かぶ。

 月瀬が知っている魔法少女ものの中で、敵と味方が休戦するのは――共通の敵を倒すためにライバル同士が手を組んだり、主人公に感化された敵が仲間になるといった展開を除けば――見たことが無い。

 だから、ぱっと思い浮かんだのは戦争などで互いの代表が話し合う和平会談の場面。

 あのような仰々しい雰囲気なのだろうか。不安と期待に胸を高鳴らせてると、カイネが困り眉になる。


「……言っておくが、そんな期待するな。子供の口約束レベルだ。無いよりはマシってやつ」

「へ?」


 それだけ言うと、きょとんとしている月瀬を置いて、リビングにある空間の亀裂の方へ向かった。

 そしてそのまま切れ目の中に上半身を突っ込み。


「おら出てこいコウヨク! 休戦協定結ぶぞ!」

「――そこ月瀬さんの家よねぇ!? なんでいんのよ!? てかいきなり覗くな!!」


 そう叫んだ直後、同じくらいの声量が切れ目の中から飛び出てきた。

 コウヨクの声だ。姿は見えない――というか、カイネの背中から足元までしか見えない――が、なぜだろうか、どんな表情をしているのかなんとなくわかる。


「なんでってぇ? んなもん脅して入れてもらったからに決まってんだろうがよ」

「月瀬さん怖がらせてんじゃないわよ! 死にさらせカス!」

「お前らに何度もボロ雑巾未満にされてま~す。おら出てこ――あでっ!」

「月瀬さん! 駄目よこんなフリーダム不審者家に入れちゃ! ああもう! ちょっとまって!」


 そんなコウヨクの叫びと共に、額を抑えたカイネが上半身をこちらの空間へ戻す。彼は痛そうに額をさすりながらイチェアとシグニーミアに対し「あいつもの投げてきやがった。ひどくね?」「残当なのね」「あたりまえ」などといった会話を交わす。


 その後、何か言いたげな顔で月瀬の事をじっと見てきたので、月瀬は冷や汗をたらしながらもシグニーミアに視線をやれば、彼女はカイネのすねに蹴りを入れた。

 ついでと言わんばかりにイチェアも軽く彼の尻を蹴り上げる。また軽めの悲鳴が聞こえたのは言うまでもない。なお、カイネの顔には悲鳴と似合わない笑みが浮かんでいる。


 ――なんでちょっと楽しそうなんだろう? やっぱりドMなのかな……。それとも構ってちゃん?


 カイネはイチェアから『なんかいい感じに倒されたがっている奴』という紹介をされていた。

 あの時もカイネドM疑惑を抱いたが、疑惑の晴れる気配はちっとも無い。


 そんなこんなで戯れているうちに、私服姿のコウヨクが空間の亀裂から姿を見せる。ついでに魔法少女二人から好き勝手蹴られてめそめそとしていた――しかし、本気で悲しんでいるようには見えない――カイネを邪魔だと言わんばかりに軽く踏んづけた。


 昨日ぶりに魔法少女三人と敵側の総大将が揃った月瀬の家。

 どう考えても休戦協定なるものを結べる雰囲気ではないのだが、一体これからどうなるのか――月瀬はカイネに好き勝手弱めの暴力を振るっている魔法少女達と、楽しそうに暴力を受け入れているカイネに軽く引きつつ、数歩離れたところから固唾を飲み込んだ。


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