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4日目ー3 魔法少女は遅れてやってくる

 魔法少女と思わしき不思議な女性を追いかけ数分。

 月瀬は運動がさほど得意ではないのだが、自分でも追える速度に安心する一方で、違和感から生じる恐怖も抱いていた。


 ――あ、あれ。ここのモール……こんなに長い通路なんて、あったっけ……?


 月瀬が今の家に引っ越してからの数ヶ月間、何度もこのモールで買い物をした。なので地図と光景は頭に叩き込んである。

 だから、周囲の光景が異常な事に気がつくのは早かった。


 というのも、気がついたら店もシャッターも無い、横に大人四人くらいなら並んで歩けそうな通路にやってきてしまったのだ。

 数メートル前ではためく白――裏地が高級感のある赤――マントを目印に追いかけ続けてきたせいでここがどこなのかもわからない。看板や総合案内板さえも無い、真っ白な空間。おまけに人間は自分と女性しか居ない。先程まで通行人がちらほら居たのに。


 ――どこ、ここ。……ほんとにどこ!?


 普段から通学で鍛えられているはずの足と肺が悲鳴を上げ、酸欠と不安が恐怖を膨らませていく。もしかしたら自分はもう帰れないのではないか? と。


 ――てか、追いかけなくてもイチェアちゃんにどこ行ったか聞いてもらえばよかったんじゃ……。それこそ壁にでも……。


 ここで、月瀬は置いてきた魔法少女二人の事を思い出したと同時に、己の行動を悔やんだ。

 女性を追いかけ続けもう数分。流石にトイレから出てきているだろう。そして、居なくなった自分を探しているのかもしれない。イチェアが居る以上、いつかは見つけてくれるとは思うが……。


 ここはどこなのか、目の前の女性は何者なのか、どうして逃げるのか、自分が次取るべき行動は何なのか。

 次から次へと解決できない疑問が湧いて出てくる。今わかるのは、己が誤った選択をした事だけ。


 疲れから来る全てを投げ出したい程の欲望と後悔による涙が一粒流れた時、女性が足を止める。

 月瀬も慌てて足を止め、乱れた息を直しながら周囲を見る。どうやら先程の通路みたいな場所を抜け、広間にやってきたようだ。だが、やはり全ての壁が白一色で、照明や窓が無いのに明るい、とても非現実味のある不気味な空間……。


 刹那、月瀬と女性を中心にして、空間の色が変わる。


 さっきまで前後左右全て真っ白だった空間が、いつの間にか銀河に迷い込んだかのような深い青と紫を中心にした神秘的な空間に変わっていた。前後左右上下全て。

 また、いくつもの大きな岩が地面から天へ向かって伸びている。それだけではない。地面から生えているものよりも小さいものが空中に浮き、ゆったりと上下左右に不規則に動いているのだ。


 あまりの出来事に、月瀬の頭はついていかず、視界の情報がうまく処理できない。

 だが、一つだけはっきりと理解していた事があった。

 目の前の光景は、間違いなく、現実ではあり得ないもの。


 ――え? 何!? ほんと何!? もしかしなくても、またとんでもない事に巻き込まれてる……!?


 今の状況は、巻き込まれているというより――知らなかったとは言え――自分から巻き込まれる事を選んだ、が正解である。ただ、そんな事を知らない月瀬はカバンの持ち手を強く掴んでいた。


 ――もしかして、この人は敵で……これは、ミアやイチェアちゃんをおびき寄せる為の、罠?


 とてつもない嫌な予感がして、足が震えた。だが、これなら月瀬に追えるスピードで逃げ続けたのも納得が行く。それと同時に、女性が振り返る。

 そして。


「ねぇあなた、シーニーに何をしたの?」

「え?」


 開口早々、敵意をぶつけてきた。

 質問の意図が理解できず、月瀬はまじまじと女性を見る。

 身長、胸の大きさは月瀬と同じくらい。ミディアムヘアとサイドテーブルが両立した美しい金髪。王者を彷彿とさせるティアラやマント。

 そして何よりも、緑と白を中心としたシグニーミアとの色違いの衣装。そして口から出てきたシーニーという単語。


 間違いない。魔法少女だ。それもシグニーミアと同じようなタイプの。


「あなたが只者じゃない事は知っているわ。痛い思いする前に吐きなさい」


 女性の右手に光の粒が集まる。瞬きできる間に片手で持てるような手斧――刃先の丸い両刃で、金色を中心とした光り輝くもの――の形になったそれを、月瀬に向ける。悪意を向けられてきた事は数あれど、ここまで酷く理不尽なものは無い。月瀬の口から悲鳴が漏れるのは至って自然のことであった。

 思わず後ろに一歩下がるも、その分魔法少女も距離を詰めてきた。


「あ、あああのっ、何をしたって、一緒に生活したくらいしか」

「とぼけないで」


 魔法少女が手斧で空中を切る。ひゅん、と音がして月瀬の斜め後ろにある岩に切り込みが入った。あと五センチ横にずれていたら耳が吹っ飛んでいただろう。

 恐怖で月瀬の言語能力がフリーズする。心臓の高鳴りはどんどんヒートアップしていき、目の縁に涙が溜まり、口は酸素を求める魚の如くぱくぱくするばかり。


 なぜ初対面の人にこんなに敵意を向けられているのかが何一つわからない。わかるのは、今の状況はシグニーミアと出会った時より酷いものである可能性が非常に高いという事くらいだ。


「今ね、結界を張っているの。……魔法少女や魔物にしか入れない空間をね」


 固まっている月瀬に憐れみを感じたのか、魔法少女が説明をしてくれた。

 明らかに現実味のない光景である事、そしていつのまにか自分達以外人が居ないという事は月瀬も知っていたが、まさか魔法に関する存在しか入れない空間だったとは。予想できるはずがない。


「ここに入れている時点であなたはただの人間ではないわ。あたしと同じように変なものにされたのか、人に化けた魔物か、何かの眷属なのかはわからないけど……」

「まッ、待って! 待って! 本当に違う! というか昨日魔力無いって――」

「魔力が無いのと、素質が無いのは違うわ。……ああ、あんたとこれ以上押し問答しても意味なさそうね」

「えっ素質あるの私!? じゃない! 本当に関係なくって――ひゃああぁああッ!?」


 刹那、魔法少女が腕を振るう。

 まずい、ととっさに転がるようにして月瀬は逃げ出した。

 予想通り、体を動かした直後に風を切る音がして、ちらりと後ろを振り返ってみれば、切れた月瀬の髪が舞い、先ほどまで居た場所には浅い切込みが入っていた。


 ――殺されるっ! 今度こそ殺されるっ!?


 月瀬は必死に足を動かし、その場から逃げ出した。

 だが、先程やってきた通路はなぜか消滅しており、そのかわりに今居る空間の中に太い柱のような岩があちらこちらに立っている。これも罠なのかもしれない。だが、使うしかない。

 慌ててその影へ転がり込み、鋭い風を岩が受け止めた音で再度ビビり散らかす。


「ちょっと! 何か抵抗したらどう!?」

「そんな事言われてもッ!」

「変身とか、魔法とか、あるでしょ!?」

「無いッ! 無いよッ! 使えないって!」

「何度も言うけど、この結界に入れた時点であんたは普通の人間じゃないの。何らかの改造をされてるわ! そうでなければ、異世界から来た人の血でも引いているか――」

「知らないっ! わたしの親は、両方とも、立派なッ日本人!」


 柱のような岩に寄りかかりながら息を整える。

 心臓の音がうるさくて仕方ないのに、カツンカツンというヒール音が少しずつ近づいている事が嫌でもわかってしまう。

 ヒュン、と再び心臓に悪い音がした直後、恐怖に耐えきれず月瀬は飛び出していった。直後、再び月瀬の髪を風のカッターが襲い、運悪く当たってしまった何本かの髪が宙に舞う。


「止めてッ、止めてっ、助けてッ、誰かっ、誰かぁ!! ――ひぎゃぁあッ!?」

「だーかーらー、シーニーに何したのか答えなさいって言ってるでしょ! なんで、どうやってあの子をあんな化け物にしたの!?」

「ば、ばばけものッてぇ! 知らない! わたしと会った時からッ、ああだったの! ほんとに知らない!」


 涙目で走り回りながら泣き叫ぶ月瀬に対し、片手で斧を振るう魔法少女の足はゆったりとしたもの。これまで何度も振り下ろしている斬撃も月瀬本体には当たっていない。彼女に月瀬を仕留めに来る様子は無く、本当に情報を吐かせるのが目的のようだ。

 問題があるとすれば、魔法少女が求めている情報を月瀬は何一つ持ってないという事である。


 ――逃げなきゃ。逃げて、逃げて……。どこ、へ……?


 過呼吸になりかけ、涙を零しながら月瀬は周囲を見渡す。先ほどから何メートルも走っているのに、出口らしき場所が見当たらない。

 地面には水などどこにもないのに、走ると足のついた部分を中心に波紋が広がり、消滅する。

 月瀬は再度手頃な柱岩の影に隠れた。直後、己の近くで風を裂いた音に身を震わす。


 ――隠れ続けたところで……いつか殺られる……。なら……下手に抵抗しない方が……いいのかな……?


 月瀬はふと自分の胸元を見た。二日目の時とは違い、ピンクのペンダントは無い。

 月瀬は恐怖心を噛み締め、岩の影で震える事を選んだ。おばけに怯える子供のように、しゃがんで頭を守るような姿勢で。


「……っ、ぅ……」

「……。本当にあたしがいじめているみたいじゃない……」


 姿こそ見えないが、魔法少女の声には明らかな戸惑いが浮かんでいる。おそらく、月瀬が何一つやり返さないことに疑問を抱いているのだろう。

 ヒールの立てる小気味よい音が月瀬の隠れている岩の側まで接近し、一旦止まる。

 そして、明らかに重くなった足取りで岩の向こう側――隠れている月瀬へ接近した。その表情は明らかに警戒したものであったが、月瀬の恐怖で歪んだ顔を見た瞬間、驚愕へと変わる。


「あ……あれ。ほ、本当に……一般人、なの?」

「だから……さっきから、そうだって、言ってる、のに……! こ、ここ、殺す、なら……せめて、ひと思い、に……」

「え、え……ッ?」


 なんという事だろうか。月瀬が頭を抑え込んで震えていたら、魔法少女が動揺したらしく数歩下がった。だが、月瀬を捉え続ける赤い瞳に敵意はもう無く、あるのは困惑のみ。

 その変わり用に月瀬は何が起こったのか理解できていなかったのだが、数秒して彼女の思い込みがようやく解消しかけているという発想に思い至る。


 ――も、もしかして、やっと勘違いしてるって気がついてくれた……?


 月瀬が顔をあげる。その瞳には光が映り込んでいた。もしかしたら自分は助かったのではないかと。

 魔法少女は完全に思い込みをしていたという事に気がついたらしく、青くなった顔で月瀬を見てはまごまごとしていた。


 ――気がついてくれたっぽい!


 次の展開に希望を抱き。表情筋がほぐれる。

 直後。

 ドゥウン、という低い不思議な音。続いてびりびりとした空気の震える感覚。

 そして、月瀬達の数メートル横を光の柱が貫いた。縦ではなく横に。


「へ!?」


 素っ頓狂な声を上げながら月瀬はとっさに音の鳴った方を見やった。

 なんという事だろう。

 そこにあったのは、直径二メートルくらいありそうな白に近いピンクのごんぶとビーム。周囲を光でできた星マークやハートマークなどといったアニメのようなエフェクトが舞っては消えるというおまけ付き。


 なんだこれは。そんな疑問を月瀬が抱いた時、月瀬と同じく唖然とした様子の魔法少女がぽつりと呟いた。


「……しぃ、にー……」

「へっ!?」


 思わず光を凝視する月瀬。強い光に目がチカチカするのを瞬きで誤魔化していると、やがて光が薄れ、壁の一箇所に大穴が開いている事に気がついた。

 大穴の中心部に誰かが立っている。

 そこに居たのは。


「ミア!」

「シーニー!」


 二人の声が重なり、月瀬は歓喜の表情に、魔法少女は喜び半分心配半分といった様子で口元を大きく開け、眉を下げている。

 二人の言葉の通り、穴の中心部にはピンクの魔法少女・シグニーミアが立っていた。……般若のような形相で。


 その視線は月瀬を捉えてほっとしたような表情になり、続いて魔法少女――この場に魔法少女が複数居るため、この魔法少女の事を緑の魔法少女と表記する――へ向けたとたん、目尻と眉を釣り上げた怒り丸出しの表情に逆戻りする。


「――ねぇ……なにしてるの……?」


 そして。この世の憎悪を凝縮したような、とてつもなく低い声を上げた。


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