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4日目ー9 本音はご飯の匂いに隠して

 それから時は過ぎ、午後の七時を回った頃。月瀬は一つの問題を抱えていた。


 ――どうしよう。どう考えても三人分だよコレ……。私とミアじゃ食べきれないよ……。


 台所に立つ月瀬の前には、よそわれていない料理があった。フライパンの中には回鍋肉が、手鍋の中には中華スープが、そしてボウルにはもやしのナムルがある。

 湯気と共に漂う香りは食欲を注ぎ、胃が期待で満たされる。だが、それらは明らかに二人じゃ食べきれない量だ。

 イチェアが今カイネの元に居る事を忘れたまま、何も考えず三人分作ってしまった故の失敗である。


 ――どうしよう。


 というのも、昼飯を用意しようとした時にコウヨクに食べるかどうか尋ねたら「いらないわ。魔法少女が人と関わりすぎるのはよくないもの」と一蹴されてしまったのだ。

 今日出会ってからの短時間でコウヨクの思考――信念、というべきかもしれない――はぼんやりとわかったが、それとは別にしょぼんとしながらおにぎりを握っていたのは記憶に新しい。

 思考を現実に戻す。月瀬の目の前には三人分の料理が並んでいる。うっかり作りすぎてしまったのだ。まだ皿に盛り付けられていないそれらを前に、月瀬は考え……。


 気がつくと魔法少女の本拠点と繋がっている空間の亀裂の前に居た。


「あ、あのー……。コウヨクさん、居ますか?」


 そっと声をかけてみると、ぱたぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。十秒もせずに、私服姿――Tシャツに薄手のパーカー、ズボンといった月瀬でもしそうなラフな格好――のコウヨクが出てきた。


「どうしたの? あれ……なんかいい匂いするわね、夕ご飯?」

「はい。多めに作りすぎちゃって……その、イチェアさんいつ帰ってくるかとかわかりますか……?」

「待ってて。聞いてくる」


 コウヨクが奥の空間へと消えてゆく。三十秒程経った頃、コウヨクは再び月瀬の前に現れた。


「今日は帰ってこないらしいわ。一晩中文句のぶつけあいコースねこれは」


 ――早くない!? ……え、何? 敵と通話できる道具でもあるの……?


 そんな事を思いつつも、月瀬は「あ、ありがとうございます」と言葉を捻り出した。コウヨクと出会ってから聞きたいことがどんどん増えていく気がするが、いちいち聞いていたら本題に入れないし夕飯が冷めてしまう。


 少しして、キッチンの奥から「ツキセー、食べないのー?」とシグニーミアの声――料理を作るのを手伝ってもらったのだ――が聞こえ、軽い足音が近づいてくる。

 部屋中に漂うソースの良い香りが、ただでさえ空腹なのに更に食欲を刺激し……時間と共に思考回路が食欲に支配されていくのが嫌でもわかる。大量の夕飯ができてしまったという問題を早めに解決しないといけない。


「イチェアちゃんの分どうしよう。二人じゃあんな量食べれないし……」


 刹那、コウヨクの肩がぴくりと震える。同時に月瀬が改めてコウヨクを見つめたと同時、目を逸らされた。おまけに顔が強張っている。

 ……明らかに動揺している。

 それだけではない。後押しと言わんばかりに、くぎゅるぅううぅうという可愛らしい音が聞こえてきた。コウヨクの腹から。


「……聞いてないわよね!?」

「ごめんなさい聞きました!」


 顔を真っ赤にして、目を釣り上げられる。ほんのりと目尻に涙の浮かぶその顔は、まるでラブコメでラッキースケベ系主人公にうっかり着替えを見られたヒロインのような表情。羞恥大半怒りひとつまみといった感じだ。なお、先程の音も相まって迫力は全然無い。むしろ可愛い。


 月瀬は笑い――断じて蔑みではない。どちらかというと、とても可愛らしいものを見つけた時に自然と出てくる言葉にできない喜び――をこらえる為顔に力を入れる。だが、不自然さが出てしまったらしく、コウヨクにぎろりと睨めつけられた。


「あの、イチェアちゃ――イチェアさんの分食べます?」

「い、いや。……でも……下手に魔法少女が人の日常に関わりすぎるのはよくないし……」


 駆けつけてきたシグニーミアが月瀬の隣に立つ。彼女はそのまま月瀬とコウヨクの顔を交互に見ては、月瀬の服を軽く引っ張った。そして、背伸びをし、月瀬の耳に口を寄せて。


「……もうちょっと押したらいい、かも?」


 小声でそうアドバイスをしてきた。

 月瀬は改めてコウヨクを見やる。コウヨクは腕組を軽く崩したような姿勢で己の服を握りしめており、軽く俯いている。表情こそは見えないけど、何かぶつぶつと呟いていた。内容はあまり聞こえなかったが「いや、でも……」「うぅ……」と自問自答を繰り返しているように見える。

 ふむ、と月瀬は考える。そのまま脳みその回転速度を上げ、答えをふりだした。


「こ、コウヨクさん、私、料理多めに作りすぎちゃって……、その、私もミアもここまで食べられないので、困ってるんです。明日になったら痛みそうで、料理を捨てたくはなくって……だから……その、嫌でなければ……消費に協力してもらいたいんです」

「し、しょうがない、わね。……た、食べ物が勿体ないし? 捨てるくらいなら食べるの協力するわ! そ、そう! エコよエコ!!」


 その言葉と共に、コウヨクがこちらに近づいてくる。月瀬とシグニーミアが体をどかすと、コウヨクは「おじゃまするわね」とこちらの空間へとやってきた。

 口元こそきゅっと横一文字に結ばれているものの、頬はやや赤く染まっており、月瀬の家を見渡す紅の瞳は輝いているように見える。


 ――あれ、思ってたよりも……ちょろいなこの人……?


 あの言葉で駄目だったら、『シグニーミアに楽しい記憶を提供したいから一緒に食べてほしい』と付け足す事も考えていたが、どうやらそこまでしなくても良さそうだ。

 今考えている事を絶対口に出さないように、震える口元に力を入れつつ、月瀬は頭を下げた。


「ありがとうございます! あ、すぐ用意するのであっちの椅子に腰掛けててください」

「待ちなさい! 配膳とか盛り付けの手伝いくらいはするわ!」


 コウヨクにいつも使っているテーブルと椅子の場所を教え、シグニーミアを連れてキッチンに戻ろうとしたら止められた。本当に出会いこそ最悪であったが、良い人ではあるらしい。


 じゃあ……と、コウヨクに料理の配膳を頼み、月瀬はシグニーミアと一緒に料理の盛り付けを行う。コウヨクが離れた時、シグニーミアに小声で「さっきはありがと」と言えば「うん!」と返ってきた。

 数時間前はやや険悪な雰囲気であったが、今はそうでもないらしい。これを食べたら食後のアイスのお裾分けもしてみよう。今日も楽しい夕飯になりそうだ。


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