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4日目ー1 ご飯はタダじゃあない

「今日は近くのモールに行こうと思うの」


 月瀬達が朝ご飯を食べ終えた頃。時刻にして八時ちょい過ぎくらい。リビングのセパレートキッチン周辺にて、そんな言葉と共に魔法少女二人の視線を集める月瀬。

 続いて、拭き終わった皿を食器棚に戻していたイチェアが口を開く。


「モール……? って、もしかして……ここからあんまり遠くないところにあるすっごくおっきな白とピンクの建物なのね?」

「そうそう。あそこショッピングモールでね、色んなものが売ってるんだ。食料品とか衣服とか玩具とか……」

「なんで行くの?」


 続けて質問を重ねてきたのはシグニーミア。こちらは洗いたてほやほやの食器を拭いてはイチェアに渡している。

 予想できていた質問に月瀬は皿を洗う手にぐっと力を込めた。オブラートに包むべきか、それとも堂々と言うべきかを朝食を作っていた時から考えていたからだ。

 だが、オブラートに包んで誤解を招くよりは堂々と言うべきだという結論は既に出している。その決定に従うべく、月瀬は口を重々しく開いた。


「……急に同居人が増えたせいで家の食材が足りなくなったから、だね……」


 予想通り、場を沈黙が支配した。ちらりと振り返ればイチェアは固まっており、シグニーミアはきょとんとした表情を浮かべている。

 この言い方では魔法少女達を責めるような言い方になってしまう事は心得ていた。だが、なんかいい感じに伝える方法が思いつかなかったのだ。


「ミアは言うまでもないし、イチェアちゃんもうちで食べていったでしょう? ミアの記憶の問題が解決しない限り、ずーっとこのままな気がして」

「そ、そう、ね……。その、ごめんなさい……」


 実際、イチェアは昨日の昼から今朝まで食事を共にしている。月瀬作ったご飯に対して美味しいと褒めていた。

 美味しいと褒めてくれたのは月瀬のやる気と元気さに燃料を注ぐ事となってくれたが、食材の減るスピードは速くなるばかり。実際、シグニーミアもイチェアもこの家に滞在していなかったのなら、あと数日は買い物をしなくて済んだだろう。


「いや謝る必要はないよ。ご飯食べなきゃやってけないだろうし……」


 でも生活費というものがございましてね。という文を飲み込む。

 月瀬としては魔法少女と同居――イチェアは半同居と言うべきか――できたのはとても嬉しい事だが、あいにく現実はそこまで優しくない。それどころか生活費という牙を向けて全力で威嚇しやがるのだ。メルヘンの世界にも現実を叩き込んでやるという執念さえも感じてしまう程に。


 きっと食費だけではなく、水道費、電気代なども増えるだろう。

 幸いにも月瀬は毎月の仕送りと貯金がある為、生活をどうしようかと顔色を悪くする必要は無い。だが、長年貯めてきた貯金や本来貯金になるはずだった金が減ることへの抵抗はある。


 本音としては生活費を入れてもらいたいところなのだが、こんなに幼い見た目の魔法少女二人――しかも住民票等の無い可能性が高い――に金を稼いできてほしいというのはかなり酷だというのは理解している。


 ――この子達でもできそうな金稼ぎ……それっぽい動画撮影して広告収入貰うとか? でも時間も手間もかかりそうだしなぁ……。自分に貯金があってよかったよほんと。


 最後の皿についた泡を流しながら、深く思う。高校生の身分でありながら貯金が六桁あってよかったなと。

 洗った皿を水切りラックに入れようとして、一人暮らしを想定して買ったそれに置く場所が無い事に気が付き、自分も皿を拭いて収納する側に回る。

 イチェアにぶつからないようにしようと彼女の方を見たところ、おずおずと何か言いたげな風に見上げている事に気がついた。


「あ、あの。……追加で、一つ謝っておかなきゃいけない事があるのよ……」


 なぜだろうか。嫌な予感といい予感両方の気配がする。声が上ずらないように喉付近に余計な力を込めながら、月瀬は問うた。


「……とりあえず言ってみて?」

「あと一人増えるかもしれないのね……」


 なんという事だ。両方当たってしまった。金について心配する心半分、期待半分にして再び口を開く。どの感情に従えばいいのかわからいまま取り繕うとした結果、非常に不自然な表情になってしまった。


「もっ、もしかして……昨日言ってた……」

「ええ……。コウヨクって名前の子なのね。おちび達はコヨって読んでいるのよ」

「コウヨクさん……」


 魔法少女コウヨク。

 シグニーミアやイチェアと同様、名前からどんな魔法少女なのか察する事ができない。皿を片付けつつどんな魔法少女なのかと考えていると、イチェアが追記を言葉にしてきた。


「コヨはおちび達魔法少女の中で一番攻撃が得意なの。コヨの斧はすごいのよ。大体のものは破壊できるのね!」

「攻撃力が高いんだ」

「そうなのよ。あとは見た目の話もしなくちゃね。金髪サイドテールで、緑と白の衣装を着ているのよ。そうそう、身長があなたと同じくらいなのね」

「あっ、昨日そんな事言ってたね。……そっか、私と同じくらいかぁ」


 思わずイチェアをまじまじと見てしまう月瀬。月瀬の身長はおおよそ百七十センチ。女子の中でも高い方だ。自分と同じくらい高身長という点に強い親近感を抱く。

 なお、月瀬が目を輝かせている間、シグニーミアは眉間にシワを寄せていたのだが……それに月瀬が気づく気配はどこにもない。


「そうなのよ。あの子もね、おちび達と一緒にこの世界に来たのね。その時、別の方を探しに行って……今日まで本拠点に帰ってきてないのよ。シーニー見つかったーって連絡いれたのに……」

「そうなのっ!? ……ね、ねぇ、それって、何か変な事とかに巻き込まれてる、とか……」

「んー。あの子ステルス性能とっても高いから大丈夫だとは思うんだけど……。困っている人を助けたがる子だし、助けを求める人が多すぎて忙しくなっているだけなのかもしれないの」


 へぇ、と相槌を入れたと同時に、月瀬の中でコウヨクとやらへの期待度が上がる。やはり魔法少女といえば人助けだ。

 期待によって月瀬の頬に赤みが増える一方で、イチェアは悩むように軽く唸った。


「……まぁ、数日は様子見ってところなのね。あの子連絡入れても気づかない事結構多いし……」

「あ、そうなんだ……」

「というわけで、これからもう一人増えるかも? という連絡だったのよ。……その、生活費圧迫させてごめんなさいなのね……」

「あっいやそのッ」


 イチェアが改めて頭を下げてきたので、とっさに何でもないと言うかのごとく開いた両手を全力で振る月瀬。こういう事態に慣れていなさすぎてどういう言動をすれば慣れていないのだ。


「ま、まぁ? その、貯金は結構あるし、最悪私がバイトするって手段もあるからあまり悲観的にならなくていいんだけどー……。まぁ、生活費という概念を頭のすみっこにでも置いといてくれたら嬉しいかな」

「よ、よく覚えておくのよ。シーニーもねっ!」

「う?」

「無駄遣いは駄目ってことなのね」


 どこかきょとんとした表情を浮かべるシグニーミアに対し、両手を腰に当てたイチェアが彼女を見上げる。それでもシグニーミアはふわふわとした様子であったが「……わかった」と呟いた。本当に理解しているのか怪しいが、月瀬は次の疑問をぶつける事べく口を開く。


「それでさ、話を買い物に戻すけど二人共なんか……異空間? っぽいところをつなげる魔法使えるよね? あれって食材とか放り込んでも大丈夫?」

「大丈夫なのよ」

「よっし配達料節約できる……! あ、あと、人目につかないように使える? 例えば、エコバックの底と異空間をつなげるとか……」

「問題ないのよ。でも、そうなるならうっかり潰れないようにしないといけないのね。後でバック貸してくれる? 入れてから取り出すまで強めの保護魔法がかかるようにいじっておくのね。うっかりぶつかっても潰れる心配ゼロにしたげるのよ」

「ほんと!? お願い! やった、重いもの持たずに済むっ!」

「つ、ツキセ! ワタシもできる……!」

「じゃあ、二人にお願いしようかな。これ片付けたらカバン持ってくるね」


 心の中でガッツポーズをしつつ、月瀬は洗い終えた皿の収納をする手を早める。横目でシグニーミアを見ると、彼女はじっとこちらを見つめていた。なぜだろうか、イチェアが来てから自己主張が強くなった気がする。


 ――イチェアちゃんと張り合ってるのかな? 可愛い。


 皿を拭き終えたタイミングでシグニーミアの頭を撫でると、彼女はどこか自慢げにむふんと鼻を鳴らす。少し犬みがある。

 なお、そんな様子を見ていたイチェアは目を丸くしていた。


「んじゃあ、暑くならないうちに出かけたいから――九時になったら出かけようか」


 はぁい、という魔法少女達の声の重なり、月瀬は優しく微笑んだ。



 この時の月瀬はまだ知らなかった。

 自分が今日、魔法少女に斬られそうになる事など。


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