4日目ー5 不意打ち
たんっ、と彼がひとっ跳びでこちらに接近し、それを防ぐ形でコウヨクが前に出る。戦いが始まってしまった。
「ちょっとあんた! 今は休戦期間でしょ! なのにどうして――」
「休戦はシグニーミアが見つかるまで、だろう?」
カイネはいつの間にか出した細身の長剣――特別な装飾の無い、現実でもありそうなもの――を手にしながら、コウヨクとの鍔迫り合いを始める。
刃物と刃物のぶつかり合う音が頻繁に鳴り響き、それに合わせて火花やキラキラしたエフェクトが飛び散った。
「そうなのっ!?」
「そうなのよ。――っと、月瀬さんは守らなきゃあね!」
思わず近くに居たイチェアに尋ねると頷き返される。
同時に、月瀬を中心にして地面から伸びてきた複数のリボンが網目を作るように絡み合う。それは月瀬の視界を遮るようにドーム状になると、半透明のバリアと化した。
「え、えっ!?」
「その中ならうっかり流れ弾来ても大丈夫なのね! でも流れ弾作らないように頑張るのよー!」
そう言うとイチェアは月瀬に背を向け、コウヨクの元へ駆けてゆく。
その際、彼女はあちらこちらに作った空間の亀裂からリボンを飛び出させた。そのうちいくつかは岩々に巻き付いて足場や障害物となり、残りは目にも止まらぬ速さで彼に迫る。
「あっぶな」
あまり緊張感の無い声。カイネは襲ってきたリボンがあたるギリギリのところでバックステップを踏むようにして後退する。
直後、先程までカイネが立っていた場所にリボンが突き刺さり、地面が抉れた。そのままカイネは後ろに逃げようとして、イチェアのリボンがある事に気が付き、高跳びの要領で避ける。
「ちっ! 当たったらぐるぐる巻きにしてやろうと思ったのに!」
「お前の考えてる事なんざバレバレだばぁーっか」
「ムキー!」
「ははは! 甘い甘い――っと!」
カイネに煽られたせいか、怒った猫のごとく歯茎をむき出しにして威嚇するイチェア。
一方、彼は笑みを浮かべたまま、突如襲いかかってきた複数の光弾をかがんでかわした。
だが、光弾は彼を狙うように軌道を変える。カイネは小さく舌打ちをして虚空から玉を生み出し、ぶつけて打ち消した。
生じた爆発に巻き込まれる前にカイネは地面を転がる。そして、立ち上がってその元凶を見やった。
「お前かシグニーミア! 久しぶりだな。元気してたか?」
「…………」
コウヨクやイチェアよりも遠い場所で杖を握りしめるシグニーミア。彼女は無言のままであるが、カイネを捉えた二色の瞳からは絶対に倒すという強い意思を感じる。記憶無くとも魔法少女の本能のようなものを覚えているのだろうか。
「ちびすけの言ってた通りだな。なんか変」
カイネはそう呟き、再び虚空から玉を――直径十五センチ程のそこそこ大きい玉。青と白を中心に彩られ、全体に銀の装飾がある――三つ生成する。それらは彼の周囲に漂い、先ほどの仕返しと言わんばかりにシグニーミアへ十数個の光弾を放った。
シグニーミアは一瞬ぎょっとした表情を見せたが、すぐに玉へ向けるように杖を構える。杖の先端についたつぼみ状の宝石が花開いたと同時、レーザーが出現した。
細いそれは、杖の動きに合わせて軌道を変え、周囲の障害物をまとめて焼き払う。
一方、レーザーに巻き込まれそうになったカイネが上へ逃げようとイチェアの仕掛けた罠リボンに足をかけ、彼の足を絡めようとリボンが動く。だが、彼はすんでのタイミングで強く蹴り上げて逃れた。
それからカイネはリボンを避けて地面に着地し、改めてシグニーミアと対面する。
「……お前、そんな技どこで覚えてきた? てかその杖そんな仕組みだったか?」
「…………」
問うも、シグニーミアは何も答えない。
代わりに口を開いたのはコウヨクであった。
「そ、そうよこのシーニーなんか変なの! 一般人の子(?)も巻き込んじゃってるし、ここは互いに切り上げて、後で休戦協定結び直しましょう!」
その言葉に反応し、カイネはコウヨクの方を見やる。彼に敵意らしきものは無いが、相変わらず剣を握りしめており、周囲に玉がふよふよと飛んでいた。
なお、休戦という単語を用いたコウヨクも斧はしっかりと握っていた。
「……そもそも、俺はシグニーミアの様子がおかしいと聞いて休戦延長を提案したんだが……そこのドちびに提案を蹴られたあげく、喧嘩売られたから言い値で買ってやっただけなんだが。てか聞いてねぇの?」
「へ!? 聞いてないわよ!」
「えっ? ――おいちびすけ! 情報共有しとけ!!」
目を大きく開いたカイネとコウヨクが真っ先にイチェアの方へと振り返る。それにつられるようにして月瀬とシグニーミアもイチェアを見た。
なお、当のイチェアの表情は堂々としたもので。
「ごめんなさいなのよ! おちびだけでこいつ仕留めたい気分だったのよ!!」
「随分甘く見られたもんだな!! ――というわけでコウヨク、俺は今改めて喧嘩を売られた! この手でこいつをしばくまで俺は止まらんッ!!」
「来やがれなのねバカイネ! この手で今までの恨み辛みぜぇ~んぶ晴らしてやんのねッ!」
「もうあんた達だけで殴りあってなさいよ――ッ!!」
カイネとイチェアの視線がぶつかり合い、火花を散らす。そしてそのまま、カイネは剣を、イチェアは異空間から取り出した日傘を武器に、キックとパンチと頭突き混じりのチャンバラを始める。
コウヨクの嘆きが空間全体にこだましたのもあって、シリアス空間が一瞬でコミカルな空間に変換されてしまった。
――なんで戦闘中に漫才してるの!?
月瀬がそう思ったのもつかの間、カイネは己の周囲を漂っていた玉三つのうち二つを影の中に潜らせる。
数秒経たずに再び姿を現したそれらは、カイネと似た容姿の――全体的に薄暗い色で、顔の部分だけは元々の玉。いわゆる異形頭というやつだ――分身のようなものへと変わっていた。周囲に玉こそ旋回していないものの、その手には真っ黒な剣が握られている。
「お前らはこっちの相手しとけ!」
その言葉と共に、コウヨクとシグニーミアに向かって飛びかかる分身異形頭。
直後、コウヨクがシグニーミアと分身異形頭の間に割って入った。その表情は先ほど嘆いていた時のものではない。瞳に決意と緊張感を宿した、悪を蹴散らす魔法少女のもの。
「こいつらの相手はあたしがするわ! シーニーはイチェアの援護を!」
「うん!」
直後、言葉の通りにシグニーミアはリボンを足場にしてイチェアの方へ跳んでいった。
そんな彼女を追いかけようと分身異形頭の片割れが背を向けた瞬間、コウヨクがその背に向かって斧を振り下ろす。
直後、彼女はその場で片足を軸にして回転し、自分を追いかけてきた方の分身異形頭の膝を横に飛ばすように刃をぶつけた。
案の定、二体の分身異形頭はバランスを崩し――斬られた場所から黒いもやが出ている――、片方はその場にへこたれ、もう片方は遠くへ吹き飛ばされた。だが、彼らはすぐに立ち上がる。吹き飛ばされた方は剣を投げ飛ばし、魔法陣を展開する。剣をキャッチしたもう一方は、二刀流でコウヨクへ斬りかかる事を試みた。
「無駄よ!」
コウヨクは大斧を持っているとは思えないスピードで二つの剣を、続いて飛んできた魔法の矢を華麗にさばき、魔法で小さな竜巻を起こした。竜巻は分身異形頭が放った複数の光弾を巻き込んだまま、剣を持っている方の異形頭へ突撃し――。
人の一人や二人死んでもおかしくない程の大爆発を起こした。なお、コウヨクはその爆風を背に残りの分身異形頭へ微笑むばかり。お前も同じ目に遭わせてやると言わんばかりの勝ち誇った表情だ。
「つっよぉ……――ひぇっ!?」
ほっとしたのもつかの間。そこそこ離れた月瀬の元まで爆風と岩の欠片が吹っ飛んでくる。月瀬は思わず身構える――も、イチェアの張ったリボン結界が弾き返してくれた。
爆風が収まってもドギマギする心臓を押さえつけるように胸に手を当て、深呼吸を繰り返す。安全だというのが証明されたがそれでも怖いものは怖いのだ。
「ミアとイチェアちゃんは大丈夫かな……?」
コウヨクはこのままでも大丈夫だろう。月瀬は残りの三名へ視線を向けた。
こちらは激戦であった。
カイネはイチェアの攻撃……傘での突きと払い、時々混ざるキックを避けつつ、シグニーミアの遠隔攻撃も避け、一瞬できた隙をつくようにイチェアが仕掛けたリボンまでも避け、時には大型ナイフで魔法を撃ち落とし、リボンを切り裂いている。
時間が経つ程カイネにとって不利な状況になっていく。実際に、彼はこの場に出現した時よりも細かい傷が増えており、顔からも余裕が消えていた。
「……体力つけたなシグニーミア、お前、前だったらここらへんで息切れし始めてただろ?」
「うるさい」
だが、カイネは息切れなどはしていない。魔法少女達も同様だ。
シグニーミアとイチェアの連携攻撃をさばくカイネ。魔法とリボン、時々日傘の波状攻撃が続くが、彼の口元には余裕がある。
「単純攻撃の連続じゃ俺は倒せな――っとぉ!」
魔法の矢がギリギリのところで避けられたと同時、先程避けた魔法の玉が、急旋回してカイネへ向かう。
どうやらこの流れは予想外だったらしく、驚愕の――しかし楽しそうな――声を上げつつ、カイネがバックステップで攻撃を避ける。玉が魔法の矢を追いかけ、彼の側から消えた。
刹那、リボンが彼の足元へと伸び。
「っわ!? ぉ、ちょっ!?」
バランスを崩したカイネが、周囲のリボンをも巻き込んで転倒しかける。その隙をイチェアが見逃すはずもなく。
数秒後には、カイネは全身にリボンを絡めたまま空中に拘束されていた。両腕共頭上で固定され、短剣を握っている手はきつく巻かれている。
「ざまぁ見やがれなのね。どーお? 喧嘩売られた相手にぐるぐる巻きにされちゃう気分は♡」
「最悪」
「でしょーねえ♡」
「こいつムカつく……」
カイネが嫌悪の表情を丸出しにする一方、イチェアは非常に嬉しそうな笑みを浮かべつつ、シグニーミアの方へと振り向いた。
「シーニー、後は好きにしていいのよ。おちびはこいつを拘束してるから」
「いいの?」
「勿論なのよ! こいつに必殺技の一つや二つ撃ったら気分すっきりするかもしれないのね!」
「じゃあ……」
殺るね。とシグニーミアは改めてカイネに杖を向けた。杖の先に光弾が現れるが、すぐには撃たれない。
シグニーミアは目を閉じて詠唱を始め、無風の空間に風が吹いた。
まじかぁ……。と哀愁漂う声。だが、カイネの口元には余裕がある。
「さっきのごんぶとビーム撃たねぇの? ちびすけの話から察するに予備動作無しで撃てたみたいだけど。魔力足んないのか?」
「……っるさい」
不満そうな低い声。シグニーミアはむすっと眉を寄せ、杖を握り直した。
彼女はすぐに詠唱を再開し、杖の先に在る玉をどんどん大きくさせていく。最初は拳サイズのものが、今となってはバスケットボール並みの大きさだ。
――こ、この後どうなるんだろう? ミアが魔法撃って、カイネさんがやられて……その後は?
昨日、イチェアの言っていた事を思い出す。どれだけしばいてもすぐに復活すると言っていたから死にはしないだろうが、この後はどうなるのだろうか。
テレビの中で何度も見たような光景を生で見ている。だが、繰り広げられているのはニ◯アサ暗黙のルールが通じない場面。
月瀬は高鳴る鼓動に身を委ねつつ、じっとシグニーミア達を見守る。
そして、違和感に気がついた。
――あれ、カイネさんの持ってた武器って、短剣だっけ……? ……あ、近くでふよふよしてた玉も無い……! 一個くっついてたのに……!
先ほどカイネは玉を分身異形頭へと変形させていた。もしかしたら奇襲に使うのかもしれない。なら今の余裕そうな態度も納得できる。
――そうだ、あの玉見つけて、変な事しそうだったら叫ぼう。何もしないままよりはマシなはず……!
そう思い、周囲を見渡すも玉も分身異形頭らしきもの――コウヨクに倒されて地面とキスしている二体を除き――も無い。柱岩やリボンの影に隠れて見えないだけなのかもしれないが。
無いなら大丈夫だろうか――そんな考えが頭によぎった瞬間。
すぐ後ろから何かの割れる音がした。
「へ?」
唐突な悪寒に体を震わせながら振り返る。
そこにあったのは、カイネの剣を手にした分身異形頭が、リボン結界を壊した姿であった。




