4日目ー2 買い物かごと静かな敵意
時刻は朝十時半。家から一番近くにあるショッピングモールにて急遽必要なものを揃え終わった頃。
――えーと? 食材買ったでしょ? 冷食用のドライアイスも多めに買ったでしょ? 念の為食器も買ったでしょ? 歯ブラシとかは本拠点にあるからいらないって言われたでしょ? 後ほか何だ? タオルとか?
月瀬はちらりと談笑している魔法少女達を見やる。
初対面時の彼女たちは現実味の薄い格好をしていたが、今の彼女達は周囲の人間達と比べてあまり違和感の無いカジュアルな格好だ。
シグニーミアはセーラー服を連想させるような白と水色のワンピースを、イチェアは白いシャツにサスペンダー付きのショートパンツを着こなしている。彼女たちが魔法少女だと言われても信じる者はそうそう居ないだろう。
――いや何度見ても可愛いなこの二人……。見ているだけで目の保養になる……。
余談だが、これらは月瀬の服ではない。というのも、どうやら彼女達の本拠点には様々な世界で手に入れた衣服がたっぷりあるらしく、その中から夏の日本で生活する際にあまり不審に思われないようなものをいくつか見繕ってくれたのだ。
「ねぇイチェアちゃん、あなた達の服や寝具とかは用意しなくていいんだっけ?」
「ええ。本拠点にあるもの。お気持ちだけで十分なのよ」
「わかった。じゃあ、他に買うもの……」
月瀬が脳内に消耗品リストを展開していると、ポロシャツの裾を軽く引っ張られた。視線を落とすと、もじもじとした様子のシグニーミアが見上げている。
「ツキセ。トイレ……行きたい……」
「ああ、それならそこの角を右に曲がったらあるよ。一人でいける?」
さほど遠くない場所にある『TOILET→』の看板を指差す月瀬。魔法少女二人がつられて見上げ、シグニーミアが頷いた。
「ん、だいじょぶ」
「おけ。イチェアちゃんは?」
「おちびは平気だけど……そうね、何か困ってる人がいないか壁に尋ねてみるのよ。一人になれるところって、泣いている子の情報とか集まりやすいのね」
「おお……! 魔法少女だ……! ……あ、あの。あまり大きな声で話しかけないでね。変な人って思われちゃうから……」
「だいじょーぶなのよ。おちびはやろうと思えば壁や扉とかとテレパシーで会話できるもの」
問題ないと言わんばかりのウィンク一つ。やり方こそ違えども、今までアニメや漫画とかで見てきた魔法少女のように人助けを積極的にする姿を見て、月瀬は思わず目を輝かせる。
そのまま魔法少女二人は手を繋いでトイレへ向かった。トイレの周りに変な人は居ない。万が一居たとしても魔法少女二人が問答無用でぶっ飛ばすだろう。
――邪魔にならないようなところで待っていよう。
もたれかかってスマホをいじれそうな柱などを探そうと周囲を見渡す月瀬。開店時間からそこそこ経った事と、夏休みな事もあって大分客が増えてきた。
談笑しながら歩く友人と思わしき学生達、手を繋いで時折目を合わせては微笑みあうカップル、大きな紙袋両手に歩く通行人、昼飯について談笑している家族連れ……誰も彼もが満足そうな表情を浮かべ、足を動かしている最中。
違和感一つ。
――あれ? 誰か……立ってる?
そんな通行人だらけの通路にて、一人立っている人が居る事に気がついた。それだけではない、その人は通路のど真ん中に立っているというのに、誰も気にする様子が無い。まるで柱を避けているかのようだ。
心の中で首をかしげつつ、月瀬はその人に視線を飛ばした。
遠くて逆光気味なのとちらほら視界を遮ってくる通行人が邪魔でよく見えないが、結構身長のある女性なのはわかる。月瀬はそのまま女性に視界のピントを合わせる事を試みて――頭上に疑問符を浮かべた。
――あれ、なんか、見覚えのある服……?
疑問と言う名の違和感を消化しようと、月瀬は改めて女性を見やる。見ていることがバレないように、取り出したスマホを見つめるようにしながら、横目でちらちらと。
ぱっと見は、緑や白を中心としたミニスカートとトップス。だが、日常で着る用の服にしてはやけにスカートの広がりがある。
視線を上にずらす。コルセットのような衣装が彼女のくびれと、豊満な胸を強調しているのがよくわかる。
更に上にずらす。胸元には装飾品――よく見えない。大きいリボンだろうか――がついていた。
全体を見る。やけにふくよかなシルエットだなと思ったら、それはマントであった。
違和感の正体がわかり、思わずスマホを落としかける。
――ミアの色違い!?
多少装飾品が違えど、その衣装はシグニーミアを連想させるもの。おそらく彼女は魔法少女だ。
慌てて手に力を込めたと同時に、スマホから完全に視線を外し、顔を女性に向けた。
真っ先に美しい金髪のサイドテールが目に入る。続けて目にした凛とした表情は、どこかこちらを睨んでいるように思えて。
紅と、目が合った。
――待って、私を見てる!?
月瀬の目が丸くなった瞬間、女性はくるりと背を向けた。そのまま人混みを割って――彼女が歩くたび、人が自然に道を譲っていく。もっと人が多ければ、まるでモーセが海を割るようにも見えただろう――去っていこうとする。
このままでは見失ってしまう。そう思った時、月瀬の足は動いていた。
「ぁ、待っ、待って……!」
なぜ自分を見ていたのだろうか。
彼女は何者なのだろうか。予想通り魔法少女なのだろうか。
なぜ周囲の人は誰も彼女の事を気にしないのか。
そのような疑問が頭に湧いては消え、月瀬は気がつくと彼女を追っていた。
すれ違った人から時折迷惑そうな目で見られる事をいとわず、自分でもよくわからない衝動に駆られるまま足を進め、人混みの中へ消えていった。
トイレに行った魔法少女二人の事が頭からすっぽ抜けている事にも気が付かずに。
***
一方その頃。
「……え、待って? ほんとに居ねぇの? 自分から喧嘩ふっかけておいて?」
月瀬の家周辺にて、「えぇ……?」と不満と困惑を混ぜたような声色を発しながらうろついている不審者男が居た。
そう。彼の正体は夏休み二日目の夜にてイチェアと共に迷惑系配信者達を蘇生し、昨日の夜にはイチェアに喧嘩をふっかけられていたカイネである。
「そりゃねーよちびすけぇ……。普通喧嘩ふっかけられたら拠点かその近くで待ってるって思うじゃんかよー。話がちげーぞちびすけー。八つ当たりでこの家破壊したろか?」
カイネは目の前にある大きな一軒家――月瀬の家を睨むも、実際に破壊活動をする気はないようで、視線を下ろしたと共に大きなため息をついた。
そのまま彼は堂々と庭に侵入し、家の中を覗き込んでは再びため息をつき、再び青蜂家の正面に立つ。
どこからどう見ても加減を知らない泥棒の下見である。
「隠れてる気配も無い……。いっそ家に侵入してようか? 家に敵が侵入してるのは相当な恐怖だろ……くくく……。――いや待てよ? そもそもこの家の一般人、俺の事ろくに知らないんじゃねーか? ……知らんよなぁ。なら良くないよなぁ……。玄関先で待ってようか……?」
そんな事をぶつぶつと呟いていると、「ママー! 変なおじさん居るー!」「シッ! 見ちゃいけません!」という不審者を見つけた子供とそれをたしなめる親のテンプレ会話を耳にした。
さっと振り返れば、世紀の大発見と言わんばかりにカイネを指さしている年齢一桁と思わしき男児と、顔を青くさせ慌てて男児を連れて行こうとする母親の姿がある。
「この世界でも若い見た目なはずなんだけどな。……まぁガキンチョなんて誰見てもおっさんおばさん言うか」
親子が足早に去っていったところで、改めて周囲を見回すカイネ。活気がない上に古びた建物や手入れされていない空き地がそこらへんにあるこの地域は、過疎化の波に少しずつ侵食されている気配がある。
だが。
「……まだ見てる奴が居る」
ぽつりと呟くカイネ。そう。人が少ないだけで、誰一人住んでいないというわけではない。
月瀬の家の両隣にある一軒家――間に空き地を挟んでいるが――は勿論、少しばかし視線を動かせば古びたアパートなども目に映る。寂れてはいるが、カーテンの隙間から見えるいくつかの部屋はまだ住処として活用されている様子だ。
「……ふむ。三人か。全員疑念と恐怖と嫌悪を抱いている。……ちょっと敵意も混じっている」
小さく呟き、カイネは一軒家の方向に顔を向ける。カーテンの隙間からこっそり覗いていた男性が慌てて姿を隠した。
ふぅ、と息をつき、指パッチン一つ。
パチン、という音が不自然に響いたところで、カイネはアパートの方向を見る。女性がきょとんとした表情を浮かべ、何事も無かったかのように部屋の奥へと姿を消してゆく。
また、別の一軒家にてカイネをこっそり見ていた人も窓辺から離れていった。前者二人とは違い、カイネはこの者の事は目で追おうとしない。わざわざ確認する必要は無いと思っているかのように。
否、そう確信しているのだろう。
「よし、洗脳完了。これ以上面倒な事にならないうちにずらかるか。……くっそどこ行きやがったちびすけこのヤロー!」
ばーかばーかと小学生レベルの悪態をつきながら、カイネは地面を蹴る。すると、彼の影が濃くなり、注いだばかりのコーヒーのように波紋が生じた。
そして、彼の体が吸い込まれるようにして落ちていく。アホ毛の先まで見えなくなると、影は蒸発する水の如く消えて無くなった。
残されたのは、元からあった虫の声とそよ風で枝葉のこすれあう音だけ。




