4日目ー6 暴走
「――っぎゃぁああああぁあッ!?」
分身異形頭がすぐ後ろに居ることに驚き、イチェアの結界が壊されている事に追加で驚き、己の口から出たうるさすぎる悲鳴に更に驚く。
魔法少女達が慌てて振り向き、「ツキセ!」「月瀬さん!」とシグニーミアが溜めていた光の玉を、コウヨクが斬撃を分身異形頭目掛けて放つ――が、すんでのところで分身異形頭は月瀬を抱え、影の中へと連れ去ってしまった。
連れ去られる直前に見えたのは、イチェアの結界の上部が崩壊し、彼(?)が居たところの背後の壁に大穴と切りこみが出現したシーン。
そして、水中に沈んでいくような感覚と引き換えに、視界が真っ暗になった。
――なに!? 何が起きた!?
影の中は、想像を超えていた。真っ暗で、重力さえも無くて、自分の位置も感覚もわからない。幸いなのは、息が出来る事くらいだろうか。
恐怖から目を逸らすように目を強く閉じる。けれど何も変わらない。目を開けても閉じても、真っ黒だ。
「ち……と!! …般…に手…出……じゃ……わよ…!」
ふと、聞き覚えのある声がして月瀬は目を開けた。だが相変わらず何も見えない。この声はコウヨクだろうか? くぐもった声は、まるで水中にいるかのような、もしくはとても質の悪いマイクで撮った声を質の悪いイヤホンで聞いているかのような感覚だ。
「ば……か。…は一般……手…出……が……り前…。…って……ろ? ――っ…!」
「あぁ…! 何……いて……よ! せ……く縛……の…!」
余裕のある男性の声に、荒ぶる幼女の声。カイネとイチェアだろうか? よくわからないが、おそらくカイネが何かしらの方法で危機を逃れたのはなんとなく伝わった。
「…キセッ! ……セェ…!!」
これはわかる。シグニーミアだ。おそらく月瀬を呼んでいるという事もわかる。せめて呼ばれた方向に行こうと手足をばたつかせるものの、視界も平衡感覚も無いせいで移動できているのかすらもわからない。
わかったのは、分身異形頭がもう自分に触れていないという事だけ。
「そ……に会……いな…会わ……や…よ」
これはカイネの声――そう思った直後、首後ろにある襟を捕まれてどこかへ引っ張られるような感覚がした。
「――ひぎゃっ?!」
突然、視界が真っ赤になって、思わず目を手で覆う。毛細血管越しの赤だと気づいたのは、ぽすんと何かに落ち着いたあとだった。
背中と膝裏に棒のようなものが当たっている感覚。月瀬はおそるおそる手をどかし、ゆっくりと目を開ける。
そこには。
「よう」
「――ひっ!?」
まず目に入ったのはカイネの整った顔。それも斜め下からのドアップ。続いて、自分がカイネととんでもなく接近している事に気がついた。
――今度は何!?
先ほどまで影の中にいた事はわかる。だがどうしてこのような事になっているのか。そして魔法少女達はなぜ「あいつライン超えしたわ! あいつの顔に惚れさせる前に始末よ!!」「今度こそ殺すのね!」「殺すじゃ足りないわミンチよミンチ!」という物騒な会話を繰り広げているのか。そんな事を疑問に思っていると、違和感一つ。
――待って!? ミア、ミアどこ!?
そう、この会話にはシグニーミアが参加していない。慌てて彼女を探そうと周囲を見渡し――謎の力によって顔がカイネに向くように強制させる。
何度見ても近い。近すぎる。生涯でこんなに異性と近づいた事なんて無い月瀬には中々の衝撃であった。
なぜこんなに近いのかを混乱する頭で考え、自分がお姫様抱っこされているという事にようやく気がついた。
月瀬の混乱と顔に集まる熱が増す最中、カイネは先程と同様に余裕たっぷりの微笑みを浮かべたまま話しかける。
「初めまして青蜂月瀬。俺は――」
「螯セ繝守佐迚ゥ繧貞叙繧九↑!」
「――うぉおッ!?」
「へあっ!?」
刹那、カイネが月瀬を抱えたまま勢いよくしゃがみ込む。
突然のことに月瀬は目を丸くし――カイネのアホ毛が一瞬で消し炭になるのを見届け、数秒せずに近くから何か重いものが勢いよくぶつかったような音が聞こえた事から、攻撃されたのだと気がつく。
首の筋肉を拘束していた謎の力も解け、周囲を見渡す。
そう遠くない場所に、般若のような形相で、ピンクと赤の目を爛々と輝かせているシグニーミアが居た。
「よくやったのねシーニー! そのまま攻撃続けて! 月瀬さんは隙を見て回収――」
「霑斐○、霑斐○霑斐○霑斐○螯セ縺ョ迯イ迚ゥ!」
「ヒィッ!? 落ち着いてぇっ! おっ、おお落ち着いてミアぁーッ!!」
月瀬の懇願も虚しく、シグニーミアは何かを叫びながら杖をがむしゃらに振り回す。
杖を振り回す度に斬撃や魔法の矢、光弾などが発生し、あちらこちらに飛び散っていく。それは岩に穴を開けたり倒壊させるものもあれば、イチェアの張ったリボンを裂くもの、それどころか他の魔法少女二人の方へ跳んでいくものなど様々である。
大量に飛ぶ魔法の玉や矢の山々は、もはや弾幕だ。
「し、シーニー!?」
「どうしたの急に!?」
どうやら他の魔法少女達も驚きを隠せていない様子。イチェアがさした日傘を巨大化させ、盾のように構える。コウヨクもその中に潜り込み、時折顔を覗かせながらシグニーミアを観察し始めた。どうやら傘盾はかなり丈夫なようで、シグニーミアの攻撃が当たっても小さく震えるだけで破れる気配はない。
一方のカイネは先程のように出現させた玉で攻撃を打ち返しているものの、本体は月瀬を抱えたまま回避運動を続けるばかり。
時折月瀬の体に攻撃が当たりそうになるものだから、心臓は今にも張り裂けそうな程力強い鼓動を続け、嫌な汗で背中と脇の下がびっしょびしょである。
「はっはっは。自己紹介は今度しようか! ちょっと人質になっててくれ!」
「ちょっ! 解放して! 解放してぇえええ!!」
解放してという言葉とは裏腹に、喚き散らしながらカイネにしがみつく月瀬。だが、その様子がシグニーミアにとっては気に入らなかったらしく、荒ぶる攻撃の頻度は増す一方。
攻撃が時折カイネの体をかする。幸いにも月瀬は無傷なまま。だが、カイネから笑みが消えるのに時間はかからなかった。
「縺薙m縺吶▲! 谿コ縺励※繝、繝ォ!! 繝槭ム繝上Ζ繧、!? 繧ヲ繝ォ縺輔>縺槭さ辟。縺吶a!!」
「なんか吠えてんなぁ」
――あれを「なんか吠えてんなぁ」で済ませるか普通!?
シグニーミアは絶叫を上げながらがむしゃらに杖を振り回す。それどころか、時折闘牛のようにとんでもない速度でカイネに直接襲いかかる事を試みるばかり。全て回避されたのは言うまでもないだろう。
これらの攻撃に理性的な面は一つも無い。だから、月瀬にとっては急に変貌したシグニーミアも、それを「なんか吠えてんなぁ」の一言で済ますカイネも、間違いなく恐怖の対象である。
もし、この男に『澄ましたツラしているが実は手足が震えている』などといった、強がっている様子が一つでもあったのなら話は違っただろう。
だが、何か考えている様子はあれど恐怖を感じている様子は欠片も無い。密着しているから嫌でもわかってしまうのだ。
助けてくれという願いを込めて盾のようになっている傘の方を見やる。顔を出していたコウヨクと目があった。だが、申し訳無さそうに両手を合わして頭を下げられる。そうなるだろうと薄々感づいていたが、気がついたら月瀬は遠い目になっていた。
今、頬を流れたのは血だろうか。否、どこも痛くない上に目の奥が熱いから涙だろう。
「なぁあんた、あいつ拾った時ああだった?」
「――え!? ……あ、は、はい。トッ、とてもッ、怖かった……です」
突然話しかけられ、キョドりながらもなんとか答えをひねり出す。初めて会った時のシグニーミアはここまで荒ぶってはいなかったが、感じた恐怖の強さは同じくらいだ。
――今も怖いよ! ミアも!! あなたも!! てかなんで私がミア拾ったって知ってるの!? 怖いんだけど!
「ふーん……?」
――そんで反応うっすいし! 何!? 敵って魔法少女の様子がおかしくなったら多少なりとも喜ぶのが普通じゃないの!?
カイネはしばらく月瀬をお姫様抱っこしたまま考え込んでいた様子だったが、やがて再び声をかけた。
「今日はこの辺にしとくか。あんた、今日は巻き込んでごめんな」
「エッ!? あ、い、いえ……?」
言い終えてからこの場合の最適な返事はこれではない事に気づく。
急に攻撃してきたり、かと思えば魔法少女と喧嘩したり、月瀬を危険な目に遭わせたり……あげくの果てには謝罪をしてきた。
何なのだろうかこの男は。人を混乱させるのが得意なのだろうか。
「そんで、これからも巻き込む事になると思う。覚悟しといてくれ」
「へ?」
意味を理解する間もなく、カイネが周囲に向かって呼びかけた。
「ほいお前ら、パーッス」
「え?」
口から零れたのは疑問符。続いて得たのは浮遊感。
支えられていたはずの腕の感触が消えたと気付いた時には、月瀬の体は宙にあった。
全身で風を切るような感覚。月瀬はこの感覚を知っている。
それと同時に気づく。
今しがた自分はカイネによって投げ飛ばされたのだと。
影の中に居た月瀬の聞いてた声
コウヨク「ちょっと! 一般人に手ぇ出してんじゃないわよ!」
カイネ「ばーっか。悪は一般人に手を出すのが当たり前だ。知ってるだろ? ――っと!」
(カイネがイチェアのリボンをほどいて脱出)
イチェア「あぁっ! 何ほどいてんのよ! せっかく縛ったのに!」
(シグニーミアが先ほどまで月瀬が居た地面を覗き込むように見つめる)
シグニーミア「ツキセッ! ツキセェッ!!」
カイネ「そんなに会いたいなら会わせてやるよ」
(カイネが月瀬を足元の影から取り出す&お姫様抱っこ)




