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0日目ー2 その魔法少女、狂暴(+会話不可能)につき

 道端に落ちていた魔法少女、改め、戦場帰りの魔法少女コスをした知らん子を慌てて連れて帰った月瀬は、見える範囲の傷口を手当てしたところで一息ついた。


 ――死なれたら嫌だと思って慌てて手当てしたけど……。なんか、思ってたより元気そう?


 今、魔法少女は青蜂家にあるカーポートの影で腕や腹の包帯をつついている。その顔にほんのりとした赤みはあるものの全体的にピンピンしており、礼を言う事も、傷の痛みに表情を崩す様子さえも無い。


 ――てか怪我人を走らせちゃったのはまずいぞ自分。てか見れば見る程元気じゃん。でも古傷には見えなかったし……。こんなにきれいな子なのに、何があったんだろ。


 魔法少女は、白とピンクを主体とした可愛らしい衣装を纏っており、腰まで届くピンクがかった灰色のふわっふわな髪は艷やかで……髪先の一部が黒くなっており、タンパク質の焦げた匂いがした。


 小顔で、腕や足も細い。その上、猫のような愛らしさを持つ赤とピンクのオッドアイが非現実感を強調している。

 何も知らない子が見たら「魔法少女居た!!」とハイテンションになる事間違い無い。そんな事を自然と思ってしまう程度には随分とクオリティの高いコスプレだった。


 だから、その体についている妙に生々しい傷跡が見るものを混乱させてくる。

 この地球に悪の組織が居るのではないかと。

 これがメイクや血糊であれば「これは本気で戦ったって設定の魔法少女コスなんだなぁ」で済ませることができたのに。


 ――本物の魔法少女だったり……いやいやいやそんなわけないって! 居るとしたらとうの昔にニュースになってるって!


 頭に浮かんだ幻想を追い払うように首をぶんぶん横に振っていると、ふと魔法少女が顔を上げ、こちらを見つめてきた。眉間にシワがうっすらと出来ており、警戒が続いている事を察する。


「縺ゅヮ豌エ縺ッ菴輔□?」

「え? ……あ、もしかしてお礼? いいよそんな。てか思ってたよりずっと元気だね。倒れてたから心配してたんだよ」


 ――どうしよう言葉わかんない。何語だコレ。英語じゃないのはわかる。


 月瀬の使える言語は日本語と英語、あとはネット上でしか通用しない特殊言語いくつかだけ。だが、目の前にいる少女の放った言葉はそのどれもでないもの。

 心の中で冷や汗を垂らしつつ、安心させるように笑みを浮かべ手を軽く降るも、彼女の眉間のシワはどんどん増えていく。

 やがて、魔法少女は右手の人差し指でこちらを指し、吠えるように叫び出した。


「縺ゅヮ豌エ繧偵□繧サ!」

「え? あ、えっと、ちょっと待って」


 ――何か訴えている事しかわかんない! 翻訳アプリなんて入れてないよ! 今から探すか……?


 この間にも魔法少女は月瀬を睨んだまま右腕を上下に振っている。よくわからないが怒らせてしまったらしい。

 月瀬は慌ててスマホが入ってる方のポケットに手を突っ込む。

 だが、それより前に魔法少女の理性の導火線は燃え尽きてしまったようで、彼女は近くに置いてあった月瀬のカバンに手をかけた。チャックを開けるなんて可愛いものじゃない。左右に引っ張って無理やり開けようとしているのだ!


「へあ!? ちょっ! 止めて! 何して――」


 取り出しかけたスマホを戻し、慌ててカバンを取り返そうとするも、魔法少女がチャックを壊す方が先であった。

 ブチィ゛! とチャックの断末魔が聞こえ、魔法少女がカバンの中に手を突っ込む。そのまま彼女は中にはいっていたノートやら筆箱やらを宙に放りだし、静止を求める月瀬の声に応えぬまま、カバンの中を漁っていく。


 数秒後、彼女の動きが止まったかと思えば、その手には先程のスポーツドリンクが握られていた。

 魔法少女の瞳に強い光が宿り、口が大きく開く。そのまま彼女は力付くでペットボトルの蓋をむしると、中身を一気飲みし、残った氷はペットボトルごと握りつぶす事で全て完飲した。

 この間、一分足らずである。


「……やべーの拾っちゃった……どうしよ……」


 魔法少女というよりも野生の猿という単語の方が似合う有り様。月瀬が思わず後ずさってしまうのも当然の事であった。

 この短い間で、この子について理解できた事はほとんど無い。なぜそのような格好なのかも、なぜ倒れていたのかも、なぜ怪我の割にピンピンしているのかも、なぜ日本語を喋らないのかも。

 ただ、一つだけ確信した事があった。

 この子は手に負えない。


 ――だめだいい案出てこない。悪いけど、警察につき出そう。もしかしたら犯罪に巻き込まれた子供かもしれない。


 もしかしたらどこかの国から逃げてきた難民かもしれない。その場合魔法少女っぽい服装である事の説明がつかないが、それは棚に上げておく。

 会話が成立しないわ、力が強いわ、暴力性があるわで間違いなく警察も手を焼くであろう相手だが、それよりも自分の安全の方がずっと優先度が高い。


 月瀬は今度こそポケットからスマホを出し、スリープを解除しようと電源ボタンに触れたところで。

 スマホが消え失せた。


「は?」


 遅れて、スマホを持っていた指に熱と軽い痛みが発生している事に気がつく。

 何が置きたのか理解できず、焦りを抱えながら周囲を見渡したところで、原因を見つけた。


 魔法少女が、月瀬のスマートフォンを折ろうとしていた。


「な、な……っ!? ちょ、おおおお願いお願いそれはっ、それは止めてぇ!!」


 どうやら、先程の一瞬でスマホを奪われたらしい。強い驚愕と戸惑いを覚え、スマホを取り返すべく魔法少女の元へ一歩踏み出す。

 だが、彼女はこちらをちらっと見て口を小さく開き。


「蜍輔¥縺ェ」


 そうつぶやいた瞬間、月瀬は盛大に転んだ。何かにつまずいた感触もないまま、盛大にごろんごろんと。

 起き上がろうと腕に力を込めたところで気がつく。体が動かない!


 月瀬は、走っているポーズのまま地面に転がっていた。幸いにも、地面は草で覆われていたので出血はそれほどない。痛みはすごいが。

 謎の金縛りへの恐怖と、魔法少女を拾ってから連続しているこの状況への混乱と、スマホが壊されようとしているという恐怖で心臓が通常の五倍は脈打っている。苦しいのに何もできない焦りが、更に体を蝕んでいった。


 ――何、今の。何!? 魔法……!?


 瞬き一つすら出来ない中、月瀬は視線だけで魔法少女を探す。

 数秒かけて視界に入れた時には、スマホはいい感じに曲がっていて。


 バキャ、という重い音と共に、その生涯を負えた。


 ――はは、は……。


 目から光が消え失せた月瀬の事など気にもかけず、魔法少女は真っ二つに折ったスマホを縦に並べ画面を手の腹でこすったり、天に掲げては意味不明な単語を叫ぶなどといった謎の儀式を行っていた。

 なお、これは一分足らずで終わり、転がったままの月瀬を見つけて、再度口を開く。


「蜍輔>縺ヲ縺?>」


 その瞬間、月瀬の体は硬直が解け、不自然な体勢を要求されていた腕や足が地面に衝突する。未だ鼓動の速い胸を押さえ、魔法少女を見上げた。


 ――私、こいつに殺されるのかな……。


 数分という長時間続いた過度の緊張と混乱が、このような極端な思考回路を生み出していた。

 無論、逃げるという発想もあったが、逃げ切れる未来がちっとも想像できない。一応この家には警備会社の人を召喚できる仕組みもあるが、到着より前に殺られる可能性については考える必要すらない。

 月瀬の視線が空へ向かう。青い空と白い雲が無駄に美しくて、苛立ちを覚えた。


 夢はある。やりたい事や欲しい物もある。が、何としてでも生きたいという意思は無い。

 せめて痛くないようにしてくれ。そう願いながら、月瀬はぎゅっと目を閉じた。


 それから数回呼吸した頃。月瀬は軽い痛みで目元に力を込めた。

 額に何かをこつんと当てられたとても弱い刺激だった。


 ――あれ。死んでない。なんで……?


 予想と遥かにかけ離れたタイプの刺激に戸惑いを覚えながら目を開けると、直ぐ側にしゃがんでいた魔法少女と目が会った。そして目の前には先程取られたスポーツドリンクの底がある。どうやら先程額に触れたのはこれだったらしい。


「え、な、何……?」

「んっ!」


 困惑しつつ上半身をゆっくり起こすと、魔法少女は再度スポーツドリンクを突き出した。その瞳は月瀬を捉えており、間違いなくスポーツドリンク関連の要求をしている事はわかる。


「……もしかして、飲みたい、の……?」

「ん!」

「えっと……とりあえず、ついてきて……?」

「んぃ!」


 魔法少女がふんすと鼻息を荒くする。相変わらず会話は成立してないが、先程よりは落ち着いているらしい。

 この解釈であっていますようにと強く願いつつ、土埃を落としながら立ち上がり、家に入る。ふと後ろを振り返ると、魔法少女も家に上がっていた。その足元が月瀬と同じ紺色のソックスである事に安堵を覚え、そのままキッチンまで連れて行く。


 ――あれ、紺色の靴下なんて履いてたっけ……? まぁいっか。


 冷蔵庫から予備のスポーツドリンクを出すと、その表情が輝き、こちらによこせと言わんばかりに両手を差し出してきた。


「ど、どうぞ……?」

「う!」


 蓋を開けてから差し出すと、彼女は両手でそれを受け取って、飲み口を咥えたまま天を仰いだ。どこか男前な仕草だが、魔法少女がやっているからか可愛く見える。

 その一方で、月瀬は魔法少女の背後にあるリビングルームを見ていた。


 ――どうしよう……これからどうすればいいの……?


 とりあえずタイミングを見計らい通報しなくてはいけない。だがスマホはお釈迦。家電(いえでん)はあるが壊されるかもしれない。

 さてどうしたもんかと一人考えていると、ぷはー! と魔法少女が口を開いた。一度で半分近くの量を飲んでいる。そしてペットボトルを片手で持った彼女は月瀬の瞳を覗き込み、可愛らしい笑顔を浮かべ、言葉を紡いだ。


「豌励↓蜈・縺」繧ソ縲ゆク句ヵ縺ォ縺励※繝、繝ォ」


 直後、投げキッスを一つ。勿論、月瀬に対してだ。


「へ?」


 直後、月瀬の体を纏うようにピンク色の光が生じる。


 ――何? 今度は何!?


 先ほど、地面に転がっていた時とは正反対のベクトルを持つ疑問が脳内を埋め尽くしていく。だが、あまり長くは続かなかった。転がった時からひしひしと感じていた全身の痛みが引いている事に気がついたからだ。

 戸惑いの声を漏らしつつ、特に痛かった腕や足を見てみる。内出血どころか、かすり傷一つさえも見当たらない。

 一瞬、悪い夢だったのかと思い至る。だが、それにしてはスカートやベスト、腕までまくられたシャツについた汚れが思考を現実へ戻してくる。


 ――え、本物……? 本物の魔法少女……!?


 そんなまさか――そう思うも、そうでもなければ説明ができない。

 だが、安易に結論づけてしまう程月瀬は夢見る少女ではなかった。それ故、頭の混乱度は増すばかり。

 考え過ぎて頭がオーバーヒートしそうになる中、月瀬は一個人としてやるべき事を思い出す。

 治療してもらった事へのお礼を。


「えっと……治してくれたの?」

「がぅ!」

「ありが、とう……?」


 治してくれたのは嬉しいけどこうなった原因はお前だぞ――そのような言葉を飲み込みながら捻り出したお礼の言葉は、酷くぎこちなかった。



 そんなこんなで、夏休み0日目にて月瀬は魔法少女――なのは外見だけで中身は下手な猿よりもよっぽど凶暴な正体不明の子供――を拾った。

 なお、目の前に居る少女は本物の異世界産魔法少女であって、なんやかんやで夏休みの間ずっと居座られる上、彼女の仲間やら敵やらもやってきてとんでもなく騒がしい休みを送ることになるなど……誰が予想できただろうか?


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