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4日目ー8 和解から始まる決意

 それから数時間後。自宅にて。


「あ、あの。知ってはいるんだけどー……。一つ聞いてもいいかしら。あなた達今どこに居るの?」

「私の家です」

「だめ……何度聞いても理解できない……。なんで本拠点とあなたの家が繋がってるわけ!? ――いやわかってるわよ。知ってるわよ! でも納得できないの!」


 昨日イチェアによって繋げられた空間の先にて、軽く怒りをぶつける影一つ。誰かは言うまでもないだろう。


「ちなみに、私に拒否権は無かったので……文句は全てイチェアさんに言ってください。ねぇミア?」

「うん」

「あ、あああ、あの子ねぇ……!」


 居間にできた全高一メートルはある不思議な楕円の奥にて、とうとうコウヨクが頭を抱えてしまった。数時間前から薄々感じていたが、彼女は身振り手振りが非常に多い上、動きもダイナミックだ。

 なお、シグニーミアは不思議そうに首をかしげている。動と静で対称的だ。


「……本当にごめんなさいどいつもこいつも合意無く変な事ばっかりして……。あたしも人のこと言えないんだけど……」

「あ、ええと……」


 なんと返せばいいのかわからず固まる月瀬。もっと心の声を隠すのが上手な人なら「いえいえ」の一言で終わらせるのだろうか。だが、それを行うには月瀬の心は幼すぎるし、正直すぎた。

 月瀬がどんな感情を抱えたまま固まったのか理解したのだろうか、コウヨクは相変わらず申し訳無さそうに眉尻を下げながら、言葉を続ける。


「それで、シーニーの事なんだけど……イチェアによるとこのまま預かってもらうって書いてあるんだけど、あの……その……」

「……預かる覚悟ならできています。それに……下手に離したら、いけない気がする……」


 頭に思い浮かぶのは、昨日イチェアに対して言った言葉。そして、数時間前に起きた出来事。

 昨日、シグニーミアはここに居ると楽しいと言っていた。月瀬としては、彼女を何が起こるかわからない戦いの中に戻してしまうよりは、多少のリスク――生活費など――を抱えてでも側に置いた方がいいのではと思っている。


 その上、数時間前に月瀬がカイネによって人質にされてしまった時の変貌のインパクトもすごかった。なぜいきなりああなってしまったのかは月瀬にはわからない。だが、なぜだろうか、精神が安定するまで側に居た方が良い気がするのだ。


 ちらりとシグニーミアを見る。自分よりずっと大きくてあどけない二色の瞳と目が合った。……彼女の年齢は知らないが、もしもっと年上そうな見た目であったのなら、こんな無意味な庇護欲など湧かなかったのだろうか?


「そうよね……本当に迷惑ばっかかけてごめんなさい……! 絶対生活費とかかかってるでしょうし、こちらでも何かやれる事探してみるわ」


 刹那、月瀬は目を全力で開いていた。自分でもなぜか理解できていなかったが、やがて初めて生活費の事を気にかけてくれたからという事に気がつく。

 こちらも大人ならば「いえいえそんな~」でかわすべきなのかもしれない。だが、やはり、月瀬にそのような嘘を吐ける程の実力は無かった。


「お、お願いします。学生なのでバイトか貯金崩すしか無くって……!」

「へっ!? 学生!? 大人じゃなくって!?」

「はい。高校生です」


 そういった直後、『異世界の人に高校生なんて単語通じないのでは?』という疑問が頭をよぎった。

 目の前のコウヨクは信じられないと言わんばかりに大口を開けている。やはり追加の説明をすべきか月瀬が考えた時、シグニーミアが月瀬の服を軽く引っ張った。


「こーこーせー? ……って、なに?」

「ああ、学生の事だよ。……って言ってもわかんないか。まあ、子供と大人の中間くらいの人だよ」

「……わかんないけど、わかった」


 どうやら説明は通じなかったらしい。もしこれが漫画なら、シグニーミアの頭上に巨大なはてなマークが浮いていただろう。

 だが、これでコウヨクにも高校生なるものについて理解してもらう事ができただろう。

 そのまま顔を上げてコウヨクを見やる。……やはりぽかんとしていた。


「ひ、一人暮らしって聞いたんだけど、その、お金どうしてるの!? バイト……?」

「祖母から生活費を貰っているんです。今までの貯金もあるし、ミ……シグニーミアさんを数ヶ月預かるくらいなら大丈夫です」

「ああ、そういう……なら、よかった。いや良くはないんだけど……。でも、ありがとう。少しほっとしたわ」

「え? い、いえいえ」

「でも、子供のあなたに頼りすぎる訳にはいかないわ。さっきも言ったけど、こちらでも何か生活費の足しになりそうな事を探すわ。……絶対受け取りなさいよ!」

「ヒュエッ!? は、はいっ……!」


 目を釣り上げたコウヨクに、勢いよくと人差し指で指され、素っ頓狂な声が出てしまった。


 初対面の時は怖くて怖くてしょうがなかったが、先ほどの戦いでの様子やこの状況から察するに、コウヨクは『ちょっと暴走がちな姉貴分』なのだろう。

 好奇心旺盛で甘えん坊なシグニーミア(ピンク魔法少女)、ちょっとずうずうしいが頼れるロリっ子イチェア(赤魔法少女)、ちょっと暴走しがちな姉貴分のコウヨク(緑魔法少女)――なるほど、色合いはともかく性格のバランスは良い気がする。


 なお、ぼそっと「お酒飲んで騒いでる暇があるならさっさと戻ってくればよかったぁ……」なんて魔法少女らしくない発言が聞こえた気がしたが、月瀬は何も聞かなかった事にした。否。したかった。


 ――お酒……? 待って、不良少女……いや成人済み……!? 何歳かすごく聞きたい……! でも藪蛇な気がする……!


 数秒考え込み、やはり何も聞かなかったと自分を洗脳する事を試みていると、複雑そうな表情を浮かべながらもコウヨクが口を開く。


「……あと、一ついい?」

「あっ、は、はい。なんですか!?」

「その、一方的に巻き込んでいる側が言うセリフじゃないってわかっているんだけど……。シーニーと出会ったからと言って、自分も魔法少女になって云々みたいなものは考えないほうがいいわ」

「ん……?」


 言われた言葉の意味がわからず、きょとんとする月瀬。どうしてシグニーミアとの出会いと月瀬自身が魔法少女になることが繋がるのだろうか?


 そう考えた数秒後、はっと気づく。

 確かに、魔法少女ものの話であれば、巻き込まれた側が魔法少女にスカウトされるなどといった展開になるのが普通だ。ならば、シグニーミアとの出会いという非日常に巻き込まれた月瀬自身が魔法少女になるという発想を抱いてもおかしくはない。むしろ、月瀬があと五歳若ければそんな展開を夢見ただろう。


 だが、皮肉なことに、月瀬の心はもう夢と現実を分けて考える事ができる程度には大人になってしまったのだ。

 夢は、希望を振りまくだけで、現実を変えてはくれない。


「……わかっています。そもそもこの子と出会えたのが奇跡みたいなものだし……。それ以上の奇跡は望んでいません。ましてや昨日、イチェアさんに魔法使えないって言われたので。尚更」


 そう言ってシグニーミアを見る。相変わらずきょとんとしていたが、頭を軽く撫でてやったら満足げに「むふ」と鼻を鳴らした。

 一方のコウヨクは相変わらず複雑そうだ。月瀬にはわからないが、きっと彼女も彼女なりの考えや悩みを持っているのだろう。そして、それらに月瀬が介入してはいけないのだろう。


「結構大人びているのねあなた……。でもよかったわ。魔法少女ってのはね……あたし達の場合だと、人が困っている時に手を差し伸べ、困りごとを解決する奇跡のような存在なの。だから困ってもないのに人の生活に食い込んじゃ駄目なの。奇跡が当たり前になるだけじゃなく……自分も魔法少女になるかもという発想が現実に食い込んじゃうから」


 そのままコウヨクはシグニーミアの顔を見やる。その視線に気がついたシグニーミアはむふふとした表情を止め、少し不思議そうな、だが真面目な顔でコウヨクを見返した。

 月瀬も彼女の頭を撫でるのを止め、手を下ろす。


「シーニー、あなたも早く月瀬さん離れしなさい。……月瀬さんの考えを……人生を歪めちゃだめ」

「や」

「やじゃない!」

「やっ!」


 シグニーミアは明らかに不機嫌そうに表情を歪め、そっぽを向いたまま家の奥へと消えてしまった。足音が遠くなっていく。きっとしばらく帰ってこないだろう。

 急激に悪くなった空気に月瀬がまごまごとする一方で、コウヨクが大きなため息をついた。


「……本当に何があったのかしら、あの子。前はあんな我儘じゃなかったのに……。月瀬さん、ごめんなさい。こちらの方でああなった原因調べておくから、それまであの子の事……お願いします」

「あっ、は、はい」

「じゃあ、今から色々と調べてくるわ」


 そう言って、コウヨクもまた空間の奥へと消えた。

 一人取り残された月瀬はしばらくそのまま突っ立っていたが、やがて適当な椅子に腰掛けた。そして考える。自分はこれからどうすべきなのか。


 ――ミアについてもっと知りたい。けど……。


 コウヨクの態度から察するに、彼女の過去について詮索はあまりしないほうが良いのだろう。そもそもできるかも怪しい。

 では自分に何ができるか――そんな事を考えた中、ふと昨日の事が思い浮かぶ。ここに居たいと言っていた彼女の言葉と顔を。


 ――そういえば、とっても辛い目に遭うと……記憶を失う場合があるって、聞いたことある。


 月瀬は昨日イチェアが話していた内容を思い出す。サラッと触れられただけであったが――とんでもないものがいくつかあった。

 おそらく、シグニーミアは酷い事態に巻き込まれた事がある。なんせ悪と戦う魔法少女なのだから。


 ――初めて会った時、ひどい怪我してたな。すぐ治ったけど。……トラウマものの何かがあった、とか?


 考えているうちに一つの可能性に思い至る。これが事実か気のせいかなど、シグニーミアにしかわからないが……。

 青蜂月瀬は無力である。元からわかっていた事であったが、今日の戦いを見てさらなる確信を得た。だが、無力であるからこそ、できる事もあるだろう。


 ――とりあえず、あの子にとってなるべく楽しい事を教えよう。私のできる範囲内でだけど、いっぱい……楽しい事を……。


 魔法少女はお姫様に並ぶ女の子の夢そのもの。一般人に支えられるが故に、成り立つ夢。

 ならば、自分は一般人として何ができるか? 

 答えは簡単。夢が夢として在り続ける為の支柱、もしくは支柱から離れすぎて崩れないように括りつける用の紐になる事。

 決意がみなぎったと同時、無意識のうちに拳をぎゅっと握っていた。


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